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感染症を抑える健康・安全都市へのアプローチ

吉田 雄史
日建設計総合研究所 
主任研究員

今回のCOVID-19への対応を通じて、先ず守らなくてはならなかったのが「三密」回避です。会議・飲み会はオンライン、店でレジ待ちの際に人と人との間隔を空ける、定期的に部屋を換気するなど、日常のちょっとした行動に至るまで気を配るようになりました。
本稿では、都市における「空間・環境」は感染症にどのように対応できるのか、少し具体的に考えてみたいと思います。

改めて問われる都市づくりへの「公衆衛生」の視点

今回のCOVID-19に限らず、これまでも人類は、ペスト、コレラ、スペイン風邪、SARSなどの感染症と闘い、様々な知恵を駆使して、それらを乗り越えてきました。例えば1830年代にコレラの蔓延がロンドンにおける都市の衛生状態の改善をもたらしたように、近代都市計画の目的のひとつは「公衆衛生」でした。COVID-19もいずれはワクチンが開発されると考えられますが、今までの歴史を見ても将来新たな感染症が生まれる可能性は否定できません。After COVID-19の社会において、この脅威とどう折り合いをつけた空間・環境をつくるかが大きな課題です。
都市のリスクマネジメントという観点からは、これまで専ら災害対応やテロ対応などがあげられてきましたが、パンデミックを抑制するための「公衆衛生」という要素を加味して、都市における空間・環境のあり方を改めて考えていく必要があるのではないでしょうか。

図1:都市リスクとしての公衆衛生という要素の再認識

図1:都市リスクとしての公衆衛生という要素の再認識

都市と人に健康と安全・安心を届ける「スマート化」

「三密」の回避とは、具体的には①換気の悪い密閉空間、②多数が集まる密集場所、③間近で会話や発声をする密接場面、を避けるというもの(厚生労働省)で、①は空気の流れ、②③は人が集まる密度と読み替えられます。故に、これらを適切にモニタリングして避けられるような状況に近づけていくことが、感染症を抑える都市づくりの第一歩といえそうです。
近年、IoT、AI、ロボットなどの先端技術の進展を背景に、環境や人流等のデータを把握し、都市全体の最適化に活かそうという取り組みがスマートシティまたは都市のスマート化として国内外において幅広く実証・実装されつつあります。
その意味で今回のCOVID-19は、これらの都市におけるスマート化の取り組みに感染症への対応という新たな目的を与え、加速させる契機として捉えることができます。これまでわが国において比較的容易に手に入れることができた安全の実現が困難になりつつある現在、「安全・安心を提供し、健康を担保する」ためにスマート技術を活用することが、これまで以上に社会のコンセンサスを得て一気に進む可能性があるのではないでしょうか。

図2:COVID-19を背景としたスマート化の進展

図2:COVID-19を背景としたスマート化の進展

短期:人のアクティビティと環境情報を掛け合わせたモニタリング・マネジメント

それでは、都市においてどのような展開が考えられるのか、個人的な仮説も含めて考えてみたいと思います。
短期的には、公共的な空間における環境と人の密度に関するデータを収集して、どこがいま危険、安全かという空間を評価するシステムの導入が考えられます。具体的には、街なかに設置したセンシング、IoT技術により、外部空間・内部空間の空気質・流れ、人流等を把握し、それらを重ね合わせることにより、現在、どの場所が混雑しており、かつ空気が滞留しているのか、といった情報が明示できます。さらにAIによる予測機能を付加して、1時間後にどの場所が安全かという情報も発信することが可能でしょう。安全情報の提供によって、より安全な場所へ人々を誘導することができますし、利用者自らも「三密」を回避するよう、安全意識に基づいた行動変容を促すことも可能になります。

図3:人のアクティビティと環境情報を掛け合わせたモニタリングイメージ

図3:人のアクティビティと環境情報を掛け合わせたモニタリングイメージ

このように、人のアクティビティと環境情報を掛け合わせることにより、都市空間のモニタリングとマネジメントを行おうという動きは、COVID-19以前からも見えていました。
日建設計総合研究所では、2018年から神戸地下街「さんちか」において「AIスマート空調」に関する実証を行っています※。
センシングによって得られた人流情報と温湿度・気流等の環境情報を重ね合わせるとともに、AIによる人流予測結果もプラスして、地下街の適切な空調運転を行っています。また、今回のCOVID-19への対応として、神戸大学と共同でオゾン殺菌サイクロンによる空気清浄化技術の開発や、人流予測による「密集」情報発信についても開発を進めています。

※環境省/CO2排出削減対策強化誘導型技術開発・実証事業(2017年~2019年度)、神戸大学・日建設計総合研究所・創発システム研究所・神戸地下街

図4:神戸地下街「さんちか」における人流測定の様子と結果

図4:神戸地下街「さんちか」における人流測定の様子と結果

中長期:「健康・安全都市」へ

一方、COVID-19を通じて、人と人が直接会ってコミュニケーションする、リアルな交流機会に対する喜びや価値も改めて認識されたのではないでしょうか。人同士の交流が創造性やイノベーションに繋がるという事象は多くの既往研究によって示されていますが、不特定多数が集まることが都市の魅力だとすれば、「許容される密」や「安全な密」を実現することが都市の持続性の観点からも極めて重要ではないかと思います。
例えば、「安全な密」空間が実現されている店舗やエンターテインメント施設では、ユーザー側の健康認証や、施設側でも換気頻度や建築・内装計画も含めた新たな施設・マネジメントが行われる。また、街のなかを緩やかに空気が流れ、パブリックスペースやセミパブリックスペースにおいて人々が快適かつ安全に過ごせる「許容される密」が空間としてデザインされている、などが考えられます。
前述のような短期的なモニタリングとマネジメントの期間を経て、中長期的には、人と人との直接の交流や賑わいといった都市のダイナミズムを楽しめるような「健康・安全都市」に変わっていくのではないでしょうか。ただ、都市全体(自治体レベル)をそのような形にするのは時間もコストもかかりますので、先ずは一部のエリアなどからパイロット的に取り組みを始めることが現実的であり、きっと、After COVID-19の時代には、そのような都市やエリアが競争力をもつことになると思います。

図5:健康・安全都市のイメージ

図5:健康・安全都市のイメージ

今回のCOVID-19への対応におけるIoT技術の活用では、韓国での発症者の移動履歴の把握・活用、中国のアリババ社による健康コードシステムなど海外の様々な取り組みが取り上げられていますが、日本とは個人情報に対する社会的なコンセンサスなどに大きな違いがあります。
海外の事例をそのまま導入できるわけではありませんが、この機会を捉えて個人情報のデータ利活用に対する社会的受容性も慎重に議論しつつ、「安全・安心」の確保について日本ならではのやり方を考えていくべきと考えます。


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吉田 雄史
日建設計総合研究所
主任研究員
公共、民間クライアントとともに、国内外におけるスマートシティの企画、推進を行う。主な実績は、国土交通省スマートシティ関連調査、柏の葉スマートシティ実行計画、川崎市グリーンイノベーション推進など。
最近は、駅周辺のSmart X TODi(Transit Oriented District)を志向している。



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