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西表島の朝、サガリバナの花火・その②

サガリバナは熱帯、亜熱帯の川沿いの湿地に生育し、6月~8月の夜中に花を咲かせて朝方にはめしべを残して散ってしまう。石垣島や西表島には広い範囲で自生し、西表島なら後良(しいら)川、仲間(なかま)川、浦内(うらうち)川の下流で見ることができる。朝日が上りきった後では花が落ちてしまっているので、夜明けの少し前を狙って鑑賞する。八重山地方は7月上旬の日の出がだいたい5時30分前後なので、4時集合で十分に間に合う。
「カヌーツーリングあたらす」の車は真っ暗な県道215号線を後良川に向けて暗やみを駆け抜け始めた。上原港を抜け、船浦(ふなうら)橋らしき橋もまだ暗闇の中だ。いつもなら上原港を背にしてこの橋を通ると左手には海、右手にはピナイサーラの滝へと続くヒナイ川の始まりを知らせるマングローブたちが見え、遠くの山の割れ目からピナイサーラの滝の堂々とした白い姿を見ることができる。

さらに暗闇を走り続け20分、後良川の河口、後良橋の手前で車は止まった。車を降りて驚く。
大きなカヌーが二艘、車に連結されていた。真っ暗な世界と緊張でカヌーが後を付いてきているなんて、気づきもしなかった。ツアーズガイドのYさんが準備をしている間、後良橋から星空を仰ぐ。
そよぐ風が海の存在を教えてくれた。

不思議に星空が輝きを増した。

そうか、星々の雰囲気は空気の匂いで変わるんだ。空気が良いと星が美しいと言うが、「空気が良いから」なのではなく、「空気の匂いが良い」所は星が喜ぶの方が正しいのかもしれない。

車のライトを頼りにライフジャケット、ヘッドライトを身に付ける。パドルの使い方のレクチャーを受け、いよいよ後良川に漕ぎだす。

今回は2人乗りカヌーだ。真っ暗闇でも、ヘッドライトのお陰で水面や前方の様子が多少把握出来るが、最小限の情報が恐怖感を助長する。4時と言っても雰囲気は夜中と変わらない。夜のカヌーは、なかなかの緊張感だ。1人乗りでなくて良かった。
オレンジの光が私の右側を通り過ぎた。オレンジ色のカヌーに乗ったツアーガイドのYさんだ。「私のカヌーのオレンジの灯りが見えますか?この灯りのあとを付いて来てもらえれば、ヘッドライト消しても大丈夫ですよ。」
恐る恐るヘッドライトを消す。
ぼんやりなオレンジ色の正体はYさんがカヌーのお尻に忍ばせたヘッドライトだ。まるでYさんのお尻がホタルのように光っているように見える。

オレンジの光を頼りに暗闇を進む。始めはパドルが水を捉えるピチャッっと言う音が続いていたが、ふと「ホーホーッ」と誰かの声。リュウキウコノハズクだ。
遠くの星たちが少しずつ眠り始め、雲の影がマングローブと空の間に入り込もうと雰囲気を出そうとしていた頃、ふんわり嗅いだことの無い香りに気づいた。控えめな可愛らしい香りだ。まるでマングローブからバトンタッチしたかのように、暗闇の隙間に白く小さな手をたくさん広げたサガリバナの花がぶら下がっていた。つづく。