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【読んだ】うつくしい人

おすすめ度 ★★★★☆

2009年出版の西加奈子さんの小説。
くもをさがす、を読んで以来、小説も読みたくて読んだ。

結構こじらせた主人公の話だけど、読後感は清涼で気持ちがいい。
時々これ以上なくズバッと決まるフレーズがあって、カッコいい。
こういう言葉を生み出せるところが、やっぱプロってすごい。


主人公は30代始めの女性なのだけど、とにかくこじらせている。
あとがきで著者自身が、当時のことを振り返って

執筆に取り掛かった時、私は、心の表面張力がぱんぱん、無駄な自意識と自己嫌悪にさいなまれ、うっかり傷つく中二状態が続いていた面倒な三十路女性で

と描いているが、まさにそんな感じ。
自意識と自己嫌悪のパワーに任せて息継ぎなしで猛ダッシュする主人公に、読者は置いていかれそうになるほどだ(褒めてます)。

40代目前になり、適度なふてぶてしさを獲得した私には「そんな時代もあった気がするなぁ」と生暖かく読めるのだけど、ちょうどその年齢に差し掛かった人はどう読むんだろうね。興味ある。


人の目を過剰に気にして、「人がどう思うか」で職場も服も男も選んできた主人公が、あるきっかけで仕事を辞め、そのことにも自己嫌悪し、引きこもり、自己嫌悪し、旅に出ることにしたけど、ずっと心はぱんぱんなまま。
ふとしたことで溢れて、崩れ落ちそうになったり塞ぎ込んだりする。
結構やばいやつ。

旅先の島の豪華なホテルで過ごす5日間の話で、「はたしてうつくしい人はいつ出てくるんだろう?」「この人かな?」とヤキモキしながら読む。
ここまでこじらせて、疲弊している人が、どう立ち直っていくんだろう?
道筋なんかあるのか?助けになれる人なんているのか?とも思いながら読む。ヤキモキ。

出会う人たちは、最終的に主人公の回復のきっかけになるのだけど、そんなに運命的でもなく、めちゃ素敵な人でもない。名言で彼女を救うわけでもない。
滞在先のホテルからは、とても美しい青い海が見えるんだけど、それを見た途端、心が洗われるわけでもない。
海を見て、浮かれたり、憂鬱になったり、自己嫌悪になったり忙しい。
けれどじわじわと、彼女は自分を認めていく。受け入れられるようになっていく。

私も、物語を書き終わる頃には、面倒な中二の部室から出て、卒業式手前の落ち着かない中三、くらいまでの回復を見せました。

と、あとがきで西さんも描いているような、緩やかな回復。中二から中三。


旅に出たら、なにかが変わる。という期待がある。

美しい景色に心を打たれて、自分を開放できるかもしれない!みたいな。
でも実際のところ、旅に出て美しい景色を見ても何かが変わることはない。

楽しい思い出はできる。
おいしい食べ物に感動できる。
家事しなくていいから嬉しい。

だけど、きれいな海を見ても「きれいだな」としか思わないし、山を見ても「山だな」としか思わない。
もうちょっとないんかい、と自分にツッコミしたくなるほどだ。
ああ、これが私が求めていたものだ!とか
日常のことは全部忘れて自然と一体になる!とか、そういう気持ちが沸き上がったことはない。

なんかもったいないな、と思う。自分の感受性の拙さのせいで、もっと感動できるはずの旅を感動できてないような気がする。

本の中で、後半のあるシーンが印象に残っている。
酷い二日酔いの朝、カーテンを開けて外の海を見るシーン。
そこにはいつも通りすごく綺麗な海がある。

昨日だって、あった。一昨日だって、その前だって、ずっとずっと、変わらずそこにあった海だ。(中略)天気の悪い日や、寒い日は、違った顔を見せるのだろう。灰色がかってみすぼらしいときも、ごうごうと暴れてこちらを突き放すときも、あるのだろう。(中略)
海だって、だめなときはきっとあるのだ。

最後の一文が、とても好きだ。海だってだめな時はある。
いいなぁ、すごく好き。この一文を読むためにこの本読んだのかもしれない。

今度そういう景色に出会ったら、私もそういうふうに考えよう。なんて、湧き上がってこない感情を捏造しようとしてるとこも、ちょっとどうかなと思いつつ。

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