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【読書】『ルポ 無料塾 「教育格差」の議論の死角』おおたとしまさ 2023 集英社新書

格差の問題に関する議論でよくこんな意見を目にします。
「所得の少ない家庭の子どもは塾に行けないから、学力格差は広がるばかりだ。」
「子どもの教育費にお金がかかる。子どもがいる世帯にお金が渡るようにして塾や習い事に行けるようにしないと。」
私は、こういった言説にずっと疑問をもち続けてきました。

私は、小学生のときも中学生のとき塾には通いませんでした。学校でも勉強しているのに、部活の後に夜まで勉強する気になれなかったからです。高校3年生になると大手予備校に申し込み、1つか2つ受講してみましたが、あの追い立てられる感じがどうしても好きになれませんでした。

そんなこんなで、あまり塾への良いイメージをもってこなかった私です。学校で教員をしていても、塾でへとへとの子どもたちをよく見かけます。塾にみんなが行けるようになれば、教育格差が埋まるのか。みんなが幸せになれるのか。前から違和感をもっていたこのテーマに切り込んでくれたのがこの本です。

読んでみると、様々な状況に置かれた子どもたちとそれを支える人々の存在が現実感を伴って見えてきました。ヤングケアラーやネグレクトなどの社会問題と密接に関係している無料塾。学歴社会に対する疑問をもちながらも、そこから振り落とされそうになっている子どもたちを救おうとする人々の気持ちが痛いほど伝わってきました。

この本は三部構成で書かれています。第一部に出てくる無料塾は、親以外の大人と関わり、人生を学ぶ場所になっていると感じました。勉強を教えるのはボランティアスタッフです。子どもを追い立てるのではなく、温かな眼差しで見守り、手間をかけて関わってくれます。「本質的に彼らに必要だったのは、勉強で得られる知識ではなく、この世の中にはまだ善意が残っているという手触りだった。」(p.72)という記述に、無料塾の存在意義を見た気がしました。

第二部では、様々な無料塾の実例が載っていました。この章もすごく興味深かったです。無料塾の中でも、行政からの委託を受けているところと受けていないところがありました。行政からの委託になると、各家庭に応じた臨機応変な対応とサポートがしづらくなり、資金の使い道に制約をかけられたり透明性を求められたりするのだといいます。行政と連携するメリット・デメリットがあるのだと分かりました。また、受験を勝ち抜くことに力を入れるものもあれば、子どもの生活を支える部分を重視するものもあり、塾によって理念も様々であることが見えてきます。

第三部では、研究者との対談で教育格差の問題に迫っていきます。私は、特に勅使河原真衣さんの章が心に残りました。「「○○力」みたいな新しい能力の概念が次から次へと生み出され、どうやったらそれを個人にインストールできるのかが、労働市場においても教育においても延々と議論されています。」(P.214)私たち学校の教員もそれに加担してしまっているかと思うと残念でなりません。

「無料塾という言葉を使うと、競争社会を煽る「有料塾」の廉価版みたいに思われてしまいがちですが、実際に果たしている社会的機能は一般に思われている進学塾とはだいぶ違うと思います。」(p.228)とあり、それらは似て非なるものだという話が出てきます。ボランティアと寄付金で運営されている無料塾は、そこに通ってくる子どもたちのためにできる限りのことをしますが、「○○高校 合格何人!」みたいなものとは馴染みません。お金のためでなく、自分たちに関わりたいと思って集まってくる人の存在は子どもたちをどれほど勇気づけていることでしょうか。

そして、勇気づけられているのは子どもたちだけでなく、ボランティアをしている人たちもです。第一部で出てくるよもぎ塾には、毎月5~6人のボランティア希望者がやってきていて、人手不足で困ったことはないそうです。こんなに大勢の人が子どもたちの教育を支援したいと申し出るということが驚きでした。(教員のなり手はこんなに不足しているのに!)

人の幸せとは何か。教育とはどういった営みなのか…様々な問いが浮かび、深く考えさせられる本でした。

読み終えてみて、「(有料の)塾に行けないからかわいそう」という議論はやはり筋が違うように思いました。同じ塾でも、この本の前半に出てきた無料塾のようなみんなができることを持ち寄ってよりよい社会を目指す取り組みについては、とても良いものであると感じました。それは、無料であるからの良さなのかもしれません。では、公教育はどうあるべきなのでしょうか。これは、自分への宿題だと思っています。

子どもの教育を個々の家庭だけに押し込めていては、息苦しさは益々深刻なものになるように感じます。今年は、子どもが育つ環境について、公教育の観点からだけでなく、社会全体を見渡して考えてみたいなあと思っています。

最後までお読みいただきありがとうございました!