体力の男女比較 ~〈 手弱男 〉の存在を可視化する試み~


はじめに ~〈 手弱男 〉の憂鬱~

以前、〈手弱男〉というマイノリティ という記事を書きました。

伝統的な 〈男らしさ〉 を表現する言葉に〈益荒男〉というのがあります。また、伝統的な〈女らしさ〉 を表現する言葉に〈手弱女〉というのがあります。〈手弱男(たおやお)〉 というのは私の造語で、「汝、〈 益荒男 〉たれ!」 と言われることに苦しみを覚える男性のことを指します。
一般に、「男性は強い,女性は弱い」とされ、社会通念となっています。これを前提とした制度や慣習なども非常に多くあります。ところが、ミクロな視点で、つまり一人一人にスポットを当てていくと、社会通念と合致しないケースも多くあります。体力を例にとって考えてみましょう。男性の体力の平均値が、女性の体力の平均値を上回るといっても、それはあくまでも平均値の話であって、実際には個体差があります。平均値を中心として、大きくバラついているはずなのです。したがって、任意に男性1人と女性1人を抽出して、体力を比較すると、男性の方が弱いというケースもそれなりの割合で発生するのです。
また、バラツキの度合いにもよりますが、
  ・ 男性の平均値を上回る、非常に強い女性
  ・ 女性の平均値を下回る、非常に弱い男性

も存在し得ます。こうした存在は、マイノリティであるということもあって無視されがちです。
ところで、体力的に女性より高水準であると見なされること、それを期待されることは、男性に対する抑圧になり得ます。特に、女性の平均値を下回るような〈手弱男〉にとっては、重大な問題になり得ます。かれらは、女性の平均値を下回る体力しか持っていないにもかかわらず、〈体力強者〉としての男性役割を果たすことを強いられがちです。そして、物理的・身体的に限度を超えたり苦痛を感じたりするのみならず、自己卑下につながるなど精神的にも甚大な影響を及ぼし得ます。この理不尽・不条理は、もっと多くの人に知られるに値するでしょう。
(ここでは体力を例にとっていますが、他の要素でも同じような構図が成り立つと考えます。例えば、経済力で置き換えてみてはどうでしょうか。)

 なお、以下の記事もぜひ本記事とあわせてお読みくだされば幸いです。

新体力テストのこと

男性と女性の体力差について、数量的にきちんと比較することはできないのでしょうか。実はそのために活用できそうなデータがあります。それが、新体力テストの結果なのです。新体力テストというと、小学校・中学校・高校などで体育の時間にやったという記憶があるのではないかと思います。かつては、総合的な運動能力を測る〈運動能力テスト〉と、部位ごとに特定の運動能力を測る〈体力診断テスト〉というのに分かれていましたが、平成11年度から現在の〈新体力テスト〉が導入されました。
新体力テストでは、8つの種目を実施することを通じて、走力,投力,跳躍力,敏捷性,柔軟性,筋力,筋持久力,全身持久力を測定することができます。
 
新体力テスト(平成11年度~)の種目
   ・ 50m走(走力)
   ・ 握力(筋力)
   ・ 反復横跳び(敏捷性)
   ・ ソフトボール投げ(投力)
   ・ 立ち幅跳び(跳躍力)
   ・ 上体起こし(筋持久力)
   ・ 長座体前屈(柔軟性)
   ・ 20mシャトルラン or 【中学生以上】持久走(全身持久力)
 
この新体力テストの記録データは、実は小学生・中学生・高校生のみならず、高専生,短大生,大学生,成年,高齢者のものも毎年集積されており、体力・運動能力調査(文部科学省のwebサイト内) から閲覧可能です。本記事では平成24年度のものを活用することにしましょう。どの年齢のデータに着目するかについては、いろいろ迷ったのですが、ひとまず18歳で男女比較を行うことにします。 
(注:この記事は、2014年に執筆したものを一部加筆修正したものです)
さて、18歳の新体力テストの結果を、男女で比較することによって、何が見えてくるのでしょうか。

握力(筋力)と立ち幅跳び(跳躍力)

① 握力(筋力)

スメドレー式握力計で握力を測定します。左右ともに2回ずつ測定し、それぞれの良い方の記録を平均します。単位は[kg]で、端数は切り捨てます。

握力(18歳)の分布

18歳男性の平均値は 42.8[kg] で、標準偏差(σ)は 7.0 です。
18歳女性の平均値は 26.7[kg] で、標準偏差(σ)は 4.9 です。
男性の平均+3σ は およそ 64[kg] です。
男性の平均-3σ は およそ 22[kg] です。
∴ 22[kg] から 64[kg] の範囲に 99.73% の男性が入ると推定されます。
女性の平均値 26.7[kg] を下回る男性は、1.0[%] 存在します。
かなりマイノリティですね。それでも、100人に1人の割合で、そういう男性が存在するということでもあるのです。
余談ですが筆者である私の握力は、20[kg] に届きません。これは3σの範囲から外れていますから、相当レアなケースということになりますね。なにせ、たった 0.14% の中の1人ということですから。 

② 立ち幅跳び(跳躍力)

砂場あるいはマットにおいて立ち幅跳びを行います。両足を軽く開いて、 つま先が踏み切り線の前端にそろうように立ち、両足で同時に踏み切って前方へとびます。身体が砂場(マット)に触れた位置のうち、最も踏み切り線に近い位置と、踏み切り前の両足の中央の位置(踏み切り線の前端)とを結ぶ直線の距離を計測します。2回行って、良い方の記録を採用します。記録は [cm] 単位とし、端数は切り捨てます。

立ち幅跳び(18歳)の分布

18歳男性の平均値は 226.9[cm] で、標準偏差(σ)は 23.1 です。
18歳女性の平均値は 169.4[cm] で、標準偏差(σ)は 23.3 です。
男性の平均+3σ は およそ 296[cm] です。 
男性の平均-3σ は およそ 158[cm] です。
∴ 158[cm] から 296[cm] の範囲に 99.73% の男性が入ると推定されます。
女性の平均値 169.4[cm] を下回る男性は、0.7[%] 存在します。
かなりマイノリティですね。それでも、およそ140人に1人の割合で、そういう男性が存在するということでもあるのです。
 
ここまで見てきたように、握力や立ち幅跳びでは、男女差がかなりはっきりしているようですね。筋力や跳躍力については、女性の平均値に満たない男性は1%以下しか存在しません。しかし、いくら少ないとはいえ存在するということは忘れてはならないと思います。

50m走(走力)とハンドボール投げ(投力)

① 50m走(走力)

クラウチングスタートで、直線の 50m 走路を1回走り、タイムを測定します。記録は0.1秒単位とし、端数は切り上げます。

50m走(18歳)の分布

18歳男性の平均値は 7.4 [秒] で、標準偏差は 0.6 です。
18歳女性の平均値は 9.1 [秒] で、標準偏差は 0.9 です。
男性の平均+3σ は およそ 9.2 [秒] です。 
男性の平均-3σ は およそ 5.6 [秒] です。
∴ 5.6 [秒] から 9.2 [秒] の範囲に 99.73% の男性が入ると推定されます。
女性の平均値 9.1 [秒] よりも遅い男性は、2.6[%] 存在します。
やはりマイノリティですね。それでも、およそ38人に1人の割合で、そういう男性が存在するということでもあるのです。

② ハンドボール投げ(投力)

ハンドボール2号(外周54cm~56cm,重さ325g~400g)を投げて飛距離を測定します。2回投げて良い方の記録を採用します。記録は [m] 単位で行い、端数は切り捨てます。

ハンドボール投げ(18歳)の分布

18歳男性の平均値は 25.7[m] で、標準偏差は 5.8 です。
18歳女性の平均値は 14.3[m] で、標準偏差は 4.0 です。
男性の平均+3σ は およそ 43.3 [m] です。 
男性の平均-3σ は およそ 8.2 [m] です。
∴ 8.2 [m] から 43.3 [m] の範囲に 99.73% の男性が入ると推定されます。
女性の平均値 14.3 [m] を下回る男性は、2.7[%] 存在します。
やはりマイノリティですね。それでも、およそ37人に1人の割合で、そういう男性が存在するということでもあるのです。

 50m走とハンドボール投げでは、奇しくも、女性平均値を下回る男性の存在比率がほぼ一致しました。ともに3%弱という結果でした。走ることや投げることに関しても、傾向としては男性は得意ということになるのですが、当然ながら皆が皆そうではないということも忘れてはなりません。概ね1学級に1人程度の割合で、走力や投力において女性の平均値に満たない男性が存在するのです。

反復横跳び(敏捷性)と20mシャトルラン(全身持久力)

① 反復横跳び(敏捷性)

1m間隔で3本のラインを引きます。中央ラインをまたいで立ち、「始め」の合図で右側のラインを越すか、または踏むまでサイドステップし、次に中央ラインにもどり、さらに左側のラインを越すかまたは触れるまでサイドステップします。これを20秒間継続し、それぞれのラインを通過するごとに1 点を与えます。測定は2回行い、良い方を採用します。

反復横跳び(18歳)の分布

18歳男性の平均値は 57.6[回] で、標準偏差は 7.4 です。
18歳女性の平均値は 47.0[回] で、標準偏差は 6.4 です。
男性の平均+3σ は およそ 80 [回] です。 
男性の平均-3σ は およそ 36 [回] です。
∴ 36 [回] から 80 [回] の範囲に 99.73% の男性が入ると推定されます。
女性の平均値 47.0 [回] を下回る男性は、8.5[%] 存在します。
およそ12人に1人の割合です。左利きの比率が10%程度といわれたりしますが、それを少し下回る程度ですから、それなりに多いですね。

② 20mシャトルラン(全身持久力)

20mシャトルランは往復持久走ともいわれます。実施方法は複雑なので、新体力テスト実施要項を見ていただくことにして、ここでは割愛させてください。中学生以上においては、普通の持久走との選択制になっていますが、持久走については走距離が男性と女性で異なっており、そのまま比較することは出来ないため、ここでは20mシャトルランだけを見ることにします。

20mシャトルラン(18歳)の分布

18歳男性の平均値は 81.9 [回] で、標準偏差は 25.6 です。
18歳女性の平均値は 45.1 [回] で、標準偏差は 16.7 です。
男性の平均+3σ は およそ 159 [回] です。 
男性の平均-3σ は およそ 5 [回] です。
∴ 5 [回] から 159 [回] の範囲に 99.73% の男性が入ると推定されます。
女性の平均値 45.1 [回] を下回る男性は、7.5[%] 存在します。
およそ13人に1人の割合です。反復横跳びと似たような比率ですね。男性ではバラツキがかなり大きいです。きわめて全身持久力に優れている男性がたくさん居るのは確かですが、全身持久力の点からは劣った男性もまたたくさん居るのです。

反復横跳びと20mシャトルランでも、女性平均値を下回る男性の存在比率が近い値となりました。ともに7~9%という結果でした。敏捷性や全身持久力となると、走・跳・投や筋力に比べると男女差は小さくなるようです。そして、女性の平均値に満たない男性が、概ね1学級に3人程度の割合で存在するのです。なお、全身持久力については、バラツキがかなり大きいことも分かりました。

上体起こし(筋持久力)

いわゆる、腹筋運動の所作を短時間にできるだけ多く行うことを通じて、筋持久力を計測します。マット上で仰向けになり、両手を軽く握り、両腕を胸の前で組みます。膝は角度を90度に保ち、補助者におさえてもらい固定しておきます。「始め」の合図で両肘と両大腿部がつくまで上体を起こし、再び元に戻します。この所作を30秒間継続し、回数を記録します。

上体起こし(18歳)の分布

18歳男性の平均値は 30.2[回] で、標準偏差は 6.3 です。
18歳女性の平均値は 22.7[回] で、標準偏差は 6.2 です。
男性の平均+3σ は およそ 49 [回] です。 
男性の平均-3σ は およそ 11 [回] です。
∴ 11 [回] から 49 [回] の範囲に 99.73% の男性が入ると推定されます。
女性の平均値 22.7 [回] を下回る男性は、11.1[%] 存在します。
およそ9人に1人の割合です。

全身持久力と同様、筋持久力も、走・跳・投や筋力に比べると男女差は小さくなっています。また、女性の平均値に満たない男性の比率が1割を超えています。

長座体前屈(柔軟性)

壁に背を付けて長座した状態から、前屈を行い、その距離を [cm] 単位で測定します。端数は切り捨てます。測定は2回行い、良い方を採用します。

長座体前屈(18歳)の分布

18歳男性の平均値は 49.0[cm] で、標準偏差は 10.7 です。
18歳女性の平均値は 46.8[cm] で、標準偏差は 9.7 です。
男性の平均+3σ は およそ 81 [cm] です。 
男性の平均-3σ は およそ 17 [cm] です。
∴ 17 [cm] から 81 [cm] の範囲に 99.73% の男性が入ると推定されます。
女性の平均値 46.8 [cm] を下回る男性は、40.8[%] 存在します。
10人に4人の割合ですから、もはやマイノリティではありませんね。グラフをご覧頂くと分かるとおり、長座体前屈については男女差がきわめて小さくなっています。柔軟性については、18歳の場合、あまり性別による差が出ないということなのですね。

まとめ

以上で、新体力テストの全ての測定項目を男女比較しました。女性の平均値を下回る男性の存在比率を見ることで、〈 手弱男(たおやお) 〉 というマイノリティの存在が可視化されたのではないでしょうか。
今一度、グラフで整理しておきましょう。

女性平均値を下回る男性の比率(18歳)

グラフの横軸は[%]であり、一番右が20%です。100%ではないので気をつけてください。
(長座体前屈についてはグラフがはみ出してしまっていますが、立ち幅跳びや握力のグラフがきちんと読めるようにすることを優先しました)
柔軟性についてはあまり男女差がありませんでした。
筋持久力・全身持久力・敏捷性については、比較的男女差が小さめで、女性の平均値を下回る男性が1割ほどは存在していました。
走る・投げる・跳ぶの三要素と、筋力においては、男女差が大きく出ていることが分かりました。そのぶん、女性の平均値に満たない男性の比率はきわめて低くなります。したがって、これらの点(走・投・跳・筋力)において力の劣る男性は、マイノリティとしての不便や生きづらさを感じることが多くなるといえそうです。

どんなものにもバラツキがあって、体力であれば強い者も弱い者も存在します。弱いということは何も悪いことではなく、ただその人が弱いという事実がそこにあるだけのことです。 同様に、強いということが良いことなのでもありません。ただ強いという事実があるだけのことです。もちろん、「もっと強くなりたい」と考えて、鍛えようと努力・精進する人はたいへん立派だと思います。でも、皆が皆そうする必要はないと思いますし、鍛えるといってもやはり限度があるのではないでしょうか。弱いならば弱いなりに生きていけばいいだけではなかろうかと、私は考えています。
〈手弱男〉の皆さん、周囲の心ない言動は無視しましょう。限度を超えたことを強いられた場合は、無理せずに拒みましょう。それは何も悪いことではありません。そして、できることならば、こうした存在に対する理解が少しずつでも広がっていけばいいなあとは思います。
この記事を通じて、〈手弱男〉の存在が可視化され、少しイメージが浮かんだのであれば、筆者としてたいへん嬉しく思います。ここまでお読み下さり、ありがとうございました。

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