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『天使のたまご』の丸い瓶で思い出すもの

大好きなYouTuberの一人に、好事家ジュネさんがいる。
アングラ・お耽美サブカル系作品の紹介と解説をしている方で、毎回数十分もの尺を使い、作品愛溢れる動画をアップしてくださっている。『ライチ☆光クラブ』の歴史は彼女に学んだ。

先日、押井守監督の『天使のたまご』についての動画が上がっており、すぐに視聴した。この作品は高校生の時に見た。
大好きな森博嗣先生の『スカイ・クロラ』が押井監督によって映画化されたのが2008年、そこから私は押井作品に興味を持ち、『Ghost in the Shell』や『イノセンス』、そして『天使のたまご』を観たのである(『パトレイバー』は未履修です)。

しかし私の初めての押井作品は『うる星やつら オンリー・ユー』で、これは生粋のオタクである父親が録画したVHSを子供の頃に何度も見ていたためである。そのビデオは残り時間がなかったか、何か上書きされたかで、途中までしか録画されていなかった。実はつい最近、きちんと最後まで鑑賞し小さく感動した。20年以上の時を経て、やっとエンディングを見届けたのである。

これは「ノアの方舟」後の世界

このように押井作品を楽しんできたのだが、『天使のたまご』はストーリーの意味が全然分からなかった。当時思春期真っ只中で「雰囲気がある文学的な映画を見ている私」のセルフイメージに満足してしまい、作品解釈をずっと放置してしまっていたが、今回ジュネさんのおかげで改めて作品に向き合うことができた。

詳細はぜひ「アニメ界の闇に葬られた超難解カルト作品が鬱くしすぎる!押井守『天使のたまご』【異端の創世記】」を見ていただきたいが、キーワードは「ノアの方舟」だ。

大学の授業などで文学や映画に出てくる象徴的なモチーフ云々を学んだこともあってか、今見返すと結構わかりやすい暗喩が散りばめられていた。フロイトのファルス的象徴、「女性」へと成長する初潮のメタファーなどは、この歳になったからこそすぐにピンときた。ジュネさんが言うように、この作品はなかなか性的な作品でもある。わかりやすくエロい表現は一切ないのだが、セリフも登場人物も色味も極端に抑えられた映像の中で、【性=生】を表す描写がじわりと目に留まる。

これわかってくれる人いる?ってやつ1

好きな監督の作品をいくつか見ていくと、共通するモチーフや類似点、もしくは小ネタなどに気がつくことがある。「うわこれ誰かに話したい、一緒に共感してほしい」という瞬間は、何か・誰かのファンである人間なら、誰にでもあると思う。
今回、個人的に「うわあ押井さんっぽい」とニヤニヤしたのは、少年の乗る戦車のシーンや、大きな目がついた機械仕掛けの太陽のようなものが登場する時の作画。『うる星やつら』の宇宙船もそうなのだが、とても緻密なメカニックデザインで、いわゆる「近未来的な」流線型でつるんとしたミニマルデザインではない。
0.3ミリのボールペンで細部をぎっしり描かれたような円盤や大型船がドオオンと登場し、視聴者の頭上を通り過ぎていくように前進したシーンになり、その後アップで同機の詳細が映し出される。『天使のたまご』が1985年、『うる星やつら オンリー・ユー』が1983年公開なのでほぼ同時期。キャラデザや世界観が全く異なっても、このメカの描写の類似性を発見してニヤニヤしてしまった。

これわかってくれる人いる?ってやつ2


ノスタルジックな映像でこの作品もめっちゃ面白そう…

それとこれは私の記憶のパッチワークなので、作品には全然関係ないのだが、どうしても誰かに言いたくてうずうずしたこと。
『天使のたまご』の少女が集める丸いフォルムの瓶は、押井監督が影響を受けたアンドレイ・タルコフスキー監督からインスパイアされたアイテムらしい。『鏡』という映画によく似た形の瓶が出てくるとのこと。
私はこの瓶を見ると、子供の頃NHKでやっていた『パクシ』というクレイアニメを思い出してしまうのだ…。
『パクシ』とは、「ダーダリンダンベーダリン、ダーダリンダンドン くるりん☆」のワニ?のおじさんが出てくるあのアニメである。
主人公が水の入った瓶を運ぶエピソードがあり、水をパシャパシャさせながら運ばれる瓶の描写が大好きでものすごく覚えている。
この少女が瓶を抱えるたびに、どうしても脳内で「パクシやん…」と呟いてしまう。

なんて洗練されたアニメ作品なんだ

『天使のたまご』の解説を踏まえてもう一度見返したところ、現在の私の押井作品お気に入りランキングで一位となった。鑑賞者へのナラティブが極端に少なく確かに難解な作品なのだが、天野喜孝氏考案のキャラクターデザイン(ふわふわと広がる白髪の少女は、大島弓子先生の『綿の国星』のちびも連想させる)や、美術担当の小林七郎氏がこだわった背景や色彩、これらが織り合わさって出来た退廃的な世界は本当に美しい。
物語の意図を理解して鑑賞すると、過剰なものは削がれて洗練された作品だと感じた。セリフが少ないから映像に集中できるし、限られたセリフで伝えたいことは何か、一言一言を噛み締めるように考えられる。
「ノアの方舟」「少女から女性へ」「他者と自己」というテーマはやはり人を惹きつけ、作品世界に陶酔しながら深みを味わえるアニメだと思う。


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