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「IT」というワードに飛びついてみたら、地方のアイデンティティを問われた

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「ITウインターフォーラム in NAGANO」の会場

皆さん、「IT」を意識していますか?

当たり前!と答えたのはウェブ業界や都会の大企業勤めの方ではないでしょうか。地方ではまだまだ「IT」が「これからの課題」なところが正直多いです。

長野県でもその状況は同じ。令和元年9月10日、「信州ITバレー構想」なるものが策定されました。そして翌年、構想を推し進める「信州ITバレー推進協議会」が発足。そのキックオフともなるイベントが令和2年2月10日に善行寺大勧進で実施されました。

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信州ITバレー構想とは?

この構想の目的は、大きく2つに分けられます。

・長野県へIT人材とIT企業を集める
・県内のすべての産業のDX(デジタルトランスフォーメーション)推進

前者は分かるんですが、後者は一体何でしょうか?「 DX(デジタルトランスフォーメーション)」という言葉を初めて聞きました…って人も少なくないはず。実際のところ、地方のITリテラシーはそのくらいじゃないでしょうか。

※信州ITバレー構想の詳細についてはこちら

※デジタルトランスフォーメーション=「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」という概念である。デジタルシフトも同様の意味である(wikipediaより引用)

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……さて、ここで「さっきから地方について偉そうに語ってるお前は誰だ?」と思う方も多いと思います。申し遅れましたが、松本市に本社を置く「藤原印刷」の藤原隆充と申します。おにぎりに食らいついてる状態ですみません。

都内のネットベンチャーを経て祖母が起こした創業70年の印刷会社に後継ぎとして入って10年が経ちました。地方には僕みたいな中小企業の後継ぎがゴロゴロいて、皆一様に「IT」を意識しています。意識はしているけど、ちゃんとITに取り組めていない企業がほとんどかもしれません。

だからでしょうか。参加者は定員の150名が満員。内訳はというと、行政関係者が30%、事業者が60%、フリーランスや学生などその他が10%。エリア的には県内80%、県外20%といったところでしょうか。

注目度の高さが伺えますが、その理由の一つがフォーラム参加者の顔ぶれです。ありがちな「でかい企業の偉い人と県内企業のがんばってる人を組み合わせて、とりあえずイベント実施しました」のように既成事実をつくりたがっている様子は微塵も感じません。

【信州ITバレー構想アンバサダー】
・富士通株式会社 執行役員常務 島津めぐみ氏
・株式会社グッドパッチ 代表取締役社長兼CEO 土屋 尚史氏

【イベントゲスト】
・面白法人カヤック 代表取締役CEO 柳澤 大輔氏
・宮崎県日南市 マーケティング専門官 田鹿 倫基氏
・株式会社アソビズム 代表取締役CEO 大手 智之氏
・ジモコロ編集長 徳谷 柿次郎氏(ファシリテーター)

といった県内外の猛者が集まっています。化学反応が起きそうな予感……。

お客さんの顔ぶれを見渡してみると30代が中心で、平均年齢が非常に若い。テーマがテーマなので当たり前ですが、正直な感想として「ITに興味があって平日の日中に参加できる人が、長野にこんなにいるのか」と驚きました。

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そして触れなければいけないのが会場です。長野と言えば善光寺ですが、まさか善光寺の敷地内 大勧進でやるとは。ご覧下さい。

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お坊さんの研修会ではなく、ITフォーラムですよ。インスタ映えする会場をみなさん撮影していたので、PR的に考えると効果ありです。

勉強熱心な県民性と個性豊かなエリアごとの魅力

いよいよフォーラムがスタートです。スケジュールはこのような流れです。

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先ずは先陣切って阿部知事、信州ITバレー推進協議会山浦会長の挨拶です。気合い入ってます。

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続くオープニングセッションでは富士通(株)の執行役員常務島津さん、(株)グッドパッチ代表取締役社長兼CEO土屋さん、長野県立大学理事長安藤さんの3名が登場。ここで早くも土屋さんから強烈な先制パンチ!

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名前を変えた方が良い。信州は知名度が低い。長野ITバレー構想にした方が良い」とネーミングそのものに対する鋭い指摘。会場はどよめきます。

この問いかけが結局最後まで尾を引くことになるのですが、長野県の課題を象徴している大事な問題提起だと感じました。

命名する場に立ち会ったわけではないので、どういう経緯で「信州」のワードを使用したかは分かりませんが、この「信州」を使った例はよく見ます。信州りんご、信州そば、信州大学、信州まつもと空港などは県外の方も耳にしたことがあるはずでしょう。

では、なぜ「信州」を使うのか。下の記事に良くまとまっているので詳細は省きます。

簡単にまとめます。かつて「長野」という地名は今の長野市周辺の一部エリアを指す呼び方で、県全体のことは「信濃(信濃の国)」と呼んでいました。それが廃藩置県により長野県に統一されるわけですが、山が多く独自の文化を持つ他のエリアとしては「うちらは長野じゃねえ」となり、信濃の流れから信州という言葉が使われるようになりました。確かに県歌は『信濃の国』ですし、内部事情を考えれば非常によく分かります。

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話を戻します。アンバサダーの方々から長野の魅力についてまずは語ってもらいました。

土屋さん「長野出身の社員は例外なく優秀。決まったことを確実にやりきることに長けている。LINEの出澤社長や新海誠監督など、佐久出身の起業家やクリエイターが近年活躍している」

島津さん「昔は嫌だったが、今では長野で過ごした幼少期が貴重な原体験となっている。富士通内にも長野県出身者は多く、長野県人会もあり、ひときわ郷土愛が強い」

安藤さん「長野県も強いところ弱いところがある。特徴を活かしていきたい。言いたいことを言い合い、反発を生んでも前に進んでいくようにしたい」

勉強熱心で真面目な県民性は山脈に囲まれた地理的な立地からはじまり、幕末の信州では全国トップの寺子屋数があったそうです。それが教育県へと繋がっていくんですね。逆に生真面目すぎて冗談が通じないとも言われますが(笑)。

安藤さんが言う「長野県内にも特徴がある」というのはまさにその通りで、長野、松本、上田、軽井沢、佐久、白馬、飯田、伊那、諏訪、富士見などなどエリアごとに違う魅力があり、一括りにまとめることが非常に難しい……。

できていないことをおもしろがる

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続いては面白法人カヤック代表取締役CEO柳澤さんによるスピーチです。鎌倉に本社を置くカヤックは地域との連携の成功モデルとして取り上げられることが多く、その理由や方法を余すことなく伝えてくれました。特に印象に残った点が2つあります。

・おもしろがる
・つくる人を増やす

今回のような産官学が連携していくスキームの場合、立場の違いから出来ていないことに焦点が当てられ、前進しないケースが容易に想像できます。だからこそ「おもしろがる」と「つくる人を増やす」が効果を発揮すると思いました。

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柳澤さんはこう言います。「何も決まっていないから、参加する意味がない。ではなく、何も決まっていないということは、決められるチャンスだ。と思った方が良い」

できていないことに目を向けるのではなく、できていないことをポジティブに変換する。関わることで当事者となり自分事になる流れがつくれていけば、違うレイヤーのプレイヤーがいることが強みに変わっていくのではないでしょうか。

教育県の復権×ITという一つの方向性

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続いてトークセッション。テーマは「IT企業が集まる地域をつくるには」ということで、まさに信州ITバレー構想そのものです。登壇者は面白法人カヤック代表取締役CEO柳澤さん、宮崎県日南市マーケティング専門官田鹿さん、(株)アソビズム代表取締役CEO大手さんの3名。ファシリテーターはジモコロ編集長の徳谷さんです。

冒頭挨拶後のオープニングセッションから、このトークセッションまで首尾一貫しているのが「県外視点」ということです。長野県立大学理事長の安藤さん、ジモコロ徳谷さん、アソビズム大手さんは今でこそ長野を拠点に活動していますが、元々は移住者です。ここに主催サイドのメッセージを感じたのは私だけではないはず。

実際、徳谷さんが遠慮ない突っ込みをボンボンぶつけることで、「長野が人を惹きつけるようになるには」という問いへ忖度のない意見が活発に飛び交います。

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田鹿さん「自然が豊かというのは全国どこの地方も言っているから差別化にならない。立地や自然資源ではなく、町の魅力として際立っていくことがオリジナルになる」

大手さん「長野の拠点単体で考えれば赤字だけど、すごく長い目でみて成果が出てきている。その成果の指標は経済資本だけではない。自然資本や社会資本も考えている」

柳澤さん「産業としてのITは土地との親和性が重要。例えば鎌倉の場合、マインドフルネスなど瞑想や食との親和性が高い。経済の話ばかりになりがちだが、文化的戦略も同じぐらい重要。長野なら…なんでしょう?」

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そしてここでも「信州ではなく長野に変えた方が良い」と名前の話が再燃。白熱するトークライブに時間も押せ押せ状態で終わりが近づく頃、柳澤さんのパスからはじまり大手さんが一つの提案をします。

柳澤さん「移住者にとって教育は非常に大切です」

大手さん「たしかに。私もそう思います。しかも長野県は教育県という歴史と実績があります。例えば、プログラミング教育で全国に先駆けたポジションを取る。世界の最先端のプログラミング教育が長野で受けられるようになれば人は集まるはずです」

ここからは個人的な意見です。
私はこのお二人の発言が、フォーラムのダイジェストだと感じました。それまでモヤモヤと雲がかかっていた状態に真っすぐな光が差した瞬間にさえ見えたのです。

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そもそも信州ITバレー構想の目的において、経済的ゴール以外は言及されていません。「なぜ長野でITを?」という本質的問いに対して、誰からも答えが出ていません。まずはこれに対する答えを探さなくていけない。

そして「信州」から「長野」へ。文化も交通も分断されていた歴史背景がある長野において「信州」というワードを使う必然性があったことは事実です。それでうまく回ってきたことも否定しません。

信州ITバレー構想は「外からIT人材や企業を連れてくる」ことも含まれています。今後、外からの視点も考慮されることが期待されます。構想自体の名前を変えることは難しいですが、意識を変えることならできるはず。県内で調和を取ることが当たり前だった習性にさよならをし、今こそ俯瞰的に見た長野へとポジションチェンジをするタイミングではないでしょうか。

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さらに県外視点を持つ柳澤さん、大手さんから生まれた「教育県の復権×プログラミング教育」という方向性は、歴史的にも文化的にもばらばらな産官学のメンバーを一つにすることができるビジョンだと思います。

県内に違った魅力がある街がいくつもあることを「まとまらない(デメリット)」と捉えるのではなく「移住者にとって選べる選択肢(メリット)」と捉えれば、それもまた長野の価値になるはず。

長野県内のどの街でも世界に先駆けたプログラミング教育を受けることができ、世界中の優秀な人材が集まり、再び「教育県」と呼ばれたとき、ITは課題ではなく、県民の誇りとなり、人を惹きつける強力な武器となっているはずです。

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文章:藤原隆充
編集:徳谷 柿次郎(Huuuu inc)
写真:小林 直博

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