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前向きに生きるということ。
あの5 Bedroomの豪邸に住んでいたことを知っている人たちは、私が離婚して家を売り、2 BRのタウンハウスに引っ越したというと、なんという落ちぶれぶりぞよ、と言わんばかりの表情を見せて、
How is it going?
私は答える。
うん、お隣の夫婦が喧嘩してるのとか聞こえるよ。
やっぱり一軒家じゃないから騒音あるんだね、と気の毒そうな表情を見せる。
それがさ、平日は妻が怒ってるんだけど週末には夫が反撃してて、笑えるの。内容までは聞こえないし、騒音っていうよりも、あれだけ大きな家に娘と二人きりで暮らしてた時と比べると、壁のすぐ向こう側に誰かがいるって感じられるから、すごく安心。
相手はちょっと意外そうにびっくりする。
それに、毎日同じ時間帯に散歩してる人が窓の外に見えてね。あー、今日も歩いてる、私も歩かなきゃって思うし、歩いてるとセキュリティの車が停まってて、こんにちは〜って手を振って挨拶するから顔見知りになって、この前ムスメと二人で歩いてて、"She is my daughter."って紹介したり。
ここまで話すと、もう相手は何も言わない。
あんなに狭くてどうしようって半泣きになったキッチンにも慣れて、食器ってそんなにたくさん要らないんだってわかったし、お鍋も断腸の思いで厳選して、その中で使い回して使いこなして、ムスメの友達も私の友達も招待してご馳走している。心機一転の象徴として買った6人座りのダイニングテーブル、に収まるちょうどいい人数の大好きな人たちだけを呼んで、一緒に楽しい時間を過ごしている。
そして。
13年間の水泳人生から引退し18歳になったムスメ。クラブ水泳はまだ少し続くけれど、高校水泳シーズンの終わりとともに引退する、と彼女自身が決めた。私は、お金もう払ってるんだから最後まで泳ぎなさい、なんていう彼女の引き際を汚すようなことを言うような母親じゃない。
週に6日間、プールと筋トレ合わせて2時間半の練習に行かなくなり、学校から帰ってきて二人で出かける。ウォーキングにでたり買い物に行ったり、そのまま外食することもできるようになった。その後でも宿題する時間はたっぷり。
ウォーキングする私のそばで、水中動物のムスメがジョギングして、口の中、血の味がして目眩がするらしく "I see spots!"と叫んでいる。中学時代陸上部だった私は、毎日走ればすぐにspotsなんて見えなくなるから、と笑いながら励ます。
ターンのたびにプールの壁にこすった爪が割れたり、マニキュアがはがれるなんてことはもうない。朝キレイにカールした長い髪が、夕方泳いで濡れておじゃんになることもない。塩素で乾燥していた肌ともお別れ。
風邪をひいても練習を休むわけにはいかなかったムスメは、鼻が詰まって泳げない日とその次の体調最悪の日だけ練習を休んだ。先日風邪をひいて、その回復が数日早くて、あれ?と首を傾げ「ママ!泳いでないからだ!」
いいことだらけ!と喜びの雄叫び。
学校嫌いっ、あいつら最低っ、と言いながら毎朝出かけるけれど、
"Mommy! I am home!"
帰ってくるとご機嫌でニコニコである。
全力投球した13年だったから後悔がない。最後まで泳ぎ切ったムスメも、送り迎えと水泳ミートやfundraisingやらのボランティアで、サポートし尽くした私も。
真っ直ぐに将来を見て前向きに生きる。次のステップへ。
私も、ムスメも。
物事はなんでも受けとめ方次第。だって、物事そのものには色がついてないから。どんな色で塗るのかは、私次第。
最愛の弟は32歳で死んだ。でも、彼がこの世に遺したものを、私が大事に支えることで、彼の人生が形を変えて今でも続いているのを感じている。お墓は日本にあって私は分骨してもらったからすぐそばにいるっちゃいるけれど、そういうのはあんまり私は重要視してなくて、彼は空にいていつでも私を見ててくれるって感じる。話したいなぁとは思うけれど、その時が来たらまた会えるんだし、来世でもまたきっとすごく近い関係で生まれ変わるって信じている。
前向きに生きる。
自分で決断して全力で生きれば、結果がどうあれ後悔はない。そういうことよ。
ただただ好きで書いています。書いてお金をもらうようになったら、純粋に好きで書くのとは違ってくるのでしょうか。