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忍辱 第十一場

■第十一場
 テレビ放送の音。それを聞く人たち。
 佐藤夫妻は、上手袖近くに立つ。同様に下手袖近くに手塚と小笹。下手中央寄りに衣川。上手中央寄りに富田夫妻。テレビを見ていた人は後方。
キャスター 「今大変世間を騒がせております、琴吹町の連続通り魔事件、その容疑者ではないか、と思われる人物につきまして、当局が独占入手した情報をお送りします。被害者のMさんが、犯人を見たと。しかもそれは、近くに住むTという人物であると、はっきり証言しているようです。しかし、被害者の訴えにもかかわらず、現在Tには何の疑いもかけられておりません。警察の判断には疑問を禁じえません。」
衣川 「愛実さんは、犯人の顔を見た、とは言ってない。」
キャスター 「Tは現在、今この時間もどこで何をしているのか。ひょっとしたら、次の犯行を画策しているのかもしれません。琴吹町の人々は恐怖のどん底に落とされています。なお町内では、この事件を受けて防犯活動が行われています。犯人はナイフを所持していることから、護身用の防犯スプレーを携帯しながらの活動になっています。なおこの防犯スプレー、見た目は家庭用の消毒スプレーのようなのですが、スプレーを浴びた相手は涙がとまらなくなり、思うように動けなくなる効果があります。これはもちろん市販品です。」
 そのテレビを見ている佐藤夫妻
佐藤(夫)「琴吹町はうちの隣町だな。‥おい、防犯スプレー、ウチも買っとくか? 」
佐藤(妻)「大変なことになったねえ。うちには娘もいるからね。買っておかないと駄目よ。」
 手塚と小笹の電話。
手塚 「これは何ですか! 粟田さんを犯人と決めつけてる内容じゃないですか? わたしがお願いしたこととまるで逆だ! 」
小笹 「あれはテレビ局の作った番組ですから、私たち新聞屋にはわかりませんねえ。‥でも、町民の大半は、粟田が犯人と思ってるんじゃないですか? 社会の声に沿った番組になっていると思いますがね。」
キャスター 「ここで当局が入手しました、ある写真を見ていただきます。この左側にいるのがT容疑者。そしてそのすぐ傍に倒れているのが、琴吹町の住民の方です。情報によりますと、この方が防犯活動している最中、車から引きずり出される、という乱暴を受けたようです。 」
 そのテレビを見ている富田夫妻
省吾 「車から引きずり出したのは、俺だけどな? 」
未来 「巧妙なウソね。粟田さんが引きずり出した、とは言ってないのに、言ってるように聞こえる。」
 テレビを見ていた人が入場。山本、伊藤、林、松田、橋本、本田、中島、藤原、大内、池田、山口、根本。みなスマホの画面を見ながらSNSに投稿。
山本 「乱暴はいかんよ。住民の安全安心が第一だ。」
伊藤 「暴力反対。」
林 「これは決して他人ごとではない。」
伊藤 「自分だって、いつ襲われるかわからない。」
林 「容疑者のTをなんとかほしい。」
松田 「Tを捕まえてくれ。」
橋本 「Tを刑務所にぶちこめ! 」
山本 「住民の安全安心が第一なんだ。」
橋本 「でも実際誰なんだ? T容疑者って。」
伊藤 「どこの誰かわからないと、自分の身を守れない。 」
中島 「わかってる人もいるんだろ? 不公平だ。 」
伊藤 「どこの誰か知りたい。」
橋本 「Tの住所氏名を教えて。」
本田 「住所氏名をさらしてやれ! これは意味のあることなんだ。」
中島 「まあ、面白いだけ、だけどな。」
本田 「テレビで少しだけ映った家。玄関に変なマークがある? 」
中島 「わかった! それ陀頼教のマークだ! 」
藤原 「出た出た、粟田唐玄。陀頼教教祖。新興宗教? 」
本田 「東京都三田市琴吹町4ー8ー15」
伊藤 「情報サンキュ。」
大内 「家族写真入手、妻の絹代。長女の吹美果、慶喜大学の1年生、法学部。長男の哲修、西東京障碍者支援特別学校生。あと粟田唐玄は、北介護センター勤務。」
伊藤 「長男、障碍者か? 」
池田 「びっこらしいぞ。」
藤原 「親が悪いことしてるから、障碍者になるんだ。報いだな。」
山本 「犯罪者の親をかばう家族にも責任がある。 」
橋本 「家族も同罪。」
中島 「まあ、面白いだけだけどな。」
山口 「何が面白いだよ! 被害者出てんだぞ! 」
中島 「まーた、変なやつが来やがった。」
山口 「俺は、行動を起こす。見ているだけのお前らと違う。」
池田 「やめとけって。」
中島 「面白いだけで、いいんだよ。」
山口 「何もできないやつは、家でマスでもかいてろ! 」
中島 「はいはい、きちがい回避するよ、俺は。」
山口 「俺は、この家族を許せない。」
池田 「やめとけって。これはゲームなんだよ。リアルと勘違いすんな。」

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