見出し画像

水煮魚を食べながら、心地よい暮らしと、ヒュッゲと、世界の食文化について考えた日のこと

今年の夏から、大学時代の友人3人とディープな中華や中国近隣の料理を食べ歩いている。

ウイグル、東北料理ときて今回は四川料理。メンバーの一人がドイツで食べて美味しかったという、「水煮魚」が目当てだ。

水煮魚自体、1980年代に生まれたメニューらしく、日本で食べられる店はそう多くない。
今回は新橋の重慶府という店で食べた。

画像1

肝心の水煮魚は見た目ほど辛くなく、花椒のしびれとうまみ、ふわふわの魚がとっても美味しかった。

他にもキノコをクミンたっぷりの衣で揚げた料理、箸休めのきゅうり、よだれ鷄などたくさん食べた。どれも美味しいなあ…!

画像2

このメンバーは、大学の国際交流サークルの友人達で、私以外は全員留学経験がある。ひとりはフランスとイギリスとヨルダン、ひとりはイギリスとスウェーデンと中国、ひとりは中国とトルコ。世界の食文化などに話が及ぶことも多く、私はみんなの話を聞くのが好きだ。

今回も面白いトピックがいくつも出てきたので、メモとして残しておく。


・自分にとっての心地よさ
ヨーロッパに留学経験のある二人は、イギリスやフランスに住んでいたときはなぜか物欲が全く湧かなかったという。日本に戻ってきてから物欲が復活したが、しばらくたった今は自分が本当にときめいたモノや自分の経験が広がるなと感じるモノのみ買うことにしたらしい。

モノが多すぎてモノを失くしまたモノを買う…なんていう不毛なあるあるも起こらないし、少ないアイテムで工夫しようとする。そして工夫をすることで充足感を得る。

さらに、物欲と反比例するように「自分でできることは自分でやりたい」という気持ちも強くなっているそうだ。アウトドアで自分で火を起こしてみたり、既製品のスイーツを買うのではなく自分で手作りしてみたりしているそう。

便利な世の中になり、オートメーション化が進むほど、こんどは不便さに心地よさを感じるようになるのだろう(無いものねだりは人類の性かもしれない)。日本でも「手仕事」や「丁寧な暮らし」という言葉が流行しているが、そういう背景があるのかもしれない。

(ヨーロッパで昔からアウトドアが盛んなことやMT車が主流なのも同じことかもね、という仮説も出た。)

それと日本にいると「日焼け止めを塗らなきゃ」とか「日傘をささなきゃ」という気持ちになるけれど、海外生活では全く気にならなかったそう。日焼けも生きていれば当たり前の変化・現象として受け入れられているようだ。

私は日本もだいぶナチュラル志向になってきているのでは?と思ったけれど、友人からすると「わざわざ手に持つ扇風機を作ってそれが売れているうちはまだまだや」と感じるらしい。

(※もちろんヨーロッパと日本では気候も違うし、近年の日本の猛暑は命に関わるレベルだから、ハンディ扇風機そのものを安易に批判すべきものではない。)

日本は大量生産大量消費により経済発展を遂げた国であるし、我々が食うに困らず勉学に励むことができ、物価の高い欧米諸国に留学できたのもまわりまわった恩恵のひとつ。

しかし昨今販促においてそのモノのストーリー性がやたらと謳われているのも、「必要だから買わなきゃいけないモノ」が少ないからだろう。無くてもいいモノだから、共感やストーリー性をもって購買意欲を刺激するほかないのだ。

この話の途中、メンバーの一人が「そういえばこのスマホケースもいらんかもな。無い方がスマホを大事に使うかもしれん。」と言って外していた。

最終的にゴミが増えるかどうかは何とも言えない。もしかしたら、ケースをつけているほうがスマホを落としても故障せず、壊れたスマホを捨てる可能性は減るかもしれない。

ただ、ケースがないことでスマホをもっと大事に扱おうという気持ちを持つこと、さらにはその余裕が大事なんだと思う。

ドイツ人建築家・ミースの言葉「Less is more」を思い出す。不要なモノを減らすことで、充足するなにかがあるのだ。

とはいえ冒頭で述べたように、ミニマリストを目指しているわけでは無い。自分がときめいて長く大事にできるものや、自分の経験の幅が広がると思うアイテム(本やiPadなど)は買う。そういうことに心地よさを感じるようになったそう。


・ヒュッゲについて
前述の流れで、「HYGGE(ヒュッゲ)」とはなんぞや?という話になった。

デンマーク語で「居心地のよさを感じる空間や時間」という意味らしいが、イメージの共有がなかなか難しい。

Instagramで「#ヒュッゲ」と調べるとなんと6万件。もう日本でこんなに浸透しているのかヒュッゲ…我々はまだその何たるかを知らないというのに…

画像3

メンバーの一人が「なんかもうちょい温かみのあるイメージやけどな、英語で調べてみたら?」と言うので#hyggeで調べると。

674万件…!!そして確かにあったかい感じする…!!

画像4

おおーこれがヒュッゲ…なるほど…と解像度が若干高まったところで、完全に我々の主観によるヒュッゲかヒュッゲじゃないかの仕分けゲームが始まる。

新幹線は全くヒュッゲじゃないけど世田谷線はヒュッゲ寄り。吉祥寺はヒュッゲぶっているけどヒュッゲちゃう、阿佐ヶ谷はヒュッゲ。赤ワインはタワマンの高層階で飲んだらヒュッゲちゃうけど、スパイスを入れてホットワインにすることはヒュッゲ。

(まあこの場にヒュッゲを正しく理解している者はひとりもいないのだが…)

このあと、Instagramで日本語を英語検索したらその国でのイメージがわかって面白そうだと思い、「#wabisabi」や「#zen」で検索した。wabisabiはインテリアや空間の写真、zenはスピリチュアル感の強い画像が多く面白かった。

・世界の食文化について

①スウェーデンの食と、地域によってコーヒーの役割が違うかもしれない説

スウェーデンに留学していた友人曰く、
「スウェーデン料理が食べたければIKEAに行けばいい。あれがほぼ全て。コーヒーとオープンサンドとホットドッグとサーモンとグミ。コーヒーはめちゃくちゃ飲むな。」

私は先日盛岡に行ったのだが、盛岡も都市の規模に比べて喫茶店が多いなと感じた。寒いから、少し歩いただけですぐにあたたかい喫茶店に飛び込みコーヒーを飲みたくなる。

その話をしたところ、別の友人が「喫茶店に求められる役割が国によって違うのかも。フランスやイタリアではエスプレッソが主流だけど、あれじゃ体はあたたまらないもんね。その辺の国では完全に社交の場なんだろうね。」という。地域よって喫茶店やコーヒーの役割が違うという説は面白いなと思った。

②日本のグルメ大国ぶり

日本は色々な料理をフュージョンしまくっているよね、という話題も出た。

その最たるものとして「あんかけスパゲティとかなんなん?中華とイタリアンをフュージョンさせて名古屋グルメを爆誕させてるの、もうめちゃくちゃやん。」と友人がいう。

たしかに。フュージョンの代表例「あんパン、たらこスパゲティ」よりも、さらに日本のフュージョンぶり(?)をあらわす例として的確な気がする。

また、餃子も中国で主流の水餃子「チャオズ(jiaogi)」としてではなく、日本で主流の焼き餃子、しかも「gyoza」として広まっていると、中国に留学していたメンバーが教えてくれた。Instagramで検索すると、たしかに#gyozaの方が圧倒的に投稿数が多い上に、焼き餃子ばかり並ぶ。

「日本の焼売はグリーンピースが必ずのっているけど、あれも完全に日本のオリジナルだよね」たしかに。
  
さらに「給食のコッペパンが嫌いやったわ、味噌汁といわしのフライと一緒に出されて、どうすんねん思ってたわ」と一人がいうと、もう一人が「あれはマッカーサーの策略らしい、パン食根付かせて小麦を輸入させるための」と教えてくれた。「やっぱあの違和感は正しかったんや!」と友人がドヤる。

また、なぜ日本にはこれだけ様々な国のレストランがあるのか…という話題にもなった。ここはぜひ次の回で深掘りしたい。

次回はコロナの状況次第だが、雲南料理を食べに行くことになった。さて次はどんな話ができるのだろうか。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?