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厳しいかっこよさ

最近あるご婦人と知り合いました。
80歳を過ぎておられますが、パワーのある方です。

それは若い人のはじけるような眩しいものではありませんが、いつもにこにこされていて話される言葉に説得力があります。内容は決して甘いものばかりではなく厳しいことも言われますが、それは傷つくものではなくずしんと気持ちに残る言葉ばかりです。

私にとってはヒマワリの花のようにしか見えないのです。

1つのことを話されてもその意味が深くてなるほど!と納得させる力があります。それは九州の田舎で生まれて決して豊かではない家に育った生い立ちや、苦労して子供3人を育てられたこと。その一つ一つの経験が今やヒマワリの花を連想させるような豊かな感性の持ち主になったこと。人間味あふれる人柄に多くの人がいつも集まっています。

話していると時間を忘れるとは、久しぶりです。
どちらかと言うと早く帰りたい気持ちが見え隠れすることがある昨今ですが、あっという間の三時間でした。


そんな彼女から今の世の中、若い人とばかりとは限りませんが、仕事に対する考え方が、今までとは違ってきていると感じているそうです。彼女は今も現役で働いています。

丁度私も感じていたことなので、それについてしばらく話すことになりました。

もちろん時代が違い教育も違って、考え方は異なるのは致し方ないことですが、遊びと仕事が一緒と言うより遊び在りきの働き方が目に付くとのこと。それが今の生き方なのかもしれません。それが良いとか悪いということではなく私たちはすでに一線から考え方も退いているのだということです。

中にはうまく自分の時間の配分を考えられる人もいますがそうでないと迷惑を掛けたり、第一本人が楽しくなくなる。そうなると面白くないとかこの仕事が自分にあっていない。はたまた上司が悪いといろんな原因を探してやめていく。それが何とも情けないと顔をしかめられました。何しろその年代は一生懸命が当たり前でした。けじめ、TPOは死語になりつつあるのかも。

その一言一言が祖母を思い出すこととなり懐かしさまでその人に感じている私がいました。

これをご縁と言うのでしょうか?
彼女も私と始めて会ったときに同じことを感じたそうです。

考え方が似ているから親しみを感じるのかもしれませんが初対面で感じたことのないほっこりとしたものでした。

祖母とは縁側でよく話しました。母たちにとっては大変厳しい姑でした。廊下の隅で泣いている母を何度か見かけたほどです。

それでも祖母のことは大好き!あの貫禄のある考え方!とは度胸のあることなのでしょうか。嫌われることなど恐れない!なんて今や古いのでしょうが
小さいながらその厳しささえもカッコイイ!と思えました。

たまにはそんな人に触れるのもいいものです。

今朝はどんより今にも降りそうでなかなか散歩に行く気持ちの起きないニケでしたが何度か誘うと「しょうがないなあ、付き合うわ。」とばかり牛歩の歩みで玄関までやって来ました。

案の定しばらく歩くと結構な雨粒。いつも腹ばいになる公園も濡れていて、それでも大きな桜の木の下。濡れていない地面でひと休みして今日は短めの散歩となりました。

今日もいい日にしましょう!



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