見出し画像

踏み入れたはアングラ、映画『サスペリア(2018)』

仕事が終わって開放感に任せるままネットサーフィンを始め、そのままNetflixやAmazon primeを開く夜の時間。目にしたことがある映画のジャケットや、なんとなくその時の気分に合いそうな映画をクリックします。

平日の夜は重厚なテーマの作品を気張って観るほどの精神力はなく、わかりやすいホラーか、はたまた心が浄化されそうな邦画ヒューマンドラマを選びがちです。どちらも能動的に頭を使うことなく、流れのままに感情を乗せればいいのでストレス解消にはうってつけなのです。

今日はAmazon Primeを開くと、新作映画のひとつが目に止まりました。ティルダ・スウィントンが出演していて、アートワーク*が綺麗、程度の予備知識しかありませんでしたが、気になっていた映画だった『サスペリア』をなんとなく見始めました。

でもこれがね、平日の夜の「なんとなくの気分」で観ていい作品じゃなかったんですよね。

*「アートワークが綺麗」

公式のポスターが私の記憶と違っていたので色々と遡ってみたら、私が覚えていたのはイラストレーターのヒグチユウコさんとデザイナーの大島依提亜さんが手がけたバージョンだったんですね。このポスターの印象を基に『サスペリア』という映画の存在を覚えていたのです。

物語の始まり方

荒々しいデモが行われる(所々に見える横断幕や看板の文字でなんとなくドイツ語圏だろうなというのが推測できる)街で、ずぶ濡れの女の子がひたすら何かに怯えながら、老いた男性に必死に身の危険を訴えるシーンから始まります。パトリシアというらしいその女の子は(あれ、頭ボサボサで顔も見えづらいけど、この子クロエ・モレッツじゃね?)、英語とドイツ語を交互に織り交ぜながら、自分が「マザー・マルコス」に入り込まれ、いずれ殺されるだろうと彼に言い残して走り去ってしまいます。

そこから一転、のどかな農地に佇む家で、最期を迎える病床の女性がクローズアップされ、彼女の苦しそうで乾いた呼吸音に重ねられた美しい歌と共に(おお、音楽担当はトムヨークか!)オープニングロールが始まります。

この二つの情景がどのように繋がっていくのかと観客を惹きつけようとしているのですが、意味がわからなすぎて開始10分ですでに飽き始めている私。

そして「ベルリン」の地図を握りしめてオーディション会場に訪れた女の子のシーンへと移り変わり、どうやら彼女がこの映画の主人公だと言うことがわかり始めます。

こうした流れで開始30分くらいは陰鬱な雰囲気のサスペンス映画として進んでいくのですが、突如、衝撃的なホラーシーンがぶち込まれるのです(私はこのシーンを「エクストリーム着信アリ」と名付けたい)。

ここで度肝を抜かれた無知な私は、「ああ、この映画って、エログロ・アングラ・カルト系のやつなのか...」とやっと気づきました。

ここで一気に精神力を消耗した私は観るのを辞めようか迷いますが、この手の映画の吸引力たるや、途中まできたらもう引き返せない。分刻みで自分の内部にダメージが入るのをわかりながら、もう最後を見届けるしかないのです。

以下ネタバレ、背景知識に関するメモです。

- 1977年版と2018年版の『サスペリア』

まず『サスペリア』と聞くと、多くの映画ファンは1977年版を思い浮かべるようです。監督はダリオ・アルジェント、19世紀初頭のイギリス人作家トマス・ド・クインシーの『深く淵よりの嘆息』という小説がモチーフになっているらしいです。

1977年版は「決して一人では見ないでください」というキャッチフレーズと共に公開され、衝撃的な内容と映像美で多くのファンを生み出しました(おそらくグロ・スプラッタ要素はこちらの方が強め)。

一方、2018年『サスペリア』の監督はルカ・グアダニーノ氏で、現代の洋画好きのティーンネイジャーが熱を上げるロマンティック男子、ティモシー・シャラメ主演の『Call Me By Your Name』を手がけた人物です。ルノワールの絵画のように淡い青春映画から一変、明度の低い狂気のアングラ映画を作り上げた彼の振り幅に感動します。

2つの『サスペリア』に共通するざっくりとしたあらすじは、念願の舞踏団に所属が決まった主人公が、実はその集団が若い女性を生贄として捧げている魔女たちであることに気づいてしまう、さあ彼女の運命やいかに。というものです。

しかし、77年版ではバレエ団だったのが最新版ではコンテンポラリーダンスになっていたり、魔女に対する解釈や結末も大きく異なっているため、「2つの作品はシリーズではなく別物で考えるべき」という声も多いようです。実際私は1977年版の存在すら知らずに見ましたが、全く問題なく楽しめました。

- 魔女は古代から裸で踊る

皆さんが思い浮かべる魔女は、一体どんな姿でしょうか。
私がイメージするのは、黒いドレスをなびかせ箒で飛び回るザンバラ髪の老婆に始まり(『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』のオープニングで飛び回っているような)、『ハリーポッター』、ジブリ映画の魔女たち(キキ、荒地の魔女、湯婆婆...)、おジャ魔女どれみ(世代だな)などなど。これだけに限らず、「魔女」のイメージはかなり広がりがあるように思います。

ネットで検索できる情報をざっとみても「魔女」というものの歴史は長く、ヨーロッパを中心に様々な事象と結びつき、やはり簡単に語り尽くせるものではありません。

キリスト教以前のヨーロッパ一部地域において、魔女とは、土着の踊りを踊る人たちだったそうです。薬草を煎じることもできたそうで、グツグツ煮立った鍋をかき混ぜてる(ねるねるねるねのCMあったね)ようなイメージはこの頃からすでにあったのかもしれません。

悪名高き「魔女狩り」が横行する直前、15世紀頃になると、悪魔と契りを交わして超自然的な力を手に入れる悪女というイメージに更新されはじめました。彼女たちは土曜の夜に行われる「サバト」という集会に参加していると人々は信じ、この集会に参加していると供述された女性たちは魔女裁判にかけられることとなりました。

スクリーンショット 2021-02-15 23.45.19

『サスペリア』を見る数日前、たまたま『VV itch(ウィッチ)』という映画(キュートなお魚系顔で只今人気爆発中のアニヤ・テイラー=ジョイ主演)をみました。この作品は17世紀魔女裁判が行われるアメリカで、村を追い出された家族を描いたホラーサスペンスでした。人里離れた不気味な森の近くで、家族が日に日に疑心暗鬼に陥っていく姿に焦点を当てたストーリーです。怪奇現象も起こるのですが大袈裟すぎるホラー描写は少なく、どちらかというと心理的に追い詰められていく様子の方が怖く感じました。

まさにこの映画に出てくるのですね、サバトの様子が。
裸の女たち(若いのから老いたのまでいたような...?)が、火を囲み呪文を唱えながら踊っているのです。

- 暗黒舞踏と『魔女のダンス』

そして『サスペリア』の舞台はバレエ団や、コンテンポラリーダンスの劇団。そう、彼女たちも踊るのです。
町山智浩さんの解説によると、1960年代日本のコンテンポラリーダンスは「暗黒舞踏」とも呼ばれたそうです。白塗りの顔に体のラインがあらわになった衣装で不穏なダンスを踊る映像を見たことはありませんか?

この「暗黒舞踏」の流れはドイツのマリー・ヴィグマン(Mary Wigman)という舞踏家に遡ります。「ノイエ・タンツ(New Dance)」というスタイルを確立した彼女の作品のひとつに、「魔女のダンス(Hexentanz)」というものがあるのです。Youtubeに動画があったのですが、思っている以上に不気味です...笑

そしておそらくこのポーズは「魔女のダンス」からのオマージュ。

このマリー・ヴィグマンは、2018年版『サスペリア』のマダム・ブランのモデルにもなっているそうです。彼女は伝説のダンサーであり、劇団の中心人物です。劇団の監督として、振付師として、時にはダンサーの母親役として、この作品中での絶対的な力の象徴としてフロアに君臨しています。

- 主人公すら変なやつ、2018年版『サスペリア』

ティルダ・スウィントンの怪演が光るマダム・ブランも非常に目を引くのですが、主人公のスージー(『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』のダコタ・ジョンソン)も話が進むにつれてどんどん変な一面が露わになっていきます。

冒頭では、夢を叶えるためにアメリカからドイツにやってきた純朴そうな女の子ですが、劇団「マルコム・カンパニー」とそのダンスに対する異常な執着とそれに比例する身体能力の高さ、魔女たちの不審な動きに気がつきつつも、恐れもせず見て見ぬふりをする様子など、話が進むにつれて「この子も何か只者じゃないな」というのが描かれていくようになります。

またスージーの過去と思われる描写が断片的に挿入され、その不可思議さやトラウマチックな光景が興味を引き立てます。ただ宗教的な知識がないと理解しずらい点もあるので、その辺も含めて町山さんの動画解説をご覧になるととても面白いと思います。

美しく気持ち悪い身体

奇しくも数日の間に立て続けに「魔女」モチーフの映画を2本も見て、魔女というのは裸で踊るのだ、という私にとって新しい魔女イメージが更新されました。私の今まで抱いていた魔女像は少し子供じみていたかもしれません。もしくはファンタジー化されすぎていたかも。

魔女の歴史は妖しく、そして暗いものでもあります。
今回初めて、その深く暗い淵を覗き込んだ気がします。

参考にした記事

それと町山智浩さんの解説はやはり詳しく面白かったです。魔女についてはもちろん、宗教的な部分の解説も興味深かったので、知りたい方はぜひこちらの動画をご覧ください。


この記事が参加している募集

最近の学び

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?