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イラスト名建築ぶらり旅 with 宮沢洋&ヘリテージビジネスラボ⑨

三線三様の光る柱でオシャレに「脱・迷宮」

今回の行き先
東京メトロ銀座駅

仕事帰りに、東京メトロ銀座駅で地下鉄を乗り継ぐと、改札やホームの内装がガラッと変わっていた。2020年10月のことだ。ネットで調べてみると、ちょうどその日が新デザインのお披露目日だった。
銀座線→日比谷線ホーム経由→丸ノ内線と地下鉄を乗り継いだ。気づいたのは、銀座線の改札階。あれ、柱が黄色く光ってる! 近寄ってみると、こんな模様だ。

この模様は、もしかして「銀座」の「G」? そして、日比谷線のホームに進むと、「むむっ、これは日比谷線のH」? 
ならば、丸ノ内線は「M」のはず。丸ノ内線に進むと、やっぱり「M」!
色は各線のラインカラーだ。銀座線がイエロー、日比谷線がシルバー、丸ノ内線はレッド。これは説明不要で、各線の利用者なら誰でも気づく。

色については100%間違いないと思ったが、模様の謎解きについては、構内のどこにも説明が見当たらない。ああ、答えが知りたい。

……と思ってから2年近く。今回の取材で、答えが分かった。「正解です。遊び心に気づいてもらえてうれしいです」と、リニューアル事業の中心になった古賀直紹・メトロ開発技術部担当部長(当時は東京メトロ工務部建築担当部長)もうれしそう。

銀座駅は「“日常使い”で魅力的なヘリテージ」の好例

今回の目的地は東京メトロ銀座駅。前回、取り上げた「三愛ドリームセンター」から、目の前の歩道にある階段を下りるだけだ。

写真1 三愛ドリームセンターと駅入り口

近いから選んだわけではない。ガイド役の西澤崇雄さん(日建設計エンジニアリング部門 サスティナブルデザイングループ ヘリテージビジネスラボ)と、「三愛ドリームセンターのような“もともとすごい” 建築だけでなく、“日常使いで魅力的”なヘリテージも取り上げていきましょう」という話になった。冒頭の私の体験もあったので、「だったら銀座駅は?」ということになったのだ。リニューアルの設計を担当したのは、日建設計だ。
 
まず、上野にある東京メトロにうかがって、古賀さんに改修の経緯について聞いた。古賀さんよると、十数年前に東京メトロが各線の利用者に実施したアンケート調査で、一番不満が多かったのが銀座線だったという。不満解消のために、銀座線の全駅のリニューアルを計画することになった。刷新のテーマは「伝統×先端」。その目玉と位置付けたのが銀座駅だ。
 
生まれ変わった銀座駅をリポートする前に、なぜ銀座線は不満が多いのかを知っておいてほしい。軽んじていたわけではなく、歴史に負うところが大きいのだ。

日本初の地下鉄ゆえにトンネルが小さい

銀座線は日本で最初に誕生した地下鉄で、1927年(昭和2年)に浅草・上野間で開業。銀座駅は7年後の1934年(昭和9年)に開業した。
事業の中心になったのは、早川徳次(のりつぐ、1881~1942年)。「地下鉄の父」と呼ばれる実業家だ。早川は南満州鉄道(満鉄)や鉄道院などを経て、1914年(大正3年)に国際視察でイギリス・ロンドンの地下鉄を見て感動。東京にも地下鉄が必要だと考えるようになる。
孤軍奮闘で賛同者を集め、現在の東京メトロの前身である東京地下鉄道株式会社を創設。1925年に東京地下鉄道上野浅草間の工事に着手する。しかし、初の地下鉄ということで、事業性の見極めが難しく、建設費は極力抑えられた。
 
そのため、後の地下鉄各線と比べると、トンネル断面が小さい。車両も小さく、ホームの幅も狭い。これまでも改修は行ってきたが、トンネル自体は後から広げることが難しい。「狭い」「混み合う」といった不満の声が多いのはやむを得ないことなのだ。
そして、銀座駅については、他の駅に増して「分かりにくい」という声が多かった。確かに、自分の実感としても銀座駅は分かりにくい。東京の人間でもそう思うのだから、地方から始めて来た人などはさぞや分かりにくいだろう。

今回、調べるまで考えたことがなかったが、銀座駅は横長の「H」のような形をしている。1934年にできた銀座線の駅舎を左の縦棒とすると、右の縦棒が1957年にできた丸ノ内線の駅舎(当時は「西銀座駅」という名称)だ。1964年に両線をつなぐ形で日比谷線の駅舎が完成し、現在の形がほぼ出来上がった。

邪魔なものを取り除いて見通しをよくする

歴史をざっくり知ったところで、刷新された銀座駅を歩いてみよう。改修設計の中心になった日建設計 設計部門の須賀博之 アソシエイトアーキテクトが案内してくれた。
まずは、三愛ドリームセンターの前にある階段で地下に下り、銀座線の改札に向かう。黄色く光る柱の列が改札まわりに集中しているので、滑走路の誘導灯にように、自然に足が向かう。分かりやすい。

写真2 銀座線改札改修後

「柱が光る」から分かりやすいのだと思っていたのだが、それだけではないという。 須賀さんがほぼ同じ位置から撮った改修前の写真を見せてくれた。

写真3 銀座線改札改修前

あ、券売機と広告の看板で改札が見えない。

そう、今回の改修は、「柱が光る」という以前に、「空間が見えるように、余計なものを取り除き、見通しをよくする」ことが重要だった。こういう位置替え作業をあらゆる場所で粘り強く実施し、空間の見通しをよくした。そのうえで、各線のラインカラーを柱に施したので、誘導効果が高くなっているのだ。
 
そして改札内へ。ホームへ降りる前に天井を見上げてみよう。なんとなく見覚えがある建物の写真が円形に配置されている。地上に出るときの方向がイメージしやすいように、それぞれの方角のランドマークとなるビルをプリントしたのだ。ホームから階段を上ってくる人は、首を上げなくても自然に気づく。ナイスアイデア。これ、どこの地下鉄駅でもやればいいのに。

写真4 銀座線改札階:天井見上げ

改札階の階段を下りて、ホームへ。この階段にも改修のうんちくポイントがある。毎日利用している人は気づいているかもしれないが、ここは階段の壁と改札階の床の一部を撤去して、吹き抜けをつくった。

前述のように既存のホームの幅を広げることは難しいので、ここでは吹き抜けによって空間の開放感と視認性を高めた。地下鉄の駅舎で構造躯体の一部を撤去するのは異例のことという。
銀座線から日比谷線に向かう階段では、階段に面して設置されていた巨大な広告看板を取り外して見通しをよくした。

写真5 広告看板を撤去した階段

天井ランドマーク写真に隠された「形の遊び」

銀座線のホームの柱はグレー基調。遠目に見ると青緑っぽく見えるのは、ガラス自体が緑色を帯びているためだという。
日比谷線の改札階の天井にも、ランドマークとなるビル群の写真がある。これは円形ではなく、細長い四角形だ。
日比谷線から丸ノ内線ホームへ。丸ノ内レッドに光る柱を見ながら、改札階へ向かう階段を上ると、天井にはやはりランドマークとなるビル群。むっ、今度は三角形。そうか、銀座線〇、日比谷線□、丸ノ内線△という形の遊びがあったのか。それは気づかなかった。
でも、どうせなら丸ノ内線を〇(丸)にすればいいのに……。設計担当の須賀さんいわく、「各線の空間を明確にしたことで自然に出てきた形」とのこと。つまり、こういうことだ。

3線の見学を終え、地上に出ると数寄屋橋交番近くのC4出入り口だった。夜の数寄屋橋に丸ノ内レッドの光が映える。

影が薄い銅像は東京の大恩人

ところで、今回、案内してもらって、日比谷線の改札階通路にこんな銅像があるのを知った。名前らしき部分に目を凝らすと、「像〇徳川〇〇社」(〇は難しくて読めない)。徳川関係の人?

須賀さんが教えてくれた。「地下鉄の父、早川徳次(のりつぐ)さんですよ」。そうか、この名前は右から読むのか。足元の説明書きを読むと、なんと、彫刻家の朝倉文夫の作だった(朝倉は明治から昭和に活躍した彫刻家で、「東洋のロダン」と呼ばれた)。
そんな東京の大恩人の銅像、しかも作者が著名彫刻家となれば、もっと目立つ場所でキラキラと照らした方がいいのでは? と最初は思った。だが、やっぱりこの謎な感じがいいのかも、と思い直した。私が「G」という謎解きに気づいて興奮したように、早川のことを知っている人には、この銅像の影の薄さはむしろテンションが急上昇かもしれない。

分かりやすくなったとはいえ、謎めいた部分はちらほらと残っている。それでいいのだ。それこそが「新築」にはない、「ヘリテージ」の魅力の1つなのだから。

写真6 開業当時のアーチ天井現し部
写真7 ガラス越しに見える既存躯体

■建築概要
銀座駅リニューアル
所在地:東京都中央区銀座
既存駅舎の完成 :1934年
改修完了:2020年10月
改修設計:日建設計
改修施工:大成建設
構造:鉄筋コンクリート造、一部鉄骨造
階数:地下3階・地上1階
延床面積:14,316.96㎡


取材・イラスト・文:宮沢洋(みやざわひろし)
画文家、編集者、BUNGA NET編集長
1967年東京生まれ。1990年早稲田大学政治経済学部卒業、日経BP社入社。建築専門誌「日経アーキテクチュア」編集部に配属。2016~19年、日経アーキテクチュア編集長。2020年4月から磯達雄とOffice Bungaを共同主宰。著書に「隈研吾建築図鑑」、「誰も知らない日建設計」、「昭和モダン建築巡礼」※、「プレモダン建築巡礼」※、「絶品・日本の歴史建築」※(※は磯達雄との共著)など

西澤 崇雄
日建設計エンジニアリング部門 サスティナブルデザイングループ ヘリテージビジネスラボ
アソシエイト ファシリティコンサルタント/博士(工学)
1992年、名古屋大学修士課程を経て、日建設計入社。専門は構造設計、耐震工学。
担当した構造設計建物に、愛知県庁本庁舎の免震レトロフィット、愛知県警本部の免震レトロフィットなどがあり、現在工事中の京都市本庁舎整備では、新築と免震レトロフィットが一体的に整備される複雑な建物の設計を担当している。歴史的価値の高い建物の免震レトロフィットに多く携わった経験を活かし、構造設計の実務を担当しながら、2016年よりヘリテージビジネスのチームを率いて活動を行っている。

TOP写真、写真1・2、4~7:ナカサアンドパートナーズ



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