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今、本を読むのに必要なのは「人の手」だ!タイパ時代の読書とは

「活字離れ」という言葉がメディアで踊り始めて早20年近く。相変わらず日本人の活字離れは止まらない。雑誌は次々廃刊になり、書店の数は10年前より約5,000店も減った。地域に書店が一つもない、いわゆる「無書店地域」は全国で26.2%に上る。
スマートフォンの普及、SNSやVOD(ビデオオンデマンド)の浸透などによって、いつでもどこでも楽しめる身近なエンターテインメントが溢れる今、余暇を過ごすのにあえて読書を選ぶ人は少ない。加えて「タイパ」という言葉が流行し、ただでさえ時間のない現代では、目的なく本屋には行かない。
情報過多の今、私たちは本とどう出会い、どう楽しめばいいのか?タイパ時代の読書について考える。

かわいいブックカバーで読書へ誘う
街の本屋「正和堂書店」

大阪市鶴見区、どこにでもある駅前エリアに全国から客の集まる本屋がある。それが正和堂書店。地域の人に親しまれてきた、いわゆる街の本屋だ。
今、この店が人気の理由はおしゃれでかわいいブックカバー。しおりがセットになっていて、組み合わせるとモチーフがわかる。文庫本用にはクリームソーダにスイカアイス、ポップコーン、新書用にはオルガン、フランスパンなどがある。バレンタインの時期にはチョコレートのカバー、春には桜色のクリームソーダなど、季節限定のものがあるのも面白い。このブックカバーが今、女性を中心にうけている。近隣以外からの来店客は、全体の3分の1にのぼるほどだ。メディアで取り上げられることも多く、テレビでの紹介後には、オンラインショップがパンク状態になることも。

正和堂書店 鶴見店は大阪市営地下鉄長堀鶴見緑地線「今福鶴見駅」から徒歩2分のところにある。一時は他にも店舗があったが、現在残っているのは鶴見店のみ。

ブックカバーのデザインを手がけるのは小西康裕さん。美大卒業後、印刷会社での勤務を経て、祖父母の代から続く正和堂書店を弟とともに継いだ。オリジナルブックカバーの原型ともいえるものが誕生したのは、小西さんが社会人になったばかりの頃。パルコが開催する「約100人のブックカバー展」で入選したことだ。入選作品は販売もされ、小西さんのデザインは、勢いよく売れた。反響に驚くと同時に自信にもなった。正和堂書店を継ぐことになったのは、それから10年近く後のこと。「あの時のブックカバーをうちの店でもできないかな」と考え、店頭で配り始めたところ、SNSを中心に話題となった。現在ではライトユーザーの取り込みに大きく貢献している。
正和堂書店のすごいところは、このブックカバーを全国の書店にも提供していることだ。初めて提供したのはコロナ禍でのこと。客足が遠のいた全国の本屋を少しでも盛り上げようと、「ブックカバープロジェクト」と称してクラウドファンディングで資金を集めた。日本全国の書店で配布された「アイスキャンデー」のブックカバーは好評で、試みは大成功に終わる。このプロジェクトは、その後第4弾まで続いており、第2弾からは企業とのコラボ企画。コーヒー機器メーカーのカリタや牛乳石鹸とそれぞれの企業の商品をブックカバー化している。こちらも正和堂書店ではもちろん、全国の本屋で配布され、話題になった。
 

左上から「フランスパン」、「オルガン」、春限定の「桜色のクリームソーダ」、「星屑のクリームソーダ」、「スイカアイス」

本とコーヒーをセットで販売
「読書時間」を提案

 正和堂書店の試みはブックカバーだけに止まらない。書籍そのものの売り方も面白い。
目をつけたのは読書のお供。老舗名店のお菓子やコーヒーのドリップバッグと文庫本のセット売りが人気だ。さらに面白いのが、セットとなった本のタイトルも著者もわからないこと。あらすじや紹介文だけを頼りに選ばねばならず、誰のどんな本がセットになっているかは届くまでのお楽しみだ。価格は2,000円程度と普通に購入するより少々高くつく。企画した小西さんは「人の手が加わる分、余計なお金がかかる」と申し訳なさそうに言うが、ガチャを楽しむ感覚がクセになるのか、常連客がリピート購入する。読書をする時間だけでなく、本が届くまでの時間も楽しめる。そんなところが人気なのだろう。「タイパ」や「コスパ」など、今、重視されがちな考え方とは真逆の価値観がそこにはある。
さらに、小西さんが近い将来の計画として考えているのは、読書時間そのもののプロデュース。店舗に隣接する、書店所有の古民家を活用して、読書を楽しめるスペースも提供予定という。六本木の「文喫」を始め、入場料制の書店が増加している現在、日常から離れた場所で、ゆったり読書を堪能したいミドルユーザーの欲求を汲む。
オリジナルブックカバーのヒットに見られるように、消費者の琴線に触れる価値を付加できれば、普段それほど本を読まない人でも本を買う。逆にそのような人たちの気を引くには、もはや本だけでは難しいということか。さらに、普段からそれなりに本を買う層に選んでもらうにも、本以外の価値に頼らざるをえない。
正和堂書店の成功には、情報過多ゆえ、商品そのものの魅力を伝えるだけでは物が売れず、見せ方や価値の付加に頼らざるをえない、現代社会の消費傾向が見え隠れする。

 「処方箋」として本を紹介
「BOOK HOTEL 神保町」

 仕事や恋愛で悩むあまり、一人の時間を過ごしたくなったとき、こもってみたいホテルがある。それが「BOOK HOTEL神保町」だ。このホテルは株式会社dotが運営する「私の本を見つける」がコンセプトのホテル。運営には小学館も協力しており、その蔵書は2,000冊以上。さらに特筆すべきはブックコンシェルジュの存在だ。彼ら、彼女らは、ホテルマンでありながら、宿泊客の悩みに合わせた本を「処方」してくれる。例えば、「他人との比較をやめたいのに、ついSNSを見ては落ち込んでしまう」という人にはスティーヴン・ガイズの「小さな習慣」を。「彼氏に尽くしてしまったり、振り回されたりしてしまう自分が嫌。恋愛はしばらくいらない」という女性には心屋仁之助氏の「ゲスな女が愛される」。仕事で完璧を求めすぎて、疲労困憊の人には鈴木祐氏の「無(最高の状態)」を勧める、というふうだ。これらの本をホテルから借りて、宿泊中に読むことができる。

関西では「BOOK HOTEL 京都九条」が2024年3月にオープン。夏には本が読めるカフェ・バーも館内にオープン予定。

このブックコンシェルジュサービスを始めたのはBOOK HOTEL 神保町の総支配人である三浦菜月さん。新卒で入社したホテルでの経験と大学時代に学んだ心理学の知識を活かして開発したサービスだ。三浦さんは、とにかく話しやすい。平成6年生まれの29歳と、まだ若いのだが、傾聴が得意でどんな話も否定せずに受け止めてくれる。宿泊客が、他人には話しづらい自分の胸のうちをさらけ出せるのもうなずける。

「本好き同士で結婚したら最強じゃない?」から生まれた婚活サービス

そんな三浦さんは、ブックコンシェルジュとして、宿泊客たちの話を聞いているうちに、出会いに悩む独身男女が多いことに気づく。彼ら、彼女らの悩みを何とか解決できないかと考えながら話を聞くうちに「この人と、さっきのあの人なら上手くいくんじゃないか?」「本好き同士で結婚したら最強じゃない?」と思い至る。そこで三浦さんが作ったのが、読書が好きな男女向けの結婚相談所「BOOK婚」だ。
一般的な結婚相談所との一番の違いは、入会条件の一つが本好きであること。本によって自己分析をし、自分を見つめながら婚活をするという経験ができる。悩みはカウンセリングだけでなく、読書を通して解決する。行き詰まったときには、それを察したカウンセラーが、本を「処方」してくれる。
処方箋としての本の果たす役割は大きい。三浦さんが特に助かる、と感じるのはスタッフよりも年上の40代や50代の人の婚活サポートのとき。「アドバイスをしたいが、年下の自分がするのははばかられる」という人に「この本から何かを読み取って頂けたら」と「処方」する。もちろん、感じ方は十人十色。狙った通りの受け取り方を相手がするとは限らない。それでも何かを得て、本人は前向きになる。「そこが面白い」と三浦さんは言う。
さらに、本はカウンセラーと会員との信頼関係を築くのにも一役買う。特に男性客はなかなか心を開かない。恋バナなんてもってのほか。しかし、ブックトークならば否応なしに盛り上がる。40分から45分のカウンセリングの8割くらいが本の話になることもしばしば。「この本読みました?」「私の今の推しはこれなんですけど」互いのマシンガントークが続き、「あ、そういえば、今月はどうなってます?」やっと婚活話になる。そんなふうに築く会員との関係は当然強い。中には、三浦さんから勧められた本は、片っ端から読んだという会員もいるほど。
また、当初の狙い通り、本は会員同士のコミュニケーションツールにもなっている。異性と話すのに緊張してしまう人は、お見合い前に相手の好きな本を読んでおく。話が盛り上がらないはずがなく、自信がつく。お付き合いが開始すれば、図書館や本屋さんでのデートを楽しんだり、好きな作家を教え合い、感想を言い合ったりしてお互いの理解を深める。そんなふうに関係を築き、結婚に至った本好きカップルには、きっと最強の絆が生まれているのだろう。
2022年の夏にリリースされたBOOK婚で成婚したカップルは、2024年現在で40組近くにのぼる。その実績は、婚活業界でも認められ、2023年7月には「IBJ AWARD 2023上期Premium部門」を受賞した。
もちろん入会した人全てが成婚に至るわけではない。しかし、三浦さんをはじめとするカウンセラーとの対話や、本を通しての自分との対話によって、全ての人が納得できる結論を出す。「BOOK婚に入らなければよかった」「婚活しなきゃよかった」などと後悔する会員は、これまでに一人もいない。
読書はエンターテインメントであり、時に人生において大切なことを教えてくれる。悩んだ時には道標にもなる。そして、本が好きな者同士にとっては最高のコミュニケーションツールとなり得る。これぞ本や読書の醍醐味であり、読書をする意義だろう。
しかし、現代では本が読者の手に渡るまでの過程が少々変わった。以前は、本と人との間にあったのは本屋だけだったが、今はそこにもう一人、読者に本を選んでおすすめする「人」が介在する。

本と出会うのは大変だ!
読みたい本を見つけられない私たち

三浦さんは、自身のnoteの中で、読書について次のように述べている。「私は、昔から本が隣にあったから気づかなかったけど、本を『読もう』とすると、やるべきことがたくさんある。だからきっと、現代人にとって本を読むのは大変なことなんだ。失敗しないために本を選んで読むって相当の体力がいる。面白いかどうかわからない本を読み始めるのは時間がもったいない、ということもあるのだと思う。」確かにそうかもしれない。書店に立ち寄る習慣がなく、周りに本を紹介してくれる人がいなければ、身近に情報源がない。たとえ「読書をしてみよう」と思っても、本を選べないのだ。情報過多の時代ゆえ、その情報を伝えてくれる「人」の存在が大きい。ライトユーザーは本や書店からますます遠のく。加えて、ますます時間がないこの「タイパ」時代、限られた余暇を空振りに終わらせないためには情報が何より大切だ。ミドルユーザーたちも、不用意に本を買わない。前出の正和堂書店の小西さんも「みなさん、レコメンドをすごい気にする」という。来店客の片手には大概スマートフォンがある。そこにはインスタグラムなどの書籍紹介投稿のブックマークや、「読書メーター」などで他の人がすすめていた本のメモがあり、それを見ながら本を選ぶ。インターネットでの情報収集ついでに、ネットショップで購入してしまえばよいようにも思うが、それでも書店に来るのは、実際に手にとって中身を確認してから購入したいから。限られた時間を、期待外れの本で浪費するのは避けたい。それには他の人からの情報が何より重要なのだ。

泊まれる本屋「BOOK AND BED TOKYO」


「BOOK AND BED TOKYO 心斎橋」HOSTELのラウンジスペース。

大阪市内にも本をコンセプトにした宿泊施設がある。「BOOK AND BED TOKYO 心斎橋」。「泊まれる本屋」をコンセプトとしたホステルだ。東心斎橋に立ち並ぶビルのワンフロアにある。宿泊スペースは白と黒を基調としたスタイリッシュな空間。一面に備え付けられた本棚の中には隠し部屋のように個室があり、天井からは漫画原稿が吊り下げられている。何より空間デザインを重視しているのだろう。本棚にはおしゃれな表紙の雑誌、洋書が見栄えよく飾られており、「推しの子」など今人気の漫画も並ぶ。カフェも併設されており、おしゃれなドリンクや軽食も楽しめる。私が訪問したときには、若い男女が二人、飲み物を片手に歓談していた。宿泊客もいたが、それほど熱心に本を読んでいる人はいなかった。元々読書が好きな人向けというよりは、普段はあまり本を読まない若年層向けのスペースなのだろう。宿泊客は周辺で行われるイベントへの参加を目当てに地方からやってくる人がほとんどらしく、コンセプトが面白いから、おしゃれだから、安いから、など、読書以外の理由で選ばれるようだ。デイユースもでき、土日祝日の昼間などは飲み物や軽食を片手に読書をして過ごす利用客も多い。ライトユーザーに向けた読書時間の提案になっているのかもしれない。

本とどう出会い、どう楽しむ?
タイパ時代の読書とは

現代を生きる私たちには時間がない。消費しなければならない情報が多く、自分で本を選んでいる暇がない。選書の失敗も許されない。だから本と出会うには、出会わせてくれる人や仕掛けが必要だ。
また、エンターテインメントが増えすぎて、ただ本を読むだけではもの足りない。誰かがプロデュースしてくれる読書時間が必要だ。
今、私たちが読書をするのは大変だ。本を読むという行為までに、昔よりもずっと「人の手」が必要になった。しかし、その「手」によって新たな読者が増えたり、読書時間をもっと豊かなものにできたりもしている。今後、どんな「手」が現れ、どんなふうに本と出会わせ、読書時間を彩ってくれるのか。楽しみにしたい。






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