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忍辱 第十三場

■第十三場
 それからニ時間後の粟田家。
 基本セット。居間のテーブルの椅子にぐったりと座る絹代。独り言。
絹代 「どこのお店にも入れなかった。‥今日の晩御飯、どうしよう? ‥これから、どうしよう。」
 頭を抱える絹代。
 粟田家の玄関前に山口が現れる。周りに人がいないのを確かめ、陀頼教のマークを、真っ赤なスプレー塗料で「×」字に塗りつぶす。すばやく逃走。
 それから間もなく唐玄が目に眼帯をして入場。目が痛くて疲れた様子。無残な玄関扉を見て、しばし立ちつくす。思い直して玄関扉を開けて入る唐玄。
絹代 「おかえり。どうしたの!? その目! 」
唐玄 「そんなことより、すぐ出かけよう。子供たちが心配だ。」
 絹代がうなずいたところに、吹美果が帰宅。通学用のカバンを両手で覆い隠している。無残な×印をつけられた陀頼教のマークをちらりと見ると、自宅に入る。
絹代 「‥お帰り! 大丈夫だった? 今大変なことになってるの。」
 安どした絹代が、娘の両手を握って出迎えた際、カバンが床に落ちる。
 絹代はそのカバンを取って言葉をなくし、小さく震える。カバンの外装はカッターのようなものであちらこちらが切り裂かれ、サインペンで『人ごろし』の文字が大書されている。
唐玄 「‥怖い思いをさせてしまったな。‥身体は大丈夫か? 」
吹美果 「‥学校で3人にレイプされた。‥犯罪者の娘なんだから、お前も同罪だって。」
 表情が固まる唐玄と絹代。
吹美果 「‥うそよ。」
唐玄 「こんなときに、変なウソをつくな! 」
吹美果 「お父さんはウソついてないの!? 」
 唐玄は無言。
吹美果 「本当のこと、言ってよ! ‥ナイフ、あれ何なの? あれで? ‥なんか、言えよ! ‥お願い、お願いだから。」
絹代 「‥お父さん、哲ちゃんも、心配。」
 唐玄はうなずいたところに、哲修は帰宅。学校の友人である真一を伴っている。真一の片足は義足。インターホンを鳴らす。飛ぶように玄関に行く絹代と唐玄。
絹代 「哲っちゃん! 大丈夫だった? 」
 絹代、哲修の顔や服やカバンを見るが、傷などはない。
哲修 「‥クラスメイトの真一君が送ってくれた。」
 真一は無言で一礼。
唐玄 「‥送ってくれてありがとう。家にあがって休んでくれないか。‥その足で大変だったろう? 」
真一 「ありがとうございます。でも、早く帰らないと遅くなりますので。‥失礼します。じゃあな、哲ちゃん。」
 真一、義足でゆっくりと来た道を戻っていく。
 唐玄は哲修をおぶって、玄関から居間に入る。介添えをする絹代。唐玄はテーブルの椅子に哲修を座らせる。
哲修 「あいつがクラスメイトの皆に言ってくれた。『みんな、自分を除け者にしてきたやつや、邪魔者扱いしてきたやつの顔を思い出そう。そいつらと同じにはなりたくないだろ? 』って。‥痛みを知ってる人は、他人の痛みもわかるんだね。‥でも、‥人って痛い思いをしないとわからない生き物なのかな。」
唐玄 「哲修、そうではない。そんなことはない。」
 哲修は、しばらく沈黙して、頷く。
唐玄 「‥それにしてもわからん。俺や、家族のことまで、どうしてこんなに知られてしまったんだ? 」 
 そこに唐玄のスマホが鳴る。びくりとする絹代。 
 ゆっくりと唐玄はスマホをとる。相手先の安藤は渋い顔。
唐玄 「部長、こんな事態になって、申し訳ございません。」 
安藤 「まったく困ったことになったもんだ! 」
唐玄 「‥はい、申し訳ございません。」
安藤 「会社に出てこんか!? 書類を書いてもらいたい! 」
唐玄 「‥そうしないといけないことはわかってますが。家族を置いていくことが心配で。」
安藤 「‥そうか。やむを得んな! ‥今は、‥家族と自分の身を最優先で考えてくれ! 出れそうになったら、連絡頼むな! 」
唐玄 「‥あの? 」
安藤 「何だ!? 」
唐玄 「これだけ世間を騒がせてますし、会社にこれ以上迷惑をかけるわけにはいきません。退職‥。」
安藤 「おい何言ってる!? 騒いだのは君じゃないだろ? ‥しっかりしてもらわんと困るなあ。‥胸張って堂々と会社に出てくるんだ! いいな! 」
唐玄 「‥はい。‥ありがとうございます。」
安藤 「もうちょっと話したいんだがな、森本の婆さんがうるさくってな! また電話する! 」
 安藤の方から電話を切る。ほっとした唐玄。絹代もほっとしてようやく微笑。
 外出先から戻った富田夫妻が入場。二人ともトートバックを持っている。中は肉やら野菜やらで満載。良太は粟田家のインターホンを鳴らす。良太は酔っぱらってる。片手に高アルコールのサワー缶。
 インターホンの音にびくりとする絹代。唐玄がインターホンに出るや否や、省吾が怒鳴るような大声。
省吾 「おい! ちょっとウチ来いや。えーとな、‥肉食うぞ、早くしろよ! 」
 唐玄は呆気に取られる。意味がわからない。
 見かねた未来が、省吾を無理やりどかせて、インターホンで話し出す。
未来 「すみません。隣の富田です。あのう、‥もしご不自由されてたらと思いまして、‥よろしければ、ご家族でうちにいらして、お夕飯を一緒に。」
 今度は省吾が未来をどかせて、インターホンで話し出す。
省吾 「スロット出たんだよ! 前沢牛買っちまった! うちの家じゃあ食いきれねえんだよ! ところでわかってっか前沢? ゾゾじゃねえぞ。 」
 ようやく、富田家の意を察して、唐玄と吹美果が玄関にでる。深々と礼をしたままの体勢で動かない唐玄。省吾は唐玄から目をそむけ、町を見渡しながら吠える。
省吾 「‥ったく、どいつもこいつも、馬鹿じゃねえのか!? そんなに怖えのかよ! だったらもう、死んじゃえよ! 死ねば怖えもんは無くなるぞ!! 」
 一旦自宅に戻ろうとする省吾。吹美果が玄関を走り出て、省吾の前に立つ。
吹美果 「あの! 教えてください。‥どうして、父を信じてくれてるのですか? 」
省吾 「‥信じる? ‥勘違いすんな。俺はやりてえことをやってるだけだ。‥お前はなんだ? ‥ひょっとしてお前も怖いのか? じゃあ死ぬか? ‥死にたくねーんならな! やりたくねえことを無理してやるな! 」
 それだけ言うと、吹美果を無視して自宅に戻る。

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