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「かわいい女と経年劣化。」/ショートストーリー


今夜は久々に楽しく過ごせると思ったのにと、私はちいさなため息をついた。

「大丈夫?少し、飲みすぎじゃありませんか。」

「いいじゃないの。お祝いなんだから。それに、明日の予定はないわ。ああ。それともあなたは私と違って予定がたくさん入っているのかしら。」

「予定はないですけど。」

「じゃあ、付き合いなさいよ。今夜は、ふたりとも入選したのだから祝うべきじゃない。」

私たちは、ある有名な書道展に入選して、初対面だったけれど、授賞式のあとそのまま会場近くのホテルのバーで飲んでいた。

お祝いの一杯をして楽しく帰れると思ったのに、まるでやけ酒のように飲みだしてしまった彼女を止められないまま、かなり遅い時間になってしまっていた。確かに明日予定はないが、授賞式で緊張したのと、見知らぬたくさんの人達との会話で疲労感が強くて、早く帰宅してゆっくりお風呂につかりたいというのが本音なのだ。

「ねえ、そろそろ帰りましょう。」

私がそういうと、彼女は駄々をこねるように首をふった。

そして、私が一番聞きたくないといつも思っている言葉を口にした。

「あなた、草間くさま さんと寝たの?」

草間さんとは、今回の書道展の審査委員長の名前だった。

私はまたかと思うだけ。

一番聞きたくない言葉を言った彼女をどうにかタクシーに乗せて帰らせた。あとは知らない。治安のよい日本だもの。ちゃんと帰れるはず。友達でもないから責任はない。と私も別のタクシーに乗り込んだ。

初老の運転手さんが私の抱えている花束を見て言った。

「何かお祝い事ですか?」

「書道をしているのですが、今日、賞をいただいて。1位とかではないんですけど。」

「書道ですか?古風ですね。お客さんのような美人さんが書かれる字だからさぞかしきれいなんでしょう。ああ。賞をとられたんだ。」

私が美人だから、字もきれいなの?だから入賞したとみんなが思うのかしら。いつものように。

今日の賞だって、私は確かに審査員特別賞をもらった。でも、彼女のほうが上位だったにもかかわらず、何であんな言葉を言ったのだろう。何が不満なのかわからない。

子供の時から、そうだった。

「なんてかわいいの。」

「美人さん。こりゃ、将来が楽しみだ。」

外見ばかりが褒められた。

祖母は、私がそう褒められるのが気に入らないかったのか。

「みてくればっかりで。嫌な子。」と私に言ったことがある。

最初は、褒めてくれるのを単純に私は喜んだ。

だが、そう世の中は単純に喜んではいけないのだと実感することが多くなった。

子供の時から、顔がかわいいからえこひいきされているのだと決めつけられ、大学生の時は教授と寝ているから成績が上乗せなのだと陰口をたたかれ、会社員になった今でもかわいいとか美人とか言われる外見だけで評価が高いのだと、あからさまにいう人がいる。

私は、もう飽きあきして、かわいいとか美人とかも私の実力のうちだと思うことにしてきた。生まれつき、かわいくても美人でも私のせいでもなく悪いわけでも、法律違反でもない。

祖母は見てくればっかりと言っていたが、私だって「かわいいだけの女」にはなりたくなかった。習い事も運動も勉強も会社の仕事も自分で言うのはなんだけど、人の何倍もしてきたのに他人の評価はいつも「かわいいから。」「美人だから。」と外見がつきまとう。

それに、いつも得をしているわけじゃない。子供の時からいじめにあったし、年頃になると変質者みたいな人に目をつけらて、痴漢にあったりと損の方が多いのでないかと思うのに。痴漢にあったときは、おまわりさんが「かわいいから仕方ないですね。」と言われたことさえある。あのおまわりさんに、税金返せと言ってやりたかった。

今回も、たぶん受賞の会場で審査委員長の草間さんと私が数分話していたのを彼女は見て、寝たから審査員特別賞をもらえたのだと思い込んでいる。なんでそう思うのだろうかと、何か言われるたびに不思議で理解できそうにない。

かわいいとか美人とか、そんなに重要なことなのだろうか?

外見なんて、年をとれば衰えていくというのに。


「私も若いころは、ハンサムだって言われてモテました。映画に出てみないとか、誘われたこともありました。今は、経年劣化して単なるタクシーの運転手ですが。」とミラー越しに運転手は笑った。


私も

はやく、経年劣化して私の中身だけで生きていきたい。




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