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西表島の陸活動、ピナイサーラの滝の上と下 その⑤ 仙人の登場

 ジャングルの隙間から白く長いあごひげの仙人が現れた。風に乗って空に舞い上がり、滝壺の岩に立っていた。トレッキングルートの先に見た滝の姿、3回目に訪れたの滝の姿は優しい仙人だった。ちょっと感慨深げに滝を見つめていたら、さわやか荘のツアーガイドのSちゃんの気持ちの良い声が聞こえた。

「貸し切りですよっーーー!」

 そうか、人がいない。仙人の姿が見えたのは、人の気配のない、滝の本来である姿を目の当たりにしたから感じることが出来た感覚だったのか。

Sちゃんを見ると、嬉しそうな良い顔をしている。友人も、きっと私も良い表情だ。そして叫んだ。

「これもオプション?!最高だぁっ!」

Sちゃんの見本ダイブに続き、誰もいない滝壺手前の滝から流れてきた流水で出来たプチ池に飛び込んだ。一気に鼻に水が入り、豪快にムセる、笑う、水で濡れた顔をブルブル手で拭いて、笑って、また岩をよじ登り飛び込む。

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ここぞとばかり、貧乏性全開に何度も、何度も飛び込んでムセては笑って、息継ぎのタイミングを間違えて大量に水も飲んだ。飛び込んだ瞬間、水があっという間に体に全体にまとわりつく感じが気持ち良かった。さんざん飛び込んで、ブルブル手で顔を拭いて、滝を見上げた。ミスト状になったしぶきが優しい仙人の手に見えた。

 おやつのホットロイヤルミルクティーとさわやか荘のお母さんが作ってくれたサーターアンダギーをほおばっている時にSちゃんが教えてくれた。夏のシーズンはピナイサーラの滝の下は数百人の観光客で身動きが取れない状態で、休憩スペースを確保しても広くは使えず、とても気を使うそうだ。今日の私たちは1人ひとり、場所は選びたい放題でゆったり座ってのんびりしているのが、信じられないという。午前中の大雨が嘘のような穏やかな午後、全身びしょ濡れでSちゃんが入れてくれた、ちょっと濃いめのホットロイヤルミルクティーは最高に甘くて幸せだった。

帰り支度を始めようと、よっこいしょっと立ち上がると、貸し切り終了。次々と日帰り冒険者たちがニョキニョキと林の中から現れはじめた。帰り際、ザブンと飛び込む音、ワイワイ笑い声が聞こえて、滝の方を振り返ると仙人はいなかった。ちょっとだけ淋しくなり、何歳も年下のSちゃんに「今日のツアーオプションまだある?」と問いかけた。Sちゃんはニコニコしながら、「ハハハ、どうでしょう」と笑ってくれた。

 人生3度目のピナイサーラの滝は過去に2回訪れた時とは違って、知っている滝なのに「初めまして」と何度も口にしたいくらい別人だった。西表島から帰ってきてからだが、念願だった養老猛司先生の『バカの壁』を読み進めている。いま、万物流転、情報不変という章を読んでいるが、その中で「生き物はどんどん変化していくシステムだけれども、情報というのはその中で止まっているものを指している。」という一文を読み違和感の正体がわかった。ピナイサーラの滝が別人に見えたのは、ピナイサーラの滝も、私も、2年前とは別人のように変化していたからなんだ。 

 帰りのヒナイ川でピナイサーラの滝は 3回も行ったから、もう行く機会はないだろうと考えながらカヌーを漕いでいたが、自分の変化の指標として、4度目に訪れる理由が出来たかもしれない。

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