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小説          俺が「君を愛す方法」:::::最終話

第9話(最終話)

「あぁーーーーーーーっ!!!!」

有栖ありすは、注射器を握った腕を振り下ろした。俺の胸にそれを‥‥
ぐっと力を込めて、勢いよく、刺した‥‥‥。
そう、それでいい。それで‥‥。

「うっ!うぅーーっ。」

隼也しゅんやさん、さよなら‥‥‥。」


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《ゆ‥‥ら‥‥。あさ‥‥み‥‥。
パパだ‥‥よ。
恋しくて、恋しくて、逢いたくて、逢いたくて、やっときたよ‥‥。》

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。

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手を握ってくれた。

髪の毛をかきあげてくれた。

額の汗を拭いてくれた。

頬にあったかい手を置いてくれた。

俺の名前を呼んでくれた。

‥‥‥‥‥。

麻美あさみか?
柚良ゆらなの?

‥‥‥‥‥。

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隼也しゅんやさん。」

「隼也さん。」

「分かる?私だよ。」

「サナだよ。」

《えっ?》

「隼也さん。」

《俺、死んだんだよな。
ここ、どこ?
麻美?柚良?どこ?パパ来たよ。逢いに来たよ‥‥。おーい。俺、ここだよー。》

誰かがまた強く俺の手を握った。

「えっ?」

「気がついたんだね。」

「‥‥‥‥。

サ、サナ?」

《どうして?なんで?
ここどこだよ?》

白い天井。大きな長い蛍光管。
薄っぺらで輪染みのついた白いカーテンが風に揺れてる。

《病院?》

「よかった。私の事、『サナ』って呼んでくれた‥‥。」

「俺、どうしたんだ?」

「病院だよ。あ、安心して。アリス永生えいせい総合病院じゃないよ。違う病院。」

「俺、死ねなかったの?」

「死ねるわけないじゃん。ただの栄養剤だもん。」

「栄養‥‥。栄養剤って、ど、どういうこと?筋弛緩剤じゃなかったって事?」

「ビタミンや糖だよ。これじゃ死ねないね。
道子みちこさんからね、5日前に電話もらったの。そして会ったの。
道子さんは私が小さい時から、アリス永生総合病院で看護師さんしてくれてたからね。
よく一緒に遊んでくれたりもしてたんだよ。

そして事の一部始終、全部聞いた。
隼也さんの計画。」

崎田道子さきたみちこが?道子がばらしたのか?なんでだよ!
崎田道子だってアリス院長の事憎んでるはず‥‥。」

「道子さん、会った時に言ってくれたの。私に『幸せになってください』って。恨みや憎しみで生きるより愛して愛されて生きる方が楽しいからって。」

「じゃ、栄養剤って知ってて俺に注射針を刺し込んだのか?」

「うん。」

「くそぉ。道子のやつ‥‥。」

「道子さんは、すごく悩んだんだよ。」

「俺は君に酷い事したんだぞ!」

「デジタルタトゥーの事?」

「あぁ。」

「それも聞いたの。
『サナをはずかしめる事は、どうしても出来なかった。でも、そう言わないとサナは俺を殺してくれないから。』って隼也さん、言ったんだよね。その事も、全部教えてくれた。」

「道子のやろう、口、軽すぎるだろ!!」

「やっぱり、隼也さんは、優しい人だね。」

「優しい訳ないだろ?俺は、君を愛してはいなかった‥‥。」

「違う!あなたは、私を愛してた。
でなきゃ、もう既に私は、ネットに晒し者だよ?でも隼也さんは、しなかった。私を晒しもんとしてネットにアップするなんて、そんなひどい事出来る人じゃなかった。」

「うっっ、サナ…」
「‥‥‥。さっき、夢を見たんだ。
意識朦朧いしきもうろうとしてる時、麻美と柚良が『パパ』って呼んでくれた。手を振ってたんだ。やっと逢えたと思った。
柚良と最後にケンカしたまま別れたこと謝んなきゃ、と思ってた。
また、ごはん作ってね、一緒にに食べようね、って笑ってた。
すごく、すごく嬉しかった。
君のことなんか、かけらもなかった…。」

「いいの。たとえ、私の事を愛してないとしても、私は、隼也さんが好きなんだよ。
‥‥‥。一緒に帰ろう。」

「‥‥‥‥。
ふんっ、俺、馬鹿だ。栄養剤で気を失うってか?
まさか死ぬのが怖かった訳じゃねえよな。

あんなに死にたかったのに。
あんなに麻美と柚良に逢いたかったのに。
ただ死ぬために生きてたのに。」

「隼也さん、私がアパートに来る前に心療内科で処方された薬、大量に飲まなかった?」

「えっ?そういや、飲んだな。」

「抗不安薬って睡眠作用があるからね。だからだよ。だから意識失うくらい眠くなったんだよ。ここのお医者さんが言ってた。」

「やっぱ、俺、救いようがない愚か者だな‥。」


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馬鹿な俺は、

ひとまわり以上も歳下のこの人に、

付き添ってもらい帰宅した。

《頭、整理しよう。とにかく、俺は、死ねなかった。これから、どうすればいい?》

「はい。隼也さん。お水。」

「なあ、俺、どうすりゃいい?
分かんないよ。もう、分かんない‥‥。」

頭をかきむしった俺の手を止めて、
サナは静かにこう言った。

「憎んで生きるのをやめる。
とりあえず、隣にいる人を、たっくさん愛してください。愛して生きる方が何万倍も楽しいじゃん。
あ、これ、道子さんの受け売りだけどね。」


「サナ‥‥?」

「ん?」

「君は、いくつなんだ?」

「へっ?どうしたの?」

「ひょっとして、俺よりかなり年上だったりしてな。」

水道の蛇口から、ポタリ、またポタリとゆっくり水滴が落ちる。

時計の秒針がカチッカチッと規則正しく鳴る音と重なった。

どっちが水滴でどっちが秒針の音だろうか。

「隼也やさん、あのね、道子さんから預かってるものがあるの。」

有栖は、カバンからハンカチに包んだそれを出し、俺に手渡した。

「えっ?何?手紙?
血?これって血か?何で手紙に血が?」

「読んで。」

ピンク色で可愛い水玉の封筒に入っていた。
俺は、ゆっくり開けた。

パパへ

パパのだいじなもの、こわしてごめんなさい。
ゆらも、ママみたいにびじんさんになりたかったの。パパがママにあげたねっくれす、ゆらもつけてみたかったの。こわしてごめんなさい。
ごめんなさいが、いえなくて、
ごめんなさい。
パパ、だいすきだよ。だからゆるしてね。
われたとこ、ボンドではりました。パパのおきにいりのうわぎのぽっけのなかにいれてあるよ。

ゆらより。

《上着?ポッケ?俺のお気に入り?
‥‥‥あっ、あれか!?》

どこへしまったんだろ、荒れたクローゼットをかきまわした。

あった…。

俺はふたりが天国へ逝っちまってから、一度も着てない上着のポケットの中に手を入れた。

パパのお気に入りじゃない。柚良のお気に入りだ。
パパに似合ってるって、かっこいいよ、ってこの上着を褒めてくれたんだ。

手をいれると感触があった。
俺が麻美に初めてプレゼントした安もんのネックレス。

「あ、あぁ、あぁ。」

「柚良、ゆらーーーーー!!」

なんて言えばいいのか分からない。言葉にならない、とてつもなく深い感情。

「道子さんの旦那さんだよ。旦那さんの崎田先生がね、事故の日、柚良ちゃんが握ってた手紙をずっと大事に持ってたらしいの。いつか謝りたいって‥‥。」

「崎田が?‥‥。アイツ、ただの弱っちい医者じゃなかったんだな。
柚良は‥‥。今までのこんな俺、どう思ったんだろな。麻美は、どう思ったんだろな。‥‥。」


「ねえ、隼也さん、公園行かない?
隼也さん、公園。
さあ、行こ!」

サナは俺の腕を掴んだ。


++++++++++


柚良と同じ年頃の子供を見るのが辛かった。

公園に行けば麻美と同じくらいの母親がその子供に付き添っている。

公園は、苦手だ。
筋弛緩剤で眠るように麻美と柚良に逢いに逝くはずだった。
恨む家族に復讐する事を何年も前から考えてずっとそればかりだった。

どれも、これも、真逆に終わった。

こんな俺にまだ手を差し伸べてくれる君に、俺はこれから何をしてあげられるのか…。

俺はサナをまともに見ることができなかった。

なのにサナは、俺を見てる。
じっと見つめてこう言うんだ。

「私、隼也さんの処方薬になるよ。」

「隼也さんが、街中で知らない母娘おやこを見ても、辛くなくなるまで、微笑ましく思えるようになるまで、何年でも、そばにいるよ。」

「うっ、、、。」

景色がゆがんで見えた。何もかも歪んで見えた。

涙が溢れてはぬぐい、拭っては溢れた。




++++++++++
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6年が過ぎた。

俺は、あれからすぐに高校の教師を辞めた。
塾の講師をしている。もう心療内科へは通っていない。抗不安薬もいらない。

サナの宣言通り、ずっと今でも

彼女が薬だ。

支えられている。

サナは2年で大学を辞めた。一心不乱に勉強し、頑張って入った医学部をあっさりと辞めた。
幼児教育学科のある短期大学に改めて入り直した。そして幼稚園教諭二種免許をすんなり取得した。

幼稚園の先生になったんだ。

毎日、楽しそうに園での様子を俺に話しては、ひとりで笑い、俺もつられて笑うと、幸せだと呟く。

あ、それからサナは、オーディオブックと呼ばれる視覚障害を持った人が本を楽しむためのバイトを始めた。本を朗読し、録音する。聴読本を作るバイトだ。目の見えない人がサナの朗読で本を聴くのだ。

放送部元部長さん、頑張れよ。

彼女は、もう、俺の中でかけがえのない存在になっている。

彼女に聞いた事がある。
もしも麻美と柚良が生きていたら、俺とサナはどうなっていたかなと。

彼女は
『もしそうだったら、私達は出会っていなかったと思う』と言った。

彼女に心から『愛してる』と言いたい‥‥。



今現在、あの『アリス永生総合病院』は、無い。

姉妹病院が建つはずだったがそれもない。麻美と柚良が搬送された時、『今この病院は大事な時期だから』と言っていたのは、病院を大きくするための時期だった。


アリス院長よりはるかに大きな黒い存在の圧力により、経営難になって病院を手放したのだ。

アリス院長もまた、自分より大きな黒い影にあやつられ脅された。そして支配され、利用されていた犠牲者だった。

結局、俺の敵は、恨み続けた有栖一家ではない。誰でもない。

真の敵は『俺自身』だった。

サナから聞いた話だが、麻美と柚良が運ばれたあの日に、アリス院長が言っていた『1週間後に大事な試験があるから‥‥』という言葉はサナ自身の試験ではなく、上の腹黒い奴らが自分の子供のためにサナに『替え玉受験』を依頼したらしい。サナもまた利用されていた。

この世の中は真っ黒だ。何が正しくて何が間違っているのか正解なんてない。

今まで俺は、
人間って、周りにいる鳥や、猫や、犬や、蛙や、虫のようにただ、人類という生き物を永遠に絶やさないために生まれてきただけかもしれない。

輪っかになってねじれたリボンの上を永遠に歩き続けている。
子孫を残して繁栄するだけだ。

俺達が恋をして、人を愛して愛されて、笑ったり泣いたり怒ったりする、だれかの役に立つために働いたり、勉強したりするのって意味があるのか。

そう思ってた。

そう思うと楽だった。
亡くなった麻美や柚良を愛せば愛すほど、生きる意味なんてない、そう考えて辛さをはねのけていた。
考え出したら頭が狂いそうだった。

けど今の俺は違う。
隣にいる有栖サナありすさなと笑って泣いて、愛して愛されて、そして、

じじいになりたい。
それが結論だ。

今日、サナと『小田最造』のピアノコンサートに行く。
道子がチケットを送ってくれたのだ。

海外留学の決まった息子の『小田拓真』がゲストで出演する。
あの少年、もう18か。
すごいピア二ストになるんだろうな。

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「ねえ、隼也さん。コンサートに着て行く服、この服とそっちの光沢紺色のワンピとどっちがいい?」

「あぁ、」

「あぁじゃなくて、どっち?」

「どっちも似合うよ。」

投げやりに答えたのでは決してない。
本当にどちらも似合う。
聡明で美しい大人になった。

「んー、あー。やっぱ、こっちか‥‥。」

「うーん、なやむぅー。」

《サナ、かわいいよ…。どっちでも。本当に。》

サナはぶつぶつと独り言を言った後、俺に屈託のない笑顔を見せ、

「隼也さんの今日のネクタイは紺色ね。私も紺色ワンピだから。」

と言ってネクタイを俺の胸に当てた。

《俺、幸せだ‥‥。》


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++++++++++

拍手喝采が隣で観ているサナの髪の毛を揺らす。

ものすごい拍手の中、小田拓真おだたくまが一礼をした。

マイクを手に取って言った。

「僕が今から弾くピアノは、僕と同じようにピアノが好きで、でも、子どものまま天国へ逝ってしまったあるふたりの女の子へ贈ります。」

《あぁぁぁ、柚良と真子ちゃんの事だ‥‥。》

小田拓真がピアノの前に座った。

そしてゆっくりと息を吸ってフゥーッと吐き、奏ではじめた。

まぎれもなく、あの
『星に願いを』
だった。

俺の中にあった心の澱みが全て溶けた出した気がした。

また涙が出てきた。

涙が溶かしたものは、やがて跡形もなく消えるだろう。

余韻を残したまま会場を出ると彼女が言った。

「隼也さん、来て良かったね。」

「うん。
‥‥サナ?俺、精神年齢は君よりかなり歳下だけど、これからもよろしくってことでいいかな?」

隣にいる美しく、可愛く、そして聡明な女性に聞いた。

「うん。」

サナが照れたようにうつむいて下唇を噛んだ。

それから
どちらともなく指を絡ませた。

ふたりで笑って帰った。

星が点滅を繰り返している。
それはもう拍手をしてくれたみたいに。

「お腹すいたね‥‥。」


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