「昨日魚屋だった奴が、今日は中華料理屋になっている。」魚屋の店主が語る、かりそめの人生・舞台装置としてのアメ横。
アメヤ横丁。東京都上野にあるJR山手線上野駅から御徒町駅の間の約500mにわたる商店街。約400の店舗が立ち並び、 地元の人々から外国人観光客まで多くの人で賑わう。東京の玄関口として親しまれる名所だ。
商店街の中でひときわ賑わいを見せる魚屋「魚草」。三陸の絶品の魚とお酒をワンコインから店頭で楽しむことが出来る。店主・大橋摩州さんが語るアメ横の姿は、私たちのイメージとはどこか違うものだった。
「築地から流れてきた期限切れの魚なんて平気で売られている。」「昨日魚屋だった人が、今日は中華料理屋として働いている。」アメ横を、かりそめの人生を演じるための舞台装置だと表現する大橋さん。魚屋の軒先で彼が見つめてきた、アメ横に潜む物語とは。
汚いおじさんが排除されない世界が好きだった
15年以上前の学生時代、小遣い稼ぎのために応募した12月のアメ横の魚屋でのアルバイトが始まりだった。魚の知識も、アメ横との馴染みもない。しかし、年末の繁忙期にその熱狂に魅せられた。「大晦日の頃には声も全部潰れて。ほとんどトランス状態みたいな感じで。それでも面白いから、店頭でずっと声出して売ってて。そうしたら『気合入ってんな、お前。』みたいな。普通はみんな大晦日で終わりなんだけど、年明けも働きに来ないかと誘ってもらって。」
大橋さんの生まれは横浜の寿町。日雇い労働者が集う、ドヤ街と言われる地域だ。「横浜だったら、みなとみらいとかそういう所よりも、寿町みたいな場所のほうが落ち着くなみたいな感覚を持っていて。上野公園にはあの当時結構ホームレスとかも沢山いて。まぁ、色んな汚いおじさんとかが排除されずに、雑多というか色んな人がいて落ち着くなと。」
当時通っていた大学院では文化人類学を専攻していた大橋さん。しかし、論文を読んで研究を続ける日々に違和感を覚える。大橋さんにとっては英語の学術論文ではなく、魚屋の店頭を通して見るアメ横の世界こそが、彼にとって真の文化人類学であったのかもしれない。
「所詮アメ横なんて」そんな気持ちで働いている
「アメ横を語る上で、引用されるアンケートがあるんです。上野以外の街にいる人に、上野の魅力や名所はどこですか?って聞くとですよ、大体アメ横が1位とか2位に挙がってくる。だけど、上野に住んだり働く人間に同じアンケートを取ると、アメ横は随分下なんです。働いている人間からすると『所詮アメ横なんてさぁ』みたいな気持ちを持ちながらやっている。それがこの街の面白さだと思うんです。」大橋さんの瞳に映るアメ横の情景は、メディアや我々が捉えるイメージとは異なっているようだ。
「アメ横は日本一の商店街と言われて『いらっしゃい、1,000円、1,000円』って言うおじさんたちの映像をカメラに映して、それにつられて人が沢山来る。でも、実際は産地偽装の品物なんて平気で売る。腐った魚を築地とか豊洲から引き受けるわけですよね。それを別に俺は、メディアの見方は表面的で、本当はこうなんですと言いたいわけではなく、上野って落ち着くよね、みたいな。地方から来た人も東京の他の街は居心地悪いけど、上野だったらすごい普段着で、格好つけなくていられる。それも語り方の1つな訳でしょう?」
「この街は、今日働いている人が、明日は違う街で働いている。今日魚屋をやっていた奴が何食わぬ顔して明日は中華料理屋で働いている。どんどん人が入れ替わっていく。伝統とか歴史とかを各お店が重んじているわけじゃない。とにかく、その時その時で、売れ筋のものがあれば商売を勝手に変えていくし。変なこだわりを持っていない。ジメジメした人間関係もない。絆みたいなものもない。その場限りの付き合いみたいなものが、それこそが上野、アメ横だよなって。」
かりそめの人生、舞台装置としてのアメ横
アメ横は、様々な人々に居場所を与える存在だと大橋さんは言う。「例えば本当に職を無くしてホームレスになっちゃった人でも『上野公園に行ったらなにかあるかな』と集まっててきたりできる訳じゃないですか。本当にこのへんの魚屋さんで学歴もなくてどこでも働けない人も、魚屋のフリをして「1,000円!1,000円!」って言って働けば、格好良い魚屋のお兄さんだっていう風に、通りを行く人が見て。居場所が与えられるわけじゃないですか。物語の登場人物になれるわけじゃないですか。凄いことだよね。」
「それが上野やアメ横の最大の魅力だし、いわゆる文化とか地域性とか言われているものの本当の意味。行政とか政治とかが作っている制度とかセーフティネットといったものではは絶対に代えられない価値がある。アメ横が紡ぐ物語は、すぐに作れるものではないでしょう?色々な人の歴史的な経緯とか、関わりがあって出来ている。」
アメ横という舞台装置の上で、かりそめの人生を生きる人々。学歴がない、家がない、行く場所もない。そういった人々が、上野・アメ横という物語に巻き込まれることで、登場人物としての人格を与えられる。身を隠すことだって出来る。
ちょっと不安になる場所くらいの方が落ち着く
大橋さんが営む魚屋、魚草では、500円で魚料理か酒、1,000円で両者のセットが頼めて、すべて店頭でキャッシュオン形式での支払いが行われる。大橋さんが目指すのは、本当に誰もが立ち寄れる空間だ。
「上野の街がそうであるように、どんな人でもいる。外国人だとか観光客だとか、お金がある人もない人もいろいろな人が隣り合って飲んでいるといった感じの店を常に意識してやっています。本当に気軽に、1個200円の牡蠣だけ30秒くらいで食べて帰る人もいるくらいで。魚草には、せいぜい10人くらい入れば本当はいっぱいなんだけど、うちは『もっと入ります』と。25人くらい詰め込んで、満員電車みたいな感じにして、さらに『2名様入れます』と言うと、他のお客さんが『じゃぁ、俺もう出ていくわ』といったような。ぎゅうぎゅうにやっとけば、あとは勝手に反応が起きて、面白い時は盛り上がるし。」
「お客さんの満足度を高めたいとか、居心地の良い空間にしていきたいというのは『敷居を上げない、下げ続ける』というのと矛盾しちゃうんですよね。で、いつも思っているのはどうやったら敷居を下げられるのか?とか、本当に誰でもOKという空間を作れるのかと。それは、気持ちの良い、整理された空間じゃないですよね。やっぱりちょっと薄汚れてたりとか、なんだか分からないというか、全員が別にここは自分の居場所ではない、落ち着く場所ではないと思っている場所のほうが意外と良かったりする。全員がちょっと不安な気持ちも抱えながら居る場所の方が、良いと思っているんです。」
大橋 磨州
1982年横浜生まれ。文化人類学を専攻した大学院時代に、上野アメ横内の海産物問屋で働き始める。2013年に独立し「呑める魚屋 魚草」オープン。物販店が主だったアメ横で「その場で飲み食いできる」業態の先駆けに。
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