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イラスト名建築ぶらり旅 with 宮沢洋&ヘリテージビジネスラボ②

「塔博士」もびっくりの絶景タワーホテル

今回の行き先
中部電力 MIRAI TOWER(名古屋テレビ塔)

「タワー6兄弟」という言葉をご存じだろうか。「塔博士」とも呼ばれ、早稲田大学教授で構造エンジニアの内藤多仲(たちゅう)氏が設計の中心になった6つのタワーのことを言う。長男は「東京タワー」を想像してしまうが、そうではない。今回取り上げる名古屋テレビ塔だ。5月1日からはネーミングライツで「中部電力 MIRAI TOWER」という名前になっている(今回の記事は、完成時の話も多いので名古屋テレビ塔と呼ぶ)。

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「タワー6兄弟」は高さ順ではなく、完成年順だ。長男の名古屋テレビ塔は1954(昭和29)年完成。日本初の電波塔で、高さ180m。当時は日本一の高さだった。次男は大阪の「通天閣」(1956年完成、高さ108m)。三男は大分県の「別府タワー」(1957年完成、高さ90m)。四男は「さっぽろテレビ塔」(1957年に完成、高さ147.2m)。……と、ここまでは高さ日本一を誇っていたが、1958(昭和33)年に完成した五男の「東京タワー」(高さ333m)に身長を抜かれる。

「6兄弟」なので、もう1人いる。末っ子は6年後の1964年に完成した「博多ポートタワー」。高さ100m。内藤多仲は1886年生まれなので、このとき78歳。これ以降はさすがにタワー設計の最前線からは距離を置き、1970年に84歳で亡くなった。

もし内藤多仲が今のタワー6兄弟の姿を見たら、おそらく一番驚き、喜ぶだろうと思うのが、この名古屋テレビ塔だ。2019年2月から2020年秋にかけて大改修を終え、かつては放送関連施設だった“空中スペース”が、今はホテルになっているというのだ。

「ここにしかない」絶景ホテル
「タワーの中にホテル」ってどういうこと? それが今回のリポートの目玉である。 

今回も日建設計ヘリテージビジネスラボの西澤崇雄(たかお)さんに現地を案内してもらう。改修工事は、西澤さんが勤める日建設計が設計の中心になって実現したものなのだが、ホテル内は同社の担当ではなかったため、客室などを見るのは初めてだという。ホテルは、2020年10月に開業した「THE TOWER HOTEL」。2人ともワクワクしながら、新設されたエレベーターに乗り、4階へと向かう。

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な、なんと、客室のド真ん中に鉄骨が! しかも、すごい存在感で斜めにグサリと……。「この部屋は鉄骨が見える特別な部屋なのですか?」とTHE TOWER HOTEL取締役の豊田涼子さんに聞く。すると豊田さんは、「どうぞほかの部屋もご覧ください」とマスク越しに満面の笑み……。

取材の役得で次々と客室のドアを開けさせてもらう。びっくりの連続だった。どの部屋にも鉄骨が貫通しており、立つ位置や角度が部屋によって違う。

「柱の立ち方や部屋の形に合わせて、インテリアやアート作品を変えています。客室は全15室で同じ部屋はひとつもありません。お客さまの中にはすべての部屋のコンプリートを目指している方もいらっしゃいますよ」と豊田さん。確かに全室コンプリートしたくなる気持ちが分かる。

鉄骨が露出しているのは客室内だけではない。4階のホテルフロントやロビー、5階のレストランにも鉄骨が強い存在感で立つ。

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写真1 レストラン

「柱が邪魔だって言う人はいませんか?」と豊田さんに尋ねると、「ほとんどの方は柱のことを知っていて予約されます。それでも想像以上の大胆さに喜ばれます」とのこと。これを見て「邪魔だ」と言うような無粋な人は、わざわざここには泊まらないのだ。

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このホテルは、イギリスに本部に置く世界的ホテルブランドグループ「Small Luxury Hotels of the World(SLH)」に加盟している。豊田さんによると、世界にはSLHの加盟ホテルだけを巡る愛好家がたくさんおり、加盟ホテルの中にはヨーロッパの古城をホテルに改修したものもあるという。なるほど、窓から見える緑の景色も含め、このホテルの特別感は「古城」に近いかもしれない。

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写真2 大通り公園を見下ろす

「初のタワー」とは思えないエンタメ精神
新たに誕生したホテルも魅力的だが、長男にはもともと長男しか持っていない“宝”があった。その1つが、地上90mの屋内展望台の「屋根の上」にある「スカイバルコニー」。細い鉄の棒で囲まれた、大きな鳥かごのようなスペースだ。屋根も鳥かご状で、ほぼ屋外。日本で前例のない高さの塔をつくろうというときに、こんな開放的な展望スペースをつくることを考えたエンターテインメント精神に驚かされる。

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ちなみに、展望台に上るエレベーターは2基あり、そのうちの1基(乗り場から見て右側)は建設当初から使っているものだ。ガイドの女性が扉を手で開け閉めする姿に感動。繁忙期しか使わないそうだが、これに乗れた人は相当ラッキーだ。

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写真3 旧式エレベーター

足元の視線の抜けはエッフェル塔級?
施設を利用しなくても味わえる“宝”もある。それは塔の足元の広場だ。

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6兄弟の中でも、塔の足元がこんなに広々と抜けているのはここだけ。その視線の抜けを強調するのが、十字に掛け渡した巨大なコンクリートアーチだ。外から見ると直線的なデザインだが、塔の下で見るとなんて優雅……。そして、アーチの南北には長さ約2㎞に及ぶ久屋大通公園。パリのエッフェル塔を思わせる光景だ。

案内役の西澤さんによると、設計者の内藤多仲は、この塔が完成した後に地下鉄が真下に開通する予定であったことから、低層階用のエレベーターを中心から西側にずらし、広場の構造物を極力減らしたのだという。そうだったのか……。

建設工事の写真_s

写真4 昭和40年5月当時のテレビ塔下の建設工事

名古屋テレビ塔の運営に長く携わっている若山宏・名古屋テレビ塔株式会社常務取締役は、「今回の改修では、塔の足元の見え方を変えないことを最も重視しました」と振り返る。これはどういうことか。少し専門的な話になるが、改修の経緯をざっと説明してから終わろう。

名古屋テレビ塔が運営を開始したのは1954年6月19日。テレビ放送用の電波発信と観光振興のためにつくられた。約50年後の2005年に、全国のタワーで初となる国の登録有形文化財に認定。2011年にはアナログ放送の終了に伴い電波塔としての役割を終え、観光施設へのシフトチェンジが本格化する。

次の100年に向け約1年半かけて実施された今回の改修工事は、地下に「免震」を導入する大掛かりなものだった。

塔を補強するアイデアには、地下免震案(採用案)のほか、中間免震案、集中制振案などがあった。先行して実施された大阪・通天閣の補強では中間免震(柱脚を地上部で切って免震装置を入れる)が採用されたが、その方法だと足元の見え方が変わり、名古屋特有の開放的な広場に圧迫感が生まれてしまう。

そこで、ここでは4本の柱脚の地下部分を切って免震装置を挿入。既存の低層階用エレベーターは2階の床下部分で切断し、塔の西側に新たなエレベーターを建てた。

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免震というのは、大きなゴムや、転がる・すべるしくみを柱の下に挟んで地震の揺れを軽減する技術だ。つまり名古屋テレビ塔は、足元から丸ごとゴムの上に載せて、地震に備えているのである。そんな大工事のことなど知るよしもなく、補強用のコンクリートの“ベンチ”に座ってくつろぐ人々の姿がほほえましい。

この広場の景観が守られ、より魅力的に使われていることを、空の上の“塔博士”も大満足して眺めているに違いない。

■建築概要
名古屋テレビ塔
所在地:名古屋市中区錦3-6-15
完成:1954年
設計:内藤多仲
監理:日建設計(当時は日建設計工務)
施工者:竹中工務店、新三菱重工業神戸造船所、宮地建設工業など
構造:鉄骨造、一部鉄骨鉄筋コンクリート造

■改修工事の概要
施工期間:2019年2月~2020年8月
発注・運営者:名古屋テレビ塔株式会社
設計者:日建設計
施工者:竹中工務店
改修後の階数:地下1階・地上5階(展望台は工作物)
開業日:2020年9月18日

■利用案内
中部電力 MIRAI TOWER(名古屋テレビ塔):平日・日曜日の営業時間は10:00~21:00(最終入場20:40)、土曜日は10:00~21:40(最終入場21:20。ライトアップは日没~24:00頃まで。休館日なし(年に2回程度メンテナンス休館あり)。詳細はこちら https://www.nagoya-info.jp/spot/detail/9/
THE TOWER HOTEL:詳細はこちら https://thetowerhotel.jp/

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取材・イラスト・文:宮沢洋(みやざわひろし)
画文家、編集者、BUNGA NET編集長
1967年東京生まれ。1990年早稲田大学政治経済学部卒業、日経BP社入社。建築専門誌「日経アーキテクチュア」編集部に配属。2016~19年、日経アーキテクチュア編集長。2020年4月から磯達雄とOffice Bungaを共同主宰。著書に「隈研吾建築図鑑」、「昭和モダン建築巡礼」※、「プレモダン建築巡礼」※「絶品・日本の歴史建築」※(※は磯達雄との共著)など

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西澤 崇雄
日建設計 新領域開拓部門ソリューショングループ ヘリテージビジネスラボ
アソシエイト ファシリティコンサルタント/博士(工学)
1992年、名古屋大学修士課程を経て、日建設計入社。専門は構造設計、耐震工学。
担当した構造設計建物に、愛知県庁本庁舎の免震レトロフィット、愛知県警本部の免震レトロフィットなどがあり、現在工事中の京都市本庁舎整備では、新築と免震レトロフィットが一体的に整備される複雑な建物の設計を担当している。歴史的価値の高い建物の免震レトロフィットに多く携わった経験を活かし、構造設計の実務を担当しながら、2016年よりヘリテージビジネスのチームを率いて活動を行っている。


写真4 出典:名古屋市交通局/名古屋の地下鉄50年のあゆみより



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