環境設計のための最強のネタ本『建築の環境価値BOOK』③ ~イノベーションの種~
落合 奈津子
日建設計総合研究所 環境部門
研究員
『建築の環境価値BOOK』に込めた思い
7月から9月にかけて日建設計のホームページで一般公開が始まった「建築の環境価値BOOK」、皆様はもうご覧になられましたでしょうか?
まだであれば、ぜひこの際にダウンロードをして読んでみてください。「環境建築」のスペシャリストであっても、様々な角度から建築の環境価値に関するエビデンスを集めているので、きっと新しい発見が見つかるはずです!
「建築の環境価値BOOK」の作成にあたっては、環境建築をもっと世の中に増やしたいという願いが根底に込められています。そのために、「クライアントと設計者」「意匠設計者とエンジニア」「オーナーとユーザー」といったそれぞれの関係者が集う場面で、一緒に手にとって環境建築の価値について会話できるツールになることを目指しました。
自然換気ができる建物、いくつ環境価値を言えますか?
「建築の環境価値BOOK」では、建築要素×環境価値の二軸でマトリクスを作成し、収集した文献を整理しています。
例えば「換気」という建築要素に着目してみると、そこには自然換気やCO2センサによる換気量の制御等が含まれます。これらの技術の持つ環境価値といえば、「快適性」を担保しながら「省エネルギー」を達成することがメジャーなものとして語られてきました。
しかし、新型コロナウィルスの感染拡大によって、「感染症対策」としても換気は大きなインパクトを持つことがより鮮明になりました。窓を大きく開けられる建物は、取り入れられる外気量が多く感染対策には大きなアドバンテージとなります。
また、2021年にLiらが発表した文献では、空調・換気の吹き出し口の位置が感染症拡大の低減に影響があることが示唆されています。さらにもう少し踏み込んでみると、「換気と健康」、「換気と生産性」、「換気×レジリエンス」にもエビデンスが見つかっています。これらの中には、省エネルギーに相反するものもありますが、今後はそれら全体を俯瞰して、重要視する価値は何かを定めながら注意深く計画することがポイントになるでしょう。
図1 「換気」に関連する環境価値
換気量を増やした場合の環境価値
下図は、モデル企業において、換気量の増加に関しての環境価値の費用対効果を試算したものです。換気量を増やすことは、換気ファンだけでなく冷房・暖房に必要なエネルギーが増えるのでエネルギー費が16万円高くなりますが、一方で、病欠リスクの減少による健康効果、ワーカーの生産性向上で1,380万円収入が増加するので、結果的に純収益が8.2%の増益という結果になりました。昨今の感染症対策への注目の高まりの結果、換気量の大小が賃料など建物の経済的価値に響く可能性も将来的には在り得るかもしれません。
図2 換気量増加による環境価値の費用対効果試算
環境建築のイノベーションの種
図3 建築要素×環境価値の軸でエビデンスを整理したマトリクス
エビデンスを集め、マトリクスで整理することで見えてきたことがあります。それは、建築要素×環境価値の組合せの中で、多数の文献によってエビデンスが発表された組合せもあれば、素人目にも相関がありそうに思われるのに定量的な評価が少ないものがあることです。また、一見関連のなさそうな組合せでも視点を変えれば新しい価値として創出されうる可能性が見えてくることもあります。このマトリクスを見つめて、表の中の密度の薄いところからイノベーションのタネが見つかるかもしれません。さらには、建築要素・環境価値それぞれに新たな軸を追加することで、その可能性はさらに広がります。
皆様が本書を手に取り、新たな気づきや手がかりを得て、環境建築の新たな価値の創造への一助となれば幸いです。
落合 奈津子
日建設計総合研究所 環境部門
研究員
「建築・都市・環境における脱炭素」と、「一人ひとりのQuality of Life」の両サイドを俯瞰しながら私たちに今できることを地道に続けていきたいと思っています。
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