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心を整える

毎日いろんなことがあって一つとして同じ日はありませんが、その日々が楽しいものになるのかそうでないかは自分の気持ち、心が整っているかそうではないかで決まるようです。

人の言うことを真に受けて傷ついたと腹を立てたり、そのマグマをほかの人に投げつけたりと自分の感情をフラットに戻すために周り迄巻き込んで、
ちょっとした嫌な雰囲気を生んでしまうのは女性あるあるです。

最後には何も解決できないことが分かっていても自分が納得できず正当化して終わりたい。出来れば謝ってもらいたい!そこで手を打ちましょか?みたいな…。

話はえらく飛びますが、それは30年も前の事。ある日義父がタクシーに乗っていて、若い男性の運転する乗用車に当てられて入院するという事故がありました。

警察から朝 自宅に電話があり「交通事故にあって救急車で運ばれました。病院は…。」と淡々と伝えられたのですが、「命は大丈夫ですか?」と聞くのが精いっぱいで…。

幸い命に別状はなかったのですが、義父はすでに70歳を超えており何か月も病院で過ごすという何とも怒りをぶつけるにも回復を得るためには何にも役に立たない感情だけが残りました。

当初は事故を起こした相手にしかるべき罰則をと穏やかな義父らしからぬ厳しい言葉が発せられていました。母親に連れられてその男性が来ましたが沈黙の時間だけが流れました。

身体が丈夫であることは大正生まれの義父の自慢でした。身体の弱い義母とあえて結婚したのも自分が丈夫ならこの人を助けられる!と、その時も父の懐の深さにちょっと感動したのも覚えています。

主人は毎日病院に通い30分ほど話して出勤する毎日が続きました。
いろんな話をすることで義父の気を紛らわせたり、頭の老化を遅らせるためにもと。

すると義父から「最初は憤りしかなかったけれど、今は若い青年の未来を考えるとこのことを忘れずに生きてもらいたいな。
私にも今まで人に迷惑をかけたことがあったんだから罰!が当たったんかもしれんなあ。」と話したそうです。しみじみと話す主人の顔も覚えています。

品行方正を絵に描いたような人の口から出た言葉に私は胸が熱くなりました。オーバーですがこれからもできるだけ義父に尽くそうと思ったものです。

自分の心が整っていればどんなことが起こっても良い方向に進んでいける。事実の捉え方は自分次第と感じました。

それから日に日によくなって義父は90歳手前までの大往生。
それこそ天からのご褒美の様な生きざまでした。

いつも自分の心が荒みそうな時、正当化しようとするとき義父のあの時の言葉を思い出します。

家族になれたことを感謝する朝となりました。
今日もいい日にしましょう!





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