ほぼ日の経営

ほぼ日と失恋。

別れ際は、さっぱりしている方だと思っていた。

最初に付き合った子が電話口で唐突に「新しい男の子」の話をしてきたときにも、僕は「よかったね」と言ってしまうようなヤツだった。

その後も何回か振られたけれど「そうか」と思って切り替えてきた。
思うに、当時は「感じない」ことが上手だったんだと思う。

そういう意味では、最も往生際が悪かった失恋は、あのときだ。

そう、「ほぼ日」の採用試験を受けて、落ちたとき。

「ほぼ日」は、ウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」の略称。
いまは、株式会社ほぼ日という社名にもなっているけれど、当時は東京糸井重里事務所といった。

2007年とか8年とか、そのくらいの時期だったと思う。
当時在籍していた会社で行き詰まりを感じていた僕にとって、ほぼ日での仕事には、ぱぁっと開ける未来が感じられた。

30代になったばかり。僕はほぼ日の主宰である糸井重里さんのファンの一人だった。その言葉のひとつひとつに感銘を受け、気づいたら毎日ほぼ日を読む読者になっていた。

「楽しくたって、仕事はできる」

特にこの言葉は、ずっと仕事がつらかった僕にとって大きな希望だった。

のちにこの言葉は「楽しいからこそ、仕事はできる」に変わる。糸井さんは一貫して「仕事は楽しい」と言い続けていた。

そんな糸井さんの薫陶を受けながら仕事ができたら、どんなにか楽しいだろう。
ウェブサイトに掲載された人材募集の記事を読みながら、期待を膨らませ、ドキドキしながら申し込みボタンを押した。このときのエントリーシートが、いままでで一番推敲した文章だったと思う。

そのときの採用活動は、何社かが集まって合同で行われた。
東京ビッグサイトのような大きな会場だったと思う。
スクリーンに映し出される会社案内にワクワクしながら「コピーをつけよ」みたいなクリエイティブな会社らしい筆記試験を受けた。

社長さんみんなが集まった面接を受けたのも、そのときだったろうか。
他の会社さんに悪いな、という気持ちもほんの少しあったけれど、糸井さんしか見えていなかった。「東京糸井重里事務所さんを志望しています」の一言を言うのに死ぬほど緊張して、あとはなにをしゃべったか憶えていない。

極度の好きというのは、とてつもなく怖いことに似ている。
だったらしなきゃいいのに、とも思うけど、近づいていってしまうのが人間なのかもしれない。

筆記試験の合格通知が来たのは、それからしばらくしてのこと。
文字通り、飛び上がって喜んだ。自分のクリエイティブが認められた!という見当違いのうれしさもあった。

二次試験は、青山のほぼ日オフィスで行われた。
社員の人との面談があって、それからある実際に動いている仕事についての意見を求められた。

当時ハマっていたマインドマップを駆使して、僕はカフェで一生懸命なにかを書いた。そして、当日はなにかを語ったはずなのだけれど、やはりまったく憶えていない。

とにかく受かりたかった。
だから憶えているのは、社員の人たちが意外なくらい普通の会社員っぽかったことと「糸井さんはスペックが違う」と言った一言にすこし拍子抜けしたことくらいだ。

しばらくして、僕の携帯に女性の担当の人から電話が入った。

不採用だった。

たとえば、「なぜぼくを落としたんですか、理由を聞かせてください」という問い合わせをしてきた人がいたとしたら、それを聞いてきたことがすでに失格です。

だって女の子に振られて「どうしてぼくは振られたの」と聞きますか。ぼくは聞かない(笑)。ああ、ダメだったな、と思いますよ。

ほぼ日に関する最新の書籍『すいません、ほぼ日の経営』の120ページに、こんなことが書かれていた。

忘れていたはずの失恋を思い出すとは、こういうことか。
痛みがよみがえった。

そう、僕は電話口で担当の女性に「なぜぼくを落としたんですか」と聞いてしまったイタい応募者だった。

好きすぎるというのは、うまくいかないものだと知った。
最大の失敗を、最高に好きな人の前でしてしまうというのは、大変に痛いことだった。

熱量が高すぎる人は少し困ります。「あなたに命がけ」といったようなことを言われても、それは勘弁してくれと思うじゃないですか。

この『すいません、ほぼ日の経営』は、いままでのほぼ日についての本と比べると、ずいぶん厳しいことを語っている印象がある。

お客さんに向けた顔の奥の、自分たちの思いを実現するために大事にしている厳しさについて、はじめて明らかにしてくれた本。僕にとって、そんな位置付けだ。

あの失恋から20年経って、いろんな職場で仕事をして、事業、人、組織、上場、社長について、この本に書かれていることがそれなりにわかると感じるようになった。

自分たちが自分たちらしくいられる場をつくるには、やさしいだけじゃダメなのだ、ということも。

当時この本を読んでいたら、僕はあんなふうに躍起にならずに済んだろうか。

でもまあ、あれはあれで、必要だったのかもしれない。
紆余曲折はあったけれど、当時欲しかった「仕事は楽しい」という感覚は、仲間たちのおかげで、当たり前のものになった。

でも、あんなの表からじゃわかんないよなー。
なにがすいません、だよ。とも思う(笑)。

そんなことを言いながら、またこの本を何回も読んでしまうんだから、始末に負えない。

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