言ってはいけないその言葉(四阿シキ)

ジャンルに挑戦! 当たって砕けろ:ホラーサスペンス 系(?)

その言葉を言った瞬間、俺は人殺しになった。

***

俺は短気だ。すぐにイライラしてしまう。周りの友達も同じような人間で、「ほんとマジむかつくよな、死ねばいいのに」とかは普通の会話で出てくるような言葉だった。

高校までの通学路で電車に揺られる地獄の時間。いつも通りのうざい人ごみ。学校の最寄りの改札で、オッサンがぶつかってきた。ちっと舌打ちをしてきた。「うっざ、死ねよ」と言いかけたか言い終わったかその瞬間。

俺の首からナイフのように見える光が出てきておっさんを突き刺した。


……え?


きゃああああああ!!! 人殺し! 人殺しよ!!!

いつものざわめきは聞こえない。悲鳴が遠くに聞こえる。この場を離れなくては。離れなくては。いや、俺が刺したわけじゃない。俺の指紋だってついてない。俺が、殺したわけじゃ、俺が俺が俺が俺が

俺が。……俺が?

吐きそうになりながらもおっさんを横目で見る野次馬のふりをしながら、雑踏の中に流れ込む。まるで恐ろしい光景を見たくない一般人のように。殺人鬼ではなく。やはり手がかりはないようで、「通り魔?」などと言った声が聞こえる。誰かに光のナイフが見えていたかはわからないが、俺はすぐに野次馬の一人になり、その場を離れた。

やっとの思いで学校に着いた。すぐにトイレに入って吐いた。最悪の気分だった。俺が殺した? なんで? 今まで普通に言ってきた言葉じゃないか。いや違う、これは悪い夢だ。でなければ説明がつかないじゃないか。

教室に行くと、駅で殺人が起きたらしい、という噂が出回っていた。夢なんだから、早く醒めてくれ。

「なんでなんだろうな、噂聞いた? 早く犯人逮捕されればいいのに」
普段話している友達が話しかけてきた。その言葉に違和感を感じる。

ーーーーそんなクソなやつ、死ねばいいのにな。

こいつならこのくらい言ってのけるはずだ。頭が働かない。ガンガンするし、視界もグルグル回り始めた。
違和感を拭い去れないまま朝礼が始まった。

担任が言う。「今日は小テストをするぞー」
後ろから声が聞こえる。「クッソじじい、解雇されやがれ」

何かがおかしい。みんな、生温い。そんな言葉じゃ足りないだろ。そんなんじゃ、そんなんじゃ、だけど今朝の光景が蘇る。嘘だあれは夢だ。あれは、あれは、アレハ

……死ね。

かなりざわついた教室で、本当に本当に小さい声で呟いた。それはまっすぐ先生に届き、

***

保健室で保健の先生に言われた。「あんな光景を見て、ショックを受けてしまったのね。今日はあなたのクラスの子たちは親御さんに迎えにきてもらうか、集団で帰ってもらってる。あなたは親御さん、来て下さるようだから、もう少し待っててね」

妖怪が出ると噂になった。この地域に人殺しの妖怪が住み着いたのだと。非科学的だ。だが一番非科学的なのは俺だ。なんでなんでなんで。インターネットで検察した。「死ね」と。

『検索結果なし』

血の気がひきながら頭をなんとか回転させて、もう一つ検索する。

「死ぬ 命令形」

いくつか記事がヒットした。『死ぬ:数少ない命令形がない言葉』『死ぬと言う単語について』

……どう言うことだ? この世界は俺が住んでた世界とは違う? だったら俺は

逮捕されずに

嫌いな奴を

消すことができる?

もう二人殺したんだ。ばれてない。なら俺をいつも馬鹿にしてくるアイツを。いつも命令してくるアイツを。小学生の時いじめてきたアイツを。

……俺は今何を考えていた? いや、殺人犯なら死んだら感謝されるんじゃないか? 前誰かと話していた。殺人犯でのうのうと生きている奴がいる。殺人犯で死刑判決にならずに刑務所で暮らしている奴がいる。そんな奴は、いないほうがマシだ。そうだ。これは神が俺に与えた力なんだ。二人も殺してしまったのは、俺にこの力を自覚させるためだったんだ。そうだ、殺してしまったことには意味があったんだ。でないと、俺は、ただの、無意味な、ヒトゴロシ

どうなるかはわからない。指名手配人のポスターを見て明確な殺意を持っていった。〇〇死ね、と。あらゆる指名手配犯人の写真や似顔絵を見て言いまくった。しばらくすると沢山の犯罪のニュースを探して、社会に戻っているであろう人の名前も使うようになった。気持ちがよかった。悪者はこの世からいなくなれ。だんだんと、だんだんと、噂は広がった。ある日突然人が死んでいた。詳しく調べると指名手配犯人だった。前科者だった。ある人には家族がいた。罪を知っている家族もいたようだし、当人が死んで初めて知った家族もいたようだ。どうでもよかった。俺は良いことをしている。俺の力には意味がある。俺は世界を良くしている。

そんな日々が続いた。友人や家族とも会わなくなっていった。部屋にこもって俺の世界の改革を行なっていた。この世を良くしている俺に指図をする人が全て煩わしかった。そしてある日の夜。喉が乾いてキッチンに水を飲みに行った。両親の会話が聞こえた。

「最近前科者や殺人犯などが死んでいるらしいな」
「ああ、ニュースでよく見るわね。なんなのかしらあれ」
「正義気取りの何かだろうか。どちらにしろ良い気分じゃない。更生した人だっていたはずだ。犯人は正義気取りで、殺人犯と同じだ。自分がやっていることは殺している人となんら変わりはない」

……は? 正義気取り? 殺人犯と同じ? 父親が疎ましかった。ありえないと思った。俺は世界を良くしているのに。この世を変えているのに。悪者を消しているのに。

「そうね、、、結局は人殺しだものね」

ヒトゴロシ? 最初に殺してしまったオッサンの顔が、教師の顔が、苦痛と恐怖に歪んだ顔が、見ていないはずなのに目の前に。お前は罪のない俺を殺したんだ。お前は人殺しだ。お前はヒトゴロシだ。オマエハヒトゴロシダ。

嘘だ嘘だ嘘だやめてくれ。最初の二人はミスだったんだ。だってそうじゃなきゃ、この力は、俺はたくさんの人を、いやあれは悪人で、そのための犠牲で。俺は、オレは、おれは、オレハ

「正義気取りの天誅だなんて、やめてほしいよな。いつ誰が犠牲になるかわかったもんじゃない」

そう俺の口癖が

ーーーーー!!!

目の前には赤い両親が。赤い。あかい、アカイ、あカイ、あ、あ、あ、あ、あ、

俺、死ね

***

あ……。目の前には白い壁。横には暖かい手。母親の、暖かい、手。
俺は電車でいきなり倒れたらしい。理由は分からない。

何週間か経って、やはりなんの問題も見つからず、高校に通えるようになった。あれは夢だったのか? 最後の光景も、殺してしまった人たちも、何もかも忘れられない。夢だとしても、俺に本当に罪はないのか? 検索したらやはり「死ぬ」に命令形はあるし、「死ね」の検索結果は存在した。友達はいつも通り、うざいとか死ねだとか、気軽にポンポン言っている。正直、注意する勇気はなかった。だけど、それでも、俺はもう言えなくなっていた。相手がどんなであっても。命を、なくせと、いうのは、もう、心が、壊れそうだった。

***

「明日持ち物検査だってよ、マジウゼーよな、死ねよって感じ」
「あーー、先生も、ゲーム機持ってきてばれれば良いのにな」


ーーーーー
なんか、その言葉を言う人が多いから、、、。
四阿シキ

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