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2023/2月活動報告(「仕掛人・藤枝梅安」「別れる決心」「レジェンド&バタフライ」「終末の探偵」「イニシェリン島の精霊」「バビロン(2022)」「ブリーダー(1999)」「はたらかないで、たらふく食べたい」今月のワースト「Sin Clock」)

 映画以外に話すことはまあ本とかお笑いの事とか……しょうがないですね。
 2月は我ながらよく映画を観ました。観たい作品が重なっていたのもあるし、アカデミー賞も近づいてきてビッグネームの監督作が続々と(3月も)公開されていったというのもあり、セコセコと劇場へ足を運んでいたわけです。
 個人的な話をすると、筆者はいわゆる"引きこもり”と呼ばれるような人間で、ただいま福祉の世話になりながら社会人になるための訓練を受けつつ通信制大学の単位を取る、それ以外は日がなダラダラしてる暮らしを送っているもので、遊びとはいえ外に出て社会に触れる体験をするのは、大事な経験!
……というスタンスで、罪悪感を減らしているのです。

新作編

7本観てますね。ネタバレは結構していきます。

「仕掛人・藤枝梅安」「別れる決心」“可哀想な女”映画のツイスト

  「仕掛人・藤枝梅安」は2月最初に劇場で観た映画で、「別れる決心」は2月最後に劇場で観た映画。ジャンルも製作国も全く違う作品ですが、どちらもいわゆる”悪女“が重要なファクターになっています。ただ、彼女たちは“男の敵”のような露悪的存在ではなく、男性中心社会のなかで利用され蹂躙された“可哀想な女”という表象になってます。ある種の批評目線からの“悪女”キャラ表象アップデートでもあると思いますが、こういった作品は昔から連綿とあるジャンルの一つにも感じます。自分が一番に思い浮かぶのは、「ヌードの夜」を始めとした石井隆作品でしょうか。ちょっと他は思いつきませんが……。

 https://twitter.com/detective_cage/status/1622559813287936001?t=M7NVWa-w7768CB6UEKUHbQ&s=19

「仕掛人・藤枝梅安」では、身売りされた少女を地方の大名に貢ぎ、私腹を肥やす小料理屋の女将おみの(天海祐希)が登場します。彼女を暗殺することが主人公梅安のミッションとなり、その依頼の裏にある様々な思惑が交錯し……というのが本筋ですが、その中でおみのは、人生で筆舌に尽くしがたい苦難を重ね鬼のような生き方しか出来なかった“可哀想な女”として描かれていきます。彼女と浅からぬ因縁を持つ梅安が彼女を殺すシーンは、彼女を苦しめてきたこの腐った世の中から解放してやるような印象になっています。男が社会的地位の低さに苦しめられる女を助ける(今作ではかなり皮肉な形ではあるが)構図は、“可哀想な女”映画の雛形だとは思いますが、本作にはそういったミソジニー社会への批判も込められており、時代を映し出す時代劇になっています。天海祐希は日本のケイト・ブランシェットになれる素質なのに、老後の資金の心配をしている場合ではないと思いますよ。


 https://twitter.com/detective_cage/status/1628347981119488000?t=Wg43n-xrabO8ZilLpag8Xg&s=19



「別れる決心」は、夫の殺人容疑をかけられた女性ソン・ソレ(タン・ウェイ)と彼女を追う刑事ヘジュン(パク・ヘイル)のロマンスサスペンス。典型的なファム・ファタルイメージを重ねることも出来るソレですが、中国系移民である彼女もまた異国の地・韓国で権力を持つ夫に支配されることでしか生きていけなかった“可哀想な女”。そんなソレを怪しみ、独自の捜査を続けていくうちに徐々に彼女に惹かれていくヘジュンは、ある段階で自らのプライドや信念に反する形でソレの犯した罪を隠蔽し、彼女を助けることになります。まさに「ヌードの夜」を思い出させるようなノワール的な側面も大きいあらすじですが、根底にあるのは恋愛についての恋愛物語。刑事と移民という立場の違い、母語からくる言語の齟齬、騙し合うようですれ違い合う関係性。トリッキーな編集や青を基調とした画面設計など、森田芳光の「それから」を思い出しました。本作のキーワードにまつわる考察も、漱石の有名なあの言葉を思い出させます。


「レジェンド&バタフライ」ある時はキムタク、ある時は信長。

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 東映70周年記念作品!総製作費20億!という背水の覚悟を感じさせる宣伝に、「コケたら可哀想……」という同情心が生まれ、特に期待もないまま観に行きました。木村拓哉が信長!というこのインパクトは凄まじいですが、キムタクと信長は類似タレントなわけで、ハマらないわけはありません。そこの期待は正直少しありました。結果として、本作は木村拓哉がキムタクを演じつつそこに信長要素を調整していく非常に錯綜的な演技をするメタキムタク映画になっています。キムタク演技をする木村拓哉はまるでモノマネ芸人のホリソックリで、いつ「ちょ待てよ!コッコッ」と言うのかとハラハラしましたよ。木村拓哉本人にとってもまた“キムタク”という日本一のスター性を役者としてどう活かしていくか、という課題が役者業では非常に重荷になっているのかもしれません。それは濃姫役の綾瀬はるかも同様で、文武両道で大胆不敵という取り扱い注意な奥様をCMでよく観る綾瀬はるかという感じで、モノマネ芸人の沙羅さんにずっとダブって見えました。
 映画自体は何とも……という感じです。


「終末の探偵」ハードボイルド、今やるならこう

 https://twitter.com/detective_cage/status/1625148850905448449?t=-R8oKLLlF53-vQag4Rqywg&s=19

 宣伝にもあったような「探偵物語」などの70年代オフビートハードボイルドドラマへのリスペクトが詰まった作品です。90年代くらいのVシネチックな悪い意味で時代遅れなイタイ作品になっていたらどうしようかと若干の不安はありましたが、ちゃんと現代で無頼派探偵モノをコミカルでカッコよく描くにはどこをどう描くかが、しっかり考えられた良作になっていました。先月も書いた「ヤクザは辛いよ」的な要素もあまり湿っぽくなりすぎず、外国人差別や植松的な優生思想(成田悠輔に「老人が自動的にいなくなるシステム」とか質問してた学生もいたから、ここに出てくる人物もあながちフィクションとは言えないかもしれない)への批判もあり、かなり社会問題を扱った作品でもあります。主演の北村有起哉の飄々としつつ凄みもある演技も作品のテイストにビタッとハマっていました。


「イニシェリン島の精霊」「バビロン(2022)」夢が叶う/叶わない場所で生きる

 これは昨年から話題沸騰という感じの2本です。アイルランドの小さな島で行われるオジサン同士の小競り合いの映画とハリウッド黎明期のセックス&ドラッグまみれの栄華盛衰の映画、真逆に見える2本ですが、どちらも夢を叶えることとある場所で生きることという共通のテーマの作品だと感じました。

 https://twitter.com/detective_cage/status/1625884606666002432?t=LVkdpeIfYjTgqvUexPK3OA&s=19

「イニシェリン島の精霊」には歴史に名を残す作曲家になることを夢見るコルム(ブレンダン・グリーソン)が登場、彼がその“夢”を追う上で邪魔になる親友パードリック(コリン・ファレル)との絶交を宣言するところから物語は始まります。
 既に老人の域に達しようとする年齢でバックパッカーデビューする大学生のような暴挙に出るコルムの人生への焦燥感、絶望感は、インターネットでチマチマ駄文を発表するような自分にも他人事には思えない切実さを感じますが、同時に彼は図書館司書になることを夢見るパードリックの妹シボーン(ケリー・コンドン)のように、娯楽も教養もほぼ無いに等しい故郷のイニシェリン島から離れようとはしません。結局コルムには島以外の暮らしが自分には出来ないということが内心分かっていたからではないかと思います。コルムの言動を全く理解できないパードリックのように島での起伏のないルーティンのような暮らしに安息を感じていたからこそ、コルムは半ばヤケクソのように親友を突き放し自傷行為に及ぶような焦りを覚えたのではないでしょうか。
 逆に、妹や友人たち、家畜や愛犬ならぬ愛ロバのジェニーとの暮らしこそを愛するパードリックは、イニシェリン島のような小さな共同体でしか生きられないような器量のなさ(他人の気持ちを推し量る力に乏しく失言や余計な一言が多い、そしてそれを自覚しようとしない……)を持っており、このある種の生きづらさも、引きこもりの自分には痛いほど分かるものでした。最終的にパードリックの生き方も否定しない着地には、少し救われたような気持ちになりました。


 https://twitter.com/detective_cage/status/1625892498517413891?t=lKy2lj3h5pWNMZ1-dKCLSg&s=19

 アイルランドから遠く離れたロサンゼルスはハリウッドを舞台にした「バビロン」では、映画業界で成功を夢見るマニー(ディエゴ・カルバ)やネリー(マーゴット・ロビー)、サイレント期のスタージャック・コンラッド(ブラッド・ピット)らの波乱万丈の物語が描かれていきます。劇中の台詞「ここではどんなことも叶う(うろ覚え)」からも分かるように、この映画の舞台ハリウッド及び映画業界はイニシェリン島とは真逆の環境。国籍・人種・育ちを問わない野心家の若者たちがぞろぞろと登場し、狂騒的に働き狂騒的に遊び回り狂騒的な勢いで成功を収めていきます。まさにアメリカン・ドリーム。
 ただ厄介なことに、夢を叶え成功を収めた先には、その状態をいかに持続させていくかという新たな壁が立ちはだかります。時代は変わり、サイレントからトーキーへと映画の技術が進歩するにつれ、サイレント映画で活躍を収めたジャックやネリーはその波からは遠ざかっていき、次第に世間からは“時代遅れ”の象徴として嘲笑の的になっていきます。
 第一線=「どんなことも叶う」場所に居続けるためには、今風の言葉で言うならば自らの価値観を”アップデート“していかなければいけないという正しいけれどなかなか実行は難しい現実があるのでしょう。政治家連中にもその現実が通用すれば日本もだいぶマシな国になるのですがね!
 チャゼルの自己陶酔が極に達するラストは、怒りや呆れを通り越し、感心すらしてしまいました。


旧作・読書編

「ブリーダー」暴力性は何に宿るか?

 https://twitter.com/detective_cage/status/1623256288686903296?t=0KMFE_72yVNqYyJlwuchHg&s=19

 旧作でズバ抜けて面白かったのは、ニコラス・ウィンディング・レフン監督作の「ブリーダー」でしたね。コミュニケーション下手な男たちの淡い恋愛模様と容赦ない暴力が描かれていきます。
 非常に殺伐とした世界観でキリキリと胃が痛むような緊張感が全編に漂う作品でしたが、それが一体どこから来ているのか、暴力映画好きとしては気になります。個人的に厭だなと感じる暴力映画には、人物たちの会話の中でさりげなく行われる、上下関係や主導権を巡る執拗なマウンティングが出てくることが多い気がします。先輩から後輩、ヤクザや不良から一般人。あくまでさりげないこと、会話の前提は暴力以外の話題であることなどが、より一層緊張感と居た堪れなさを掻き立てます。
 「ブリーダー」では恋人の妊娠をきっかけに鬱屈を溜め込んでいくレオ(キム・ボドゥニア)と、恋人の兄ルイ(リッケ・ルイーズ・アンデルソン)のマウント合戦が描かれます。レオのストレスの要因は、恋人の妊娠を受け入れられない自らの幼稚さが主なものですが、そこにヤクザまがいのルイが暗にかけてくる“義兄”としてのプレッシャーが加わってきます。このルイの説教臭い感じ、モラハラ義兄感でなんとなくレオに同情すらしたくなる気もします。最終的に二人は陰惨極まりない結末を迎えるわけですが、そこに至るまでの二人のマウント合戦は、観ていて非常に絶品な厭完成度を誇っていました。


今月のワースト

「Sin Clock」

 https://twitter.com/detective_cage/status/1625138122517319681?t=iESZiVgO8Mlp7JIqX4pPGg&s=19

 今月はありません!で終われればそれで皆幸せなんですが、そうは問屋が卸しません。2月のワースト発表の時間です。
 窪塚洋介久々の長編映画主演作で、ノワールテイストのケイパーものと聞けば、個人的好みの塊なわけで、かなり期待して劇場に足を運びましたが、まあひどい。劇場で観た映画の中では生涯2番目にひどかったです(1番は本広克行の実写版「ビューティフル・ドリーマー」)。
 何がひどいって、テンポがひどいです。こういった犯罪映画、特にタランティーノやガイ・リッチーからの影響強めな犯罪映画というのは、シリアスなトーンであれオフビートなトーンであれ、軽快な話運びというのが重要になってくると思うし、これまで観てきた、タランティーノ/ガイ・リッチーフォロワーの犯罪映画はそういう話運びの作品が多かったと思います。 ただ、「Sin Clock」は違う。シーンの始めと終わりは何故か必ずフェード・イン、フェード・アウトで締めます。これが著しくテンポを悪くしています。居酒屋で食事→店の外を歩いているというようなシーンの繋ぎ目もフェード・イン、フェード・アウト。普通そういうのって、長い時間が過ぎたとかある事件に決着がついたとか、そういう「一区切り」のために使う手法だと思うのですが。いちいち区切られたら話にノレないよ!
 他にも明らかにミソジニックな女性キャラクターの描写とか、狂犬キャラの無駄遣いとか、駄目だなぁと思うところが多々ありました。窪塚は良い窪塚だったし、他のキャストも良かったとは思うのですが、牧賢治監督はもう次回作ではとりあえずフェード・イン、フェード・アウト禁止をお願いしたいです。


さいごににかわって  

  引きこもりだ何だと書いてきましたが、本音を言わせてもらうなら、この本のタイトル通りです。

はたらかないで、たらふく食べたい

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