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のぞいてみよう! 多読の世界 第11回「レベル別多読用読みもの」紹介 

※この記事は2020年公開の過去記事です


「多読って、聞いたことはあるけど…」これから日本語教師を目指す方、現場に立つ先生方に、日本語多読をもっと知ってもらうための連載。日本語多読支援研究会メンバーで構成されたウェブマガジンスタッフが、すでに多読を行っている国内外の教育機関やボランティア教室の先生方の声をお届けし、日本語多読が持つ可能性についてみなさんと考えていきます。


第11回 「レベル別多読用読みもの」紹介



多読用読みものって、どんなもの? その特徴と使い方


 みなさん、こんにちは。第11回は、多読支援研究会の片山と作田が担当します。

 多読をする際になくてはならないもの、それは「読みもの」ですね。これまでの回でも、多読支援の現場でさまざまな読みもの――日本語学習者向けに作られた多読用読みものや日本人用の絵本や童話、図鑑、小説など――が提供されている様子をご紹介してきました。

今回は、そんな各種読みものの中から、日本語学習者向けのレベル別読みもの(Japanese Graded Readers、JGR)について、詳しく紹介していきます。取り上げるのは、NPO多言語多読が執筆又は監修している「レベル別日本語多読ライブラリー にほんごよむよむ文庫」(アスク出版)と「にほんご多読ブックス」(大修館書店)です。

 ※NPO多言語多読が執筆又は監修するレベル別読みもの(5シリーズ)はこちらをご覧ください。

 まず、レベル別読みものの特徴を簡単に説明します。次に、作田がそれらの多読用読みものがどのように作られているか、述べます。最後に片山が、現場での使用例として、読みものをジャンル別に分類する方法を紹介し、あわせて読者である学生の声もお伝えします。

レベル別多読用読みもの


 以下では、「レベル別日本語多読ライブラリー にほんごよむよむ文庫」(アスク出版)と「にほんご多読ブックス」(大修館書店)を、それぞれ「よむよむ文庫」、「多読ブックス」と呼びます。

2020年11月までに「よむよむ文庫」と「多読ブックス」は、合わせて133冊が出版されています。

 これらをレベル別に分けると、以下のようになります。

注:多読ブックスでは、レベル2,3,4の文字数の上限がこれより500字~1000字多くなっています。注:多読ブックスでは、レベル2,3,4の文字数の上限がこれより500字~1000字多くなっています。


 使用する語彙や文法などの基準も、各レベルごとに設けられています。たとえば、レベル0とレベル1では、動詞は「ます」「ません」「ました」「ませんでした」という形だけで、「て形」「ない形」などの活用形は使われません。ただし、ストーリーを伝えるために必要だと思われる場合は、基準外の言葉や表現であっても、文脈や挿絵から理解できるような配慮をされた上で、使用されます。

 また、漢字はレベル4までは総ルビ、レベル5は小学校三年生以上で習う漢字にのみルビがつけてあります。

 レベル0の本は、1冊15ページ程です。挿絵や写真が多用されているので、1ページに書かれている文字はとても少なく、文字のないページもあります。絵と文字からの情報を結びつけながら、1冊の本を読む経験を重ねるうちに、初級レベルでも3000字ほどの本が読めるようになっていきます。レベルが上がるにつれて挿絵は少なくなりますが、文字を読むだけで内容を頭に描くことができるようになり、1万字を超える本を読み通す力も自然についていきます。

※ レベル分けの基準の目安についてはこちらをご覧ください。

多読用読みものはどのように作られているのか


 多読用読みものは、学習者にとって、多読に慣れていくための足掛かりになるものです。学習者のみなさんに楽に、楽しく読んでもらい、「読めた!」という成功体験や満足感を味わってもらうことが使命です。そのためにどんな工夫がされているのでしょうか。

 私(作田)は、2018年から読みもの編集に参加していますが、特に作るのが難しい、レベル0やレベル1の本を取り上げて、その工夫の様子を詳しく見てみたいと思います。

レベル0『木村家の毎日「一郎、学校へ」』(よむよむ文庫)


 『木村家の毎日』は、日本の家族の何気ない日常が描かれた、レベル0のシリーズです。
 『木村家の毎日「一郎、学校へ」』は、「いってきます!」と、中学生の男の子、一郎が家を出るシーンから始まりますが、同じシリーズの別の本である『木村家の毎日「いってきます」』を読んだ人には、知っている言葉が使われていて、ちょっとうれしいシーンでもあります。
 そして、一郎が学校に着いて、上履きに履き替える場面になります。

さりげない文化紹介

 学校で靴を脱いで、室内用の履き物に履き替えるのは日本独特の習慣です。よむよむ文庫の日常を描いたシリーズには、このような日本文化紹介をさりげなく取り入れたものがいくつもあります。この本でも、言葉で説明するのではなく、イラストによって、話の流れの中にさりげなく、かつ、わかりやすく示されているというところに、注目してください。

『木村家の毎日「一郎、学校へ」』pp.2-3


 レベル0は、ひらがなが読めて、日本語の挨拶や言葉をいくつか知っている程度の人を想定して書かれています。イラストの情報と、馴染みの言葉を頼りに読み進めるように考えられていますから、言葉の数は少なく、しかも、極限までやさしくしてあります。
 一郎の学校生活も、初級の人が必ず学習するような簡単な言葉で描かれます。

「一郎は、友だちと遊びます」
「京子は、友だちと話します」
「一郎は、わかりません」
「京子は、わかります」
「一郎は、上手じゃありません」
「京子は、上手です」
「一郎は、速いです」
「京子は、速くありません」

と、登場人物の一郎と京子を対比させながら、イラストの演出を交えてコミカルに繰り返していきます。また、この対比の中から、一郎と京子のそれぞれのキャラクターが浮かび上がってきます。
 そして、この中にも、「書道」という日本の学校らしい科目が取りあげられていて、文化紹介が取り入れられています。

『木村家の毎日「一郎、学校へ」』pp.8-9


イラストに語らせる

 こうして、一郎の学校での様子が描かれているのですが、よく見ると、どのページのイラストにも、一郎が京子にうっとりしている様子が描かれています。このことで、言葉にはなくても、一郎が京子に恋心を抱いていることを、読者は読んでいるうちにいつの間にか知ります。
 このことが、最後のオチにつながっていくのです。
 放課後、玄関で靴を履き替えようとしている時、一人で学校を帰ろうとする京子を見かけた一郎は、急いで京子の後を追います。そして、京子と二人で話しながらポーッとして幸せに帰るのですが、家に着いてみると…。

『木村家の毎日「一郎、学校へ」』p.14


 学校で上履きに履き替える習慣を最初に出したのは、単に文化を紹介するだけではありませんでした。最後の場面で落とすための伏線だったのです。そのつもりでページを戻ってみると、始めの方のページにも、一郎が上履きを使ってクラスメイトとふざけてチャンバラをしている場面など、読者に上履きを印象付ける演出があったことに気付きます。
 京子への一郎の恋心といい、このレベルでは、イラストに盛り込まれた言葉にならない情報が非常に重要な役割を負っています。学習者は言葉を読むのではなくて、イラストを読み、そのイラストに乗って運ばれてくる情報を読み取っていく、と言った方がいいかもしれません。イラストの世界の表面に言葉が浮いているという感じでしょうか。学習者はこの上澄みのような言葉を吸い取っていきます。

オチをつける

 ただし、いくらイラストの力があっても、レベル0では、使える言葉も文の長さも限られていますから、やはり複雑なストーリーを語ることはできません。ただ学習者にわかる文だけを並べたら、ただの例文集になってしまいます。そこで、レベル0や1では、話としておもしろみがあるように、必ず何らかの「オチ」があるように作っています。ここが難しいところでもあるのですが、自分や家族の失敗談などをもとにして、ストーリーを練っています。

レベル1『ハチの話』(よむよむ文庫)


 次にレベル1の本を見てみましょう。なお、レベル0と1の違いは、レベル0が横書きで、レベル1が縦書きであること、そして、レベル1の方が長いことだけで、文型や語彙のレベルは同じです。
 忠犬ハチ公の話は日本ではもちろん、留学生などにもよく知られています。話を知っているにもかかわらず、この本を読むと、感動する読者は少なくありません。
 単純な文型と少ない語彙で、どうやって感動を伝えているのでしょうか。それは「たたみかけ」と「ページめくり」、そして、もちろん先に述べた「イラストの力」です。

たたみかけ

 例えば、「先生」がハチをかわいがる場面ですが、「かわいがる」と言う言葉は難しいので伝わりそうにありません。また、抽象度が高いので、一目瞭然のイラストでわかるようにするのも難しいです。
 そこで、次のように表現します。
「ハチと先生は、一緒に遊びます。
 ハチと先生は、一緒にご飯を食べます。
 一緒にお風呂に入ります。
 一緒に寝ます。」

 単純な言葉の「たたみかけ」です。

『ハチの話』pp.4-5



 こう描くことによって、事実上、先生がハチをかわいがっていることが、読者に伝わるようにしてあります。むしろ、単に「かわいがる」というより、先生とハチが離れがたい関係であることがよくわかるのではないでしょうか。
 さらに「たたみかけ」が大きな力を発揮するのは、ハチが帰らぬ先生を待ち続ける場面です。「ハチは帰ってこない先生を、毎日駅で待ち続けました」とでも言うべき場面を、よむよむ文庫では次のように描きます。

『ハチの話』pp.16-17


「電車が来ます。
 先生は帰りません。
 また、電車が来ます。
 先生は帰りません。

 夏が来ます。
 秋が来ます。
 冬がきます。
 そして、春が来ます。

 雨が降ります。
 雪が降ります。
 風が吹きます。」

 どれも初級の人でもわかる文です。「風が吹きます」がわからなくても、絵を見ればわかります。こんな単純な文ですが、並べてたたみかけることで、ハチが毎日、死んでしまった先生を待ち続けている場面が、しみじみと胸に迫ってきます。

ページめくり

 ハチが先生を待ち続ける場面をじっくりと味わったあと、読者はページをめくります。ページをめくると、「ハチは、十年、毎日、渋谷駅に行きました」という文とともに、石像になったハチのイラストがあります。「ああ、10年、待ち続けたんだ!」と、読者は思います。雨の日も雪の日も待っていた前のページの重みが、ここでずっしりと効いてくるのです。ページをめくることによって、パッと世界が変わるところは、本ならではの演出手段でしょう。

 以上、誰でも読める文でありながら、感動を伝えられるのは、このような工夫があるのです。

レベル0〜1で心を動かす


 多読が目指すのは、ただインプットとして日本語の文を読ませることではありません。単に例文を並べただけの教科書なら、積極的に読む気にはならないでしょうが、多読用の本は、オチがあったり、演出に手が込んでいたりして、日本語のレベルに関係なくおもしろく読めるように書いてあります。読んだものによって、笑ったり、泣いたりして、学習者に心を動かしてもらいたいのです。そうすることによって、言葉が体に染み込んでいくような本を作りたいと考えています。
 しかし、それだけに、このレベルの本を書くのはとても難しいことでもあります。
 小説などを中級レベルにリライトするのは、もとの話の構成がしっかりしていることもあり、やさしく言い換えるだけで、おもしろい読み物になりやすいです。

 一方、本当にやさしい言葉だけを使って書く入門期用の読み物ものは、たくさんの工夫が必要です。しかも、このレベルは数が必要です。これまで出版されたものや、無料で配布されているものだけでは、まだまだ足りないと言えるでしょう。もっと増やす必要があります。

※小説のリライトについては、NPOのサイトの記事「日本語の多読向け読みものを作ろう――作り方と作成例」をお読みください。
https://tadoku.org/japanese/for-writers


 では、多読クラスでは、レベル別の多読用読みものを、どのように学習者に提供しているのでしょうか。
 私(片山)は、2013年から日本国内の大学で多読授業を担当しています。ここからは、読みものを提供する際の工夫として、私がやっている分類の方法をご紹介します。併せてクラスでの人気の本について、学生の反応もまじえてご紹介したいと思います。

私の工夫

 私はよく、多読用読みものをレストランのメニューに例えて考えます。多読を始める学生には、まず、やさしいものから読み始めてもらいます。でも、本をレベル順に並べておくだけでは、食べ物を軟らかい順、消化しやすい順に並べたようなものですよね。このようなメニューを見せられても、食べたいという気持ちになる人はあまりいないのではないでしょうか。 

 多読では「楽しんで読む」ことが大切です。楽しんで読むための近道は、好きなもの、興味があるものを読むことです。見たこともないものを目の前に並べられて「さあ、好きなものを選んで食べてください」と言われても、食指は動きません。そこで、学生の興味を引き、自分で読みたいものを見つけるための助けとして、授業では読みものをジャンル別に分けて紹介しています。
 この連載の第3回でご紹介した仙台国際日本語学校では、多読用教室の本の展示に、同様の工夫がされていました。


怖い話・不思議な話を集めたコーナー(仙台国際日本語学校)


 私の多読授業では、読みものを常時置いておく場所はないので、授業が始まる前に教室に本を運んで行き、机の上にジャンル別に並べておきます。最初の週から全ての本を見せることはせず、少しずつジャンルを増やしていくことが多いです。また、レベルの高い本は出さないでおいて、その日の学生の様子を見て授業の途中で追加したりもします。

 グループに分けて並べるようにしてみたところ、学生が意識的に読みたいものを探して、自分で選んだ本を読むようになりました。本を選んでいる学生同士が、おもしろかった本をすすめ合い、自然にブックトークが始まることもあります。
 実は、このように読みものの内容を把握して分類しておくことは、支援者にとってとても重要なことなのです。学習者一人ひとりの好みに合った本を紹介するときにも、すぐに適当な本が思いつきます。同じ読者として学生といっしょに本について話し合うこともできます。支援者自身が読みものを楽しんでいる姿を見せることで、学習者も楽しく自由に読むようになっていくと思うのです。
 では、多読用読みもののグループ分けの例をご紹介しましょう。

シリーズごとに分けてみる

『西町交番の良さん 交番はどこ』(よむよむ文庫 レベル0)


 レベル0、レベル1には、同じ主人公が登場するものがいくつかあります。前章で、このレベルの多読用読みものには、読みやすさを実現するために、さまざまな工夫がちりばめられているとご説明しましたが、登場人物や設定が同じというのも、読みやすさの大切な要素になります。
 さらに、「くすっ」と笑ったり「あれっ」と思うストーリー展開で、読み手の興味をひくような工夫もされています。入門レベルの学習者でも、中級以上の学習者でも、1冊読みおえたら、「自分にもわかった!」「おもしろい!」と、内容への興味や登場人物への共感を覚えて、同じシリーズの他の本に手が伸びます。それが多読を続けていくきっかけになるのです。
 主人公や設定別にシリーズの名前をつけてみました。


内容別に分類してみる

 多読用読みものは、昔話や文学作品、日本文化の紹介から有名な場所や人の紹介まで、その内容は多岐にわたります。
 学期の初めは、ほとんどの学生が多読初心者です。そこで、読みものに興味を持ってもらえるように「動物」「怖い話」「かわいそうな話」「おもしろい話」など、具体的に内容がわかるグループ分けをします。学期後半になると、それまでに紹介した本も含めて「昔話」「日本の物語」「外国の物語」「ノンフィクション」など、大まかなグループ分けに変えていきます。
 グループ分けは、いつも同じとは限りません。学生の様子を見て変更したり、ゆるめに分類しています。以前は興味を示さなかった本でも、別の側面から紹介すると興味を持つことがあるし、同じ本でも読む人によってとらえ方が違ったりするので、私は「この本はこんな本」と決めつけてしまわないほうがいいと思っています。
 ここでは「動物もの」「不思議な話・怖い話」「日本の昔話」「子どもの時に読んだ話」「外国の物語」「日本文学」「日本を知る」の7グループに分けてみました。各グループの人気本を取り上げて、それらを読む学生の様子についてもご紹介していきます。

動物もの

『象のトンキー』(「よむよむ文庫」レベル2)

 動物ものは「昔話」から「本当にあった話」まで選択肢が多くあるので、学習者はここから好きな本を見つけて読めます。そこから学習者がどんな本に興味を示すかがわかって、その後どのように支援をしていくかのヒントにもなります。


 『ハチの話』や『招き猫』は物語だけでなく、巻末に関連情報(渋谷駅前のハチ公の像や剥製の写真、招き猫で有名なお寺「豪徳寺」について)も載っていて、文化紹介としての側面も持っています。
 『ごん狐』を読んだ後、日本人の友人とこの本についておしゃべりしたと、うれしそうに報告してくれた学生がいました。日本人がよく知っているストーリーだということも、読むときの動機づけにつながるようです。

不思議な話・怖い話

『タクシー』(「よむよむ文庫」レベル1)
不思議な話や怖い話は、総じて人気本の上位を占めます。


 『タクシー』は事故で亡くなった女の子の魂が、タクシーに乗って家に帰ってくるという話です。初級の学生でもストーリーを追って読んでいけば、お母さんが「そして、今、魂も帰りました」と話す場面の意味は自然に理解できます。
 『バス』と『船』も主人公が「あの世」と「この世」の間を行き来する話なので、私は合わせて乗りもの三部作と呼んでいます。『船』はレベル1の中では展開が複雑で、途中で読むのをあきらめる学生もいる本です。でも、『バス』や『タクシー』が気に入ったという人に「これも好きかもしれないよ」とすすめると、するっと読んでしまって、お気に入りが増えたと喜んでいたりします。
 レベル3、レベル4には宮沢賢治や小泉八雲の作品があります。宮沢賢治の独特な世界観は、日本人でも好きな人とそうでない人がいるようですが、ここに挙げた『注文の多い料理店』も「よくわからない」と途中で投げる学生もいれば、「次のページでは何が起きるのだろうかと、途中で止まることができませんでした」とハマってしまう人もいて、人気が分かれます。

日本の昔話


 レベル1とレベル2には、日本の昔話が20編近く収められています。

『桃太郎』(よむよむ文庫 レベル2)

 どれも、有名な話ですね。
 鬼が出てきたり、犬が人を助けたり、子どものない老夫婦が不思議な力を持つ子どもを授かったり、学生はそんな昔話の世界を楽しみながら読んでいます。
 中には、子どもの本だからと読みたがらない人もいますが、自分が知っているアニメやCMの隠れキャラとして出てきたのが「実は、これだった!」と知って、俄然、興味を持つ場合もあったりして、やはり昔話は人気のジャンルです。
 自分の国の昔話との共通点を見つける学生もいます。最近では、『浦島太郎』を読んだ学生が「竜宮城と同じです」と言って、アイルランドに伝わる話を紹介してくれました。
 実は、昔話には「登場人物の紹介 → 日々の暮らし → 事件が起きる(それを繰り返す)→ 思いがけない結末」と、同じようなプロットがよく使われています。このような共通点が、少し長めのものを読み始めた学生の負担を軽くして、だんだんと長い読みものを読む体力がついていくようです。
 多読用読みものの中には、中国や韓国、ロシアなど、いろいろな国の昔話も入っています。『一休さん』(「よむよむ文庫」レベル2)や『日本の神話』(「よむよむ文庫」レベル3)等を、このグループに入れて紹介することもあります。

子どもの時に読んだ物語

『風と太陽』(よむよむ文庫 レベル0)


 最初に多読授業を担当したとき、私は、こういう子ども向けの読みものは敬遠されるだろうと思っていました。ところが、「知っている話だったら日本語でどんどん読める」と、そんなところに多読の楽しさを見つける学生もいます。そういう人は、次々にこのタイプの本を読んでいきます。
 また、子どもの時に読んだお話を改めて読んでみると、以前とは全く違う印象を持つことも多いようです。「大人の目で読む童話」のおもしろさを発見して、ブックトークが盛り上がることもあります。

外国の物語

『クリスマスプレゼント』(「よむよむ文庫」レベル2)


 みなさんの中には、『賢者の贈り物』(多読用読みものでの題名『クリスマスプレゼント』)などのオー・ヘンリー作品は学校で習ったという方も多いのではないでしょうか。レベル2には、オー・ヘンリーの物語が4冊入っています。多読クラスでは「初めて読みました」という学生がほとんどなのですが、どれもとても人気があります。プロットがしっかりしていること、登場人物に共感しながら読める内容であること、意外な結末が多いことなどが人気の理由のようです。


日本文学

『蜘蛛の糸』(「よむよむ文庫」レベル3)

 これらは全て、原作に手を加えてやさしい言葉で短く書かれた簡約本です。それでも、オリジナルの味わいをできるだけ残すような工夫が施されています。
 学生の中には、芥川龍之介や夏目漱石などの有名な作品は翻訳本で読んだという人もいます。そのような人にもこれらの読みものは人気です。「まさか初級レベルの自分が、日本語でこの作品を読めるとは思わなかった」と、とても喜んでくれます。簡約本であっても、文学作品として楽しめるのが多読用読みものの魅力なのだと思います。


日本を知る(文化・生活・人)

『桜』(「よむよむ文庫」レベル0)


 フィクション系の読みものも、30冊以上あります。桜や着物、寿司といった日本を代表するものや、行事、有名な場所、人物などを紹介しています。
 『大豆』『桜』は、どちらもレベル0ですが、写真や絵の助けを借りながら、桜前線や桜と日本人の付き合い、大豆からどんなものが作られるのかなど、さまざまな情報が読み取れます。入門レベルの学生でも、普通の教科書では上級にならないと出てこないような情報を日本語で読めるというのは、多読用読みものだからこそできることです。
 また、ガイドブック的な読み方をする学生もいます。『富士山』『日本のお風呂』には、富士山やお風呂の歴史、富士山の地図や登山の様子、お風呂の入り方などが紹介されていますが、「これを読んでから、富士山に登ってきました」「ずっと行きたいと思っていた温泉に入れました」という学生もいます。自分がほしい情報を得て、それを実際に役立てていることがわかります。
 私のクラスでは、初級後半レベルの学生でも、1学期で、平均25冊以上、多い人では40冊以上の多読本を読みます。学生には「たくさん読んだほうがいい」とか「速く読むように」などとは一切言いません。むしろ「急がなくてもいいから、ゆっくり本を楽しんでください」と、声をかけます。それでも、1学期が終わる頃には、これだけ大量の日本語に触れる体験ができるのです。おそらく上級レベルの学生であっても、決められた教科書だけで勉強していたら、これだけの量の日本語を読む機会はないでしょう。「好きな本を自分で選んで、楽しんで読む」ことが、このような数字に結びつくのです。その大量の日本語が学生の体に蓄積されて、やがて日本語の力となっていくのだと思います。

 以上、私(片山)のクラスでの多読用読みものの提供の工夫をご紹介しました。ここで取り上げたのは、「よむよむ文庫」と「多読ブックス」133冊の中のごく一部です。グループの分け方も、まだまだ違った視点があると思います。みなさんも、ぜひ学習者を思い浮かべながら、多読用読みものをじっくり読んで、グループ分けをしてみてください。

※多読での絵本使用の工夫については、第6回日本語学習者のための「にほんごの本を読む会」の記事をご覧ください。

※多読に向いている一般書のリストは、NPO多言語多読ホームページをご覧ください。
https://tadoku.org/japanese/tadoku-friendly-books/


ここまで、多読用読みものについてご紹介しました。

次は、いよいよ最終回です。スタッフが全員集合して多読について語り合います。どうぞお楽しみに!

最後に

新型コロナウィルス感染拡大の影響で、学校や図書館が休みになったり、オンライン授業になって、多読の素材に困っている先生や学習者のみなさんがいらっしゃると思います。

そこで、この機会に多読や多聴多観ができるWebサイトをご紹介します。どうぞご活用ください。

・NPO多言語多読「にほんごたどく 特設サイト」の無料の読みものhttps://tadoku.org/japanese/free-books/


取材・編集:日本語多読支援研究会

日本語多読支援研究会は、NPO多言語多読の中のグループです。NPO多言語多読の会員の中で、特に日本語多読の研究普及を目指すメンバーで構成されています。

 [今回の担当]

作田奈苗(さくた・ななえ)/津田塾大学、文京学院大学等非常勤講師。NPO多言語多読のスタッフとして、多読用の読みもの作成、ワークショップ・デザインなどで活動中。首都圏の大学で非常勤講師を勤め、留学生の日本語や日本語教員養成課程の授業を担当しています。 多読を始めたきっかけは、非常勤講師として勤務する東京外国語大学の構内で課外活動として実施されていた多読にたまたま行き当たったこと。それまで自分の実施する読解授業に疑問を持ち、行き詰まりを感じていたので「これだ!」と飛びつきました。以後、自分の授業に多読を取り入れ、NPOの活動に参加し、すっかり多読にのめり込んでいます。
片山智子(かたやま・ともこ)/東京大学、成蹊大学等非常勤講師。NPO多言語多読正会員、日本語多読支援研究会のメンバーです。多読支援者セミナーや多読授業入門講座等で、自分の多読支援実践についてお話ししています。 私自身が多読と出会ったのは、2009年。日本語教師になってすでに20年が経ち、どうすれば学生が自主的に楽しく読めるような読解授業ができるのかと悩んでいた時期でした。その後、運よく大学で多読授業を担当させてもらうことになり、教えるには学習者の体験もしておきたいと、英語多読を始めました。どちらも楽しくてやめられず、今は、多読支援者と多読実践者の二足の草鞋を履いています。


※この連載は、JSPS科研費 20K13084の助成を受けています。

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