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美しさや心地よさを求めるのは危機回避。

今回のリノベーションのコンセプトのひとつがゾーニングレス。

コンセプトの説明の前に日本の街の説明が必要ですが
さらにその前に海外の街の話をします。

日本に比べて諸外国の街はゾーニングされてなく
カジノエリアがあったり
ドラッグエリアとドラッグフリーエリアに分かれてたり
スクールエリアはまた別で分かれたり
みたいにパキッとゾーニングされてるケースが多いです。

植民地化と用途と人種によって街の分断が起こり
その結果生まれたのがゾーニングというシステムで。

ゾーニングされていない日本の街の独自性は
地域をどの半径で切り取っても
ある程度の生活を営めるという点で
地震や台風でどこかのエリアがぶっ飛んでも
復旧可能なエコシステムだと思っています。

トカゲの尻尾切りみたいな。

昔の家も一枚の襖を着けたり外したりで
状況に合わせて構成を変えるというフレキシビリティで
ゾーニングなんてされていなかったわけです。

それに比べて今の家は戦後のマイホームバブルの余韻で
リビングやダイニングやキッチンをパキッと分けられている
ゾーニングされ尽くした住宅構造です。

街のゾーニングレスの発端が天災だとすると
家にとっての「天災」はなんなんだと考えるわけですが
天災を「命の危険」と捉えた時
最近だと日常のストレスとなります。

あ、あとコロナ。

コロナは全然無理ですが日常のストレスの軽減は
家にもできる部分はあると信じています。

まずストレスと名のつくものすべての原因を考えます。

メタ的には1つの原因しかなく
それは「選択肢がない」ことです。

家の中での選択肢を増やす作業は
どれだけフレキシブルにできるか?がポイントになります。

水回りや移動できない設備などは難しいですが
居間や食卓は時間や季節によって
心地良い場所に移動すれば良いのでは
という仮説の上での計画です。

本当は寝室もフレキシブルに組み替えたかったですが
施主NGが出ました。ダメでした。



昔から地震や台風から身を守るために発達してきた家ですが
今では超高強度の住宅が乱立しており
危機回避の水準が外的要因から内的要因に変化したと感じます。

要はストレス。

美しさや心地よさを求めることを
危機回避からくる反応だと考えることができます。

人の取る行動や人の作る物はすべて
我々の精神性と社会性を守るための反応だとすると
「カレー食いたい」みたいな反応も人にとっては重要だと捉えることができます。

今残っている儀礼や儀式や習慣やライフスタイルは
表面的には不要だと思えても
精神性のために必要だったりするわけです。

施主が放つ言葉や視線や仕草や感情の持つ危機回避と精神性を
鷲掴みできるようになるのが今のテーマです。


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