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おしまいの国へ:死荷役

 馬鹿みたいに暑い。当然だ。荒野を歩いてるんだから。ちょっとした小学校中学年みたいな重さの荷物を背負って歩いてるんだから。馬鹿みたいに苦しい。仕方が無い。これが俺の仕事なんだから。
「ご主人様、お早く」
 背後から俺を急かす声が聞こえる。俺が渇いた大地にぼたぼたと汗を垂らしているのが見えないらしい。
「うるせぇな! 黙ってついてこいクソ野郎!」
 立ち止まって俺は振り返り怒鳴った。長袖のソフトシェルジャケットを着て、サファリハットを被ったソイツは汗も掻かないままで「はい」と言って黙った。全然暑さを感じていないらしい。小銃を手に、背中に弾薬やら野営道具やらを背負っていても平気らしい。羨ましい限りだ。
「クソ、クソ、クソッ!」
「急に怒り出さないでください。情緒不安定なんですか?」
「うるせぇ!」
 ついさっき顔を合わせたばかりだがムカつく。なんで俺がこんな荷物持ちと一緒にいるのかと言えば、組合から依頼された荷物が高価な品で、搬送ルートは陸路のみで、そのルートは加圧感知式の地雷原を通るため車が使えないからだ。だから「死荷役」を連れて進まなければならなかった。



 半月前。俺は長距離コンボイの運転から漸く解放された。それから二日三日休んで、「仕事すっか」と組合に顔を出した。受付に顔を出した俺は回ってきたその仕事の内容を聞いてうんざりした。書類を渡してきた事務の姉ちゃんは俺の気持ちなど「どうでも良い」と言いたげに俺を手で追い払った。仕方なく貨物集積所に荷物を受け取りに行けば、荷物と作業員と運び屋でごった返す其処に見知らぬ二人組がいた。二人は俺が受け取る予定の荷物の前に立っていた。
 なんだろう、と近付いて声を掛けると一人はブローカーだった。ブローカーという連中は薄気味悪い連中で、世界の何処で逢おうとも全員同じ顔をしている。吊るしのスーツを着た白い髪のアジア人。名前も無い。俺のような業者だけを相手にして商売をしている連中だ。テントやダッチオーブンに寝袋から、家畜や銃火器に至るまで。目に見えて手に取れるモノであれば何でも売っている。
 隣にいるもう一人のほうは分からない。戦闘服に小銃という、見た目からして傭兵のようだったが、随分と若く見えた。
 ブローカーは俺を見て、片手を上げていつ見ても同じ挨拶を返す。
「こんにちはお客様! 命日にするには良い日ですね!」
「どーも、なんか用かよ」
「はいお客様! 今回運搬して頂く荷物ですが、実は我々の商品でして」
 ブローカーが示したのは、俺の膝くらいまでの高さがある正方形の箱だった。金属製で、耐熱性と耐水性があることを示すペイントが施されていた。「天地無用」「ワレモノ」「取扱注意」のステッカーも貼られている。面倒な荷物だとひと目で分かる。
「手前で運べないのか? お前等何処にでもいるじゃないか」
 俺がそう言うと、ブローカーは分かり易く困った顔を作った。
「残念ながら我々は越境許可証を発行されていないので。搬送ルートをご確認頂いた通り、有害特定区域を通りますから。空輸であればどうにかなったのでしょうけど。それに、可能な限り取引先の会社様に我々の望むノウハウがあれば依頼させてもらうのが我が社の慣習ですので」
「そうかよ。で、中身は?」
「新型重力固定装置の部品です。試作品ですので、空路ですと異常が発生する可能性がありますし、海路では船が反政府組織に沈められるので」
 面倒な荷物が厄介な荷物に変わった。書類に記載されている地図を確認すれば、三ヶ月掛けて徒歩で運ぶ予定のルートは崩壊した都市と荒野と地雷原を通るものだった。片田舎の道は最悪だ。野盗やゲリラが出るからだ。届け先は海上に建てられた研究所となっているが、荷物の受け取りはその手前の港だった。現地のブローカーに渡せば良いらしい。
「ルートについては分かったよ。だが俺一人じゃこれは、」
「その点については我々から人手を提供致します。研究所側から機密の取扱いとして運搬者は一人のみと指定が来ているのですが、お得意様である組合の皆様に負担を掛けるのは忍びなく・・・・・・ですので、今回はこちらからサービスを!」
 ブローカーが漸く自分の連れを紹介する。真正面から見ても、やっぱりまだ若い男だった。
「こちらをお使いください。護衛兼荷物持ちとして我々が売り出している『フー・シリーズ』です」
 俺は「フー」と聞いてつい「げぇっ」と声を上げてしまった。組合でも使ってる奴がいるが、この「労働助力有機体」は普通の感性で言えば最低の存在だった。組合の中では専ら「死荷役」と呼んでいた。
 コイツ等は俺達と同じ言葉を話す。俺達と同じように歩いたり走ったりする。眠ることもある。見てくれも俺達と同じように見える。だが人間じゃない。人間由来で作られる家畜だ。
 俺はブローカーに言ってやった。
「『フー』ってあれだろ? 人間を食べるんだろ? そんなのと二人で三ヶ月も一緒にいられるかよ」
 ブローカーは馬鹿にするように鼻で笑った。
「この型番は体内のリソースで回復する設計なので、全身が人間以外に置き換わらないように定期的なヒトゲノムの摂取が必要なだけですよ。全く、嫌な都市伝説ですよね。迷惑してるんですよ我々も」
「でも戦地で人間食ってる動画が・・・・・・」
「あれは死体ですよ。生きてないじゃないですか。緊急時であれば許容範囲内の行為です」
 「やれやれ」とジェスチャー混じりに頭を振るブローカーを見て、俺は「コイツマジで話が通じねぇな」と思った。彼の後ろにいる死荷役も「やっぱりな」という顔をしている。「フー」は人間に服従するように出来ている。所有者が許さなければ口を利くことも出来ないし、機密情報も「忘れろ」と言えば忘れることが出来る。確かに、こういう仕事にはうってつけなのだろう。
「きちんと薬剤は日数分持たせてさせてあります。想定以上の消耗が無ければ貴方のことを囓ったりしませんよ」
「でもよ、」
「別に、どうしても同行させたくないというのであれば結構です。その場合貴方に与えられた仕事は間違いなく失敗するでしょう。野蛮な連中に襲われるのも良し、渇きと飢餓で死ぬのも良し。お好きになさってください」
 そう言われて、ぐっ、と言葉に詰まってしまった。依頼者側が「運び屋は一人だけにしろ」と言うなら組合は逆らえない。俺は従うしか無かった。絞り出すように「分かった」と言えば、ブローカーはいつもと同じ挨拶で締める。
「ではどうぞ、良い余生を!」
 最低な気分だった。



 俺は死荷役への簡易的な所有者登録を済ませて出発した。確かに便利だった。俺だったら担ぐのもやっとの量を背負っても平気だった。お陰で野営道具はいつもより沢山種類があるし、大型のソーラーバッテリーも積めたし、保存食料や水も余裕がある。銃も扱える。医療キットも心配が無い。不満があるとすればコイツ等は人権が無いため、人間がいなければ仕事が出来ないという点ぐらいだった。あとは名前が無い点。
 歩き出して、ずっと俺の後ろを付いてくる死荷役に一週間はビクビクしていた。だがあまりにも無口だったので俺は耐え切れずあれこれ話し掛けた。一人で、かつ危険が無ければ音楽を掛けたり映画を観たりするのだが、流石に死荷役とはいえ見張りをさせておいて楽しむのは難しい。俺にも「気まずさ」というものを感知する頭がある。アイツに「喋って宜しい」という許可を与えた。それで、アイツとの会話は死ぬほどつまらなかった。
 だから歩いていない時は俺のタブレットで映画を観せた。「ニュースは見ないのですか?」と聞かれて俺は「アレは自分で物を考えられない馬鹿が見るもんだ」と教えてやった。
 何本も映画を観せてやったお陰か、当初していたような「はい」「いいえ」「そうですね」「すごいですね」「興味があります」みたいな応答はしなくなり、あれこれ話すことが出来るようになった。



 今日も暑い日差しに照り付けられて、ひいひい言いながら俺は話し掛けた。
「こうさぁ、『MADMAX 怒りのデスロード』みたいにさぁ、車とかでブッ飛ばすべきなんだよこんな道はよォ」
「それだと、我々は暴徒と化して略奪と殺戮をしなくてはいけないのでは?」
「なんで主人公サイドじゃねぇんだよ」
 振り返れば死荷役は「不可解」という顔をしていた。成る程、コイツは俺のことを馬鹿にしているらしい。この野郎。
「ご主人様、お早く。あまり日数が無いのですから」
 死荷役が俺を急かす。俺はまた歩き出す。
「お前、好きな映画出来た?」
 日に二度ある休憩と就寝前に映画を観ているので、旅が始まってまだ一週間ちょっとだが、まあまあな本数を観ている。なんなら俺が寝た後も映画を観ている。「好きに観ろ」と言ったからか、ハマったからかは分からないが。死荷役がどんな映画を選ぶのかちょっと知りたかった。
「そうですね・・・・・・『トワイライト・サーガ/ブレイキング・ドーン Part2』で」
「なんで寄りにも寄ってラジー賞のティーンズラブムービー選ぶんだよ。名作スゲー観たじゃねぇか、『ランボー』シリーズとか」
「あれは、お腹が空くので集中出来なくて。特に『最後の戦場』」
「えぇ・・・・・・ゴアなやつじゃん・・・・・・」
 次点を聞いたら「PとJK」と帰ってきたので「なんでだよ」と言ってしまった。本当になんでなんだよ。


 搬送ルートの中間地点である残骸の寄せ集めに似た都市に着いたのは、出発してから一ヶ月半を過ぎた時だった。小さな町と違い、人も物も多くて飯も旨かった。いつまでも滞在していたいが行程が少し押していた。補給を済ませてしまえば二日もいられなかった。
 死荷役が「ご主人様、お早く」と急かすので俺は別れを惜しみつつ出発した。今のところ、死荷役はまだ銃を使っていない。この都市を出た先では、多分使うことになる。野盗やゲリラ共は潤った旅人を襲うことが多い。
 別に、運び屋も銃を持たないわけではない。ただ持っていると検査やら入管やらで面倒事のほうが多いし、そもそも金ばかり食う。サブスクで弾薬が利用出来れば持つ気になるかも知れない。それに短期間であれば安い金額で俺より銃の扱いが上手い人間を雇える。そう思って、俺はメリットが少ないという理由で持っていなかった。
 相変わらずの荒野だったが、暑さは日に日に和らいでいった。これなら少しペースを上げてもキツい思いはしない。足を止めることなく進み、その道中で中身の無い話をする。俺は案外、自分でも思っているより、死荷役のことを気に入りつつあった。
「やっぱ、途中まで車で来ればもっと早く済んだんじゃねぇのか」
「車をあの都市に置いていけと? 一日で無くなりますよ」
 俺が「そりゃそうだけど」とぼやけば「ご主人様、お早く」と彼の声が飛んでくる。俺は鷹揚に「へいへい」と返す。
「お前等って女の子の見た目の奴もいるんだろ? 可愛い子が俺の死荷役だったら良かったのになぁ。絶対今の倍の速さで進んでたわ」
「いるにはいますが、基本的には性的嗜好の対象外になるモノを割り当てるのが会社の義務ですから」
「なんでだよ」
「あー、その、そう、事故、事故が起きやすいのです。ですから予め主人の性的対象から外れるモノが選ばれます」
「事故って、あっ・・・・・・あー・・・・・・」
「それで所有者が死ぬという事例があまりにも多かったので。背後から撃たれて死亡するというか」
「いやでもよ、『死荷役』だぞ? ジャンルで言えば家畜だぞ? 興奮する奴なんかいるのかよ。気持ち悪りぃ変態だな」
「人間は穴があれば良いのでは? 以前、貨物の中にセルフケア用品がありましたね。確か筒状の、」
「おいやめろやめろよく考えたら人間の尊厳を危うくする話題だこれは! やめよう!」
 「頑張れ俺!」と奮起したところで、死荷役が俺を呼んだ。聞いたこともない声色で「ご主人様」と。切羽詰まった声だった。振り返ると、死荷役は俺に背を向けて銃を構えていた。俺は緊急事態であることを理解して周囲を見回す。丁度荷物と自身が隠れられそうな岩陰を見付けた。
「おい! あー、えっと、おい! おい荷物寄越せ! 邪魔だろ!」
 名前が無いから呼び辛い。彼に見付けた岩場を教えて、背負っていた荷物を其処に下ろさせる。俺も俺より重要な荷物を下ろし、テントで使っている迷彩布を掛けた。俺もその中に入る。迷彩布はバッテリーを使えば周囲の色に同化するようになっている。光学迷彩のスイッチを入れた次の瞬間、バイクの走行音が聞こえてきた。二台分聞こえた。それに遅れて車が走ってくる音。僅かに持ち上げた迷彩布の隙間から俺は伺う。
 死荷役は片膝をついて銃を構えていた。走行音が徐々に大きくなっていく。バイクと車が近付いて来ている。死荷役は動かない。アクセルを噴かす音が聞こえた。ならばもう、死荷役は相手に見付かっている。迫ってくる相手を死荷役は視認している。俺からは見えない。
 多勢に無勢だ。どうするのだろう。勝ち目はあるのか。そんなことが俺の頭の中で巡っていた。
 死荷役は落ち着いていた。そして鋭く息を止めて発砲した。タタン、タタン、タタン、と短く区切った銃声が聞こえた。銃声が余韻を残して消えて、それから一瞬して古く薄汚れたランドクルーザーが彼の脇を転がっていった。車はルーフを地面に叩き付けて止まる。フロントガラスと両方の前輪に穴が空いていた。
 車体にはスプレー塗装か何かでスローガンが書かれていた。「もしわれわれの敵がわれわれを咎めるなら、われわれのやることはすべて正しいのだ」。「正義の味方」を名乗る有名なゲリラのスローガンだ。見付かったら殺されると思った。
 驚いていた俺は銃声を聞いて悲鳴が口から出そうになる。二輌のバイクは車を喪ってもまだ走り続けているらしい。立ち上がった死荷役は少しずつ後ろへ下がりながらまた短く発砲を繰り返す。時折彼のものではない銃声がして地面が弾ける。死荷役は淡々と引き金を引く。重量のある物が倒れる音がして、一台のバイクが横滑りして俺の目の前を通り過ぎていった。乗っていた人間を乗せたまま。
 最後の一台が死荷役に突っ込んでいく。ぱぱぱぱぱ、と擦れ違い様に死荷役は撃たれた。がくん、と彼の体が崩れ落ちる。そのまま倒れるのかと思った。だが持ち堪えて、死体を確認しようとして引き返してきたバイクのほうへグルン、と向き直り、撃った。がしゃん、とバイクの運転手が落ちた。
 乗り手を喪っても走り続けるバイクが死荷役に向かっていき、そのまま彼を撥ねて倒れた。死荷役は地面に転がる。脳味噌みたいな何かをぶちまけて。被っていた彼の帽子が飛んだ。俺は言葉を喪う。
 これからどうしよう。今までと同じように荷物を運んでは行けない。捨てていくしかない。まだ観せていない映画がある。名作は星の数ほどあるのに。
 そんなことを思うほど、俺は気が動転していた。そんな心配は最初から必要無いのに。
 死荷役はむくりと起き上がった。だらりと折れた右腕を揺らしている。体のあちこちから血を流している。三十秒程度で服以外全て綺麗に直る。転がる車を運転席の窓から覗き込む。何かを確認し終えると、易々と引っ繰り返した。倒れているバイクの運転手に近付いていき、頭と胸に向かってぱんぱんと弾を撃ち込む。俺の隠れている岩陰の傍に転がるゲリラにも近寄って、ぱんぱんぱん。単純な作業のように。
 全てが片付くと、死荷役は俺の被っていた迷彩布を取り払った。再生に失敗したのか、左目が引っ繰り返って白目になっていた。
「おわ、ん、おま、お待たせしました、ご、ゴリラ、ちがう、ご主人様。えーっと、そんしつ、有りません。汁、強いて言えば服に穴が空きました」
 脳味噌を一回撒けたせいか、喋り方がふわふわしていた。
「あ、ああ・・・・・・なあ、左目、引っ繰り返ったまんまだぜ・・・・・・」
 俺が教えてやると、死荷役は「おあ」と言って、眼窩に指を突っ込んで元に戻した。
「少しメンテナンスの時間を頂きます。あと、鹵獲出来るものを探して来ます」
 死荷役はそう言って離れていった。俺は立ち上がり、迷彩布を仕舞う。手が震えていた。
 俺はついさっきまで忘れていた。「死荷役」という連中は、「フー」というモノは、一体どんなものだったのかを、俺は忘れていた。アイツ等が俺達と同じなのは見た目だけ。俺達は生きているが、アイツ等は元から死んでいる。だから死ぬような目に遭っても立ち上がる。忌避される一番の理由は、それが理由だった。俺達に似た、俺達とは圧倒的に違う、別の何か。気味が悪くならないはずが無かった。
 死荷役は死体の懐や装備を漁った。金目の物を取り出してはポケットから取り出したナップザックに放り込んでいく。弾や銃は彼が使っているものと合わないのか、拾ってもまた地面に放った。俺は岩陰に座って彼が仕事を終えるのを待った。死荷役は車からは携帯食料や水を見付けていた。漁り終えれば、今度は注射針の付いたアンプルを取り出して、車の運転席にいる死体に幾つか刺した。アンプルにゆるゆると血が溜まっていくのが見えた。
 一通りの作業を終えて、死荷役は懐からピルケースを取り出した。中に入っていた小さな白いカプセルを、その殆どを口の中に入れて飲み下す。それから地面に腰を下ろした。座った彼は銃のメンテナンスをし、再装填し、自分の服を修理し始める。速乾パテのようなものでシェルジャケットのヘコみを埋めたり、穿いたまま破けたズボンの穴を縫ったり。機械的に。
 暫く日陰からそれを眺めていた俺は、彼が飛んだ帽子のことを忘れているのに気付いた。立ち上がって、少し遠くに飛ばされて落ちた帽子を拾って来てやった。
「おい、帽子。忘れてるぞ」
「ありがとうございます」
 帽子も破けている箇所があったので死荷役は受け取り、縫っていく。俺は車の中にある死体を見ないようにしながら聞いた。
「あのアンプル、何してんだ?」
 俺の質問に彼は少し間を置いて答えた。器用に帽子を縫っていた手は止まっていた。
「今ので、薬剤のストックを使い切りました。ですので緊急時用に血液を採取しています」
 聞くんじゃ無かった。俺はそう言わなかったが、顔には出ていただろう。死荷役が俺の顔を見上げて何でも無いように言った。
「ええ、何を仰りたいのか、分かります。ええ、とても良く。どうぞお気遣い無く」
 俺の何が分かったのか教えて欲しい返答だった。俺は「バイクが使えそうか見てくるよ」と言って、彼から離れた。出来るだけ距離を開けようとした。

 結論。バイクは二台とも無事だった。ミラーが折れたり車体に傷が出来たり、死荷役の肉片がこびりついていたりしたが、無事だった。なので有り難くバイクを拝借していくことにした。彼に「バイクは乗れるのか?」と聞くと頷いた。訓練過程で移動手段になるものは船舶から飛行機に至るまで大体履修するらしい。お陰で遅れ気味だった旅が地雷原までは快適なツーリングになる。
 日が暮れる前に野営準備をしなくてはいけないので、先程手に入れたバイクは二時間も走らせずに終わった。渇いた大岩に囲まれたところに、いつものように屋根代わりとしてテントを張った。
 起こした火で温めた簡易食料を無言で食べた。死荷役に「補給地点で買ったベーコンの残りがありますが、焼きますか?」と聞かれたが断った。気を遣われたのだろう。いつもだったらベラベラ喋ってるはずの俺が、通夜の帰りみたいな顔でレトルトのチャイナボウルを食べてるんだから。
 死荷役も俺が話さなければ何も言わない。黙ってレーションを咀嚼していた。土の塊みたいなそれを口に詰め込んで飲み込んだ後に、彼は立ち上がって少し離れた暗がりに敷いた寝袋へと潜り込んだ。ぱきん、と音がして血の臭いがした。アイツが自分に必要なモノを取り込んでいるのだと、俺は察した。俺にはアイツの背中しか見えなかったけれど。
 死荷役はタブレットをせがまなかった。昨日もその前も、「貸してください」と言っていたのに。もう興味など無くしたように何も言わなかった。
 俺も食事を終えて、火の始末をして寝袋に潜り込んだ。眠ろうと思った。眠ろうとして俺は、自分がアイツの心配をしたことを思い出す。それから、アイツを蔑んだことを思い出す。
「・・・・・・死ぬのって、痛いんじゃないのか?」
 話し掛けずにはいられなかった。答えが返ってこなくても良かった。「痛くない」と言って欲しかった。俺の心配を意味の無い徒労にして欲しかった。
 暗闇から死荷役の声が聞こえた。天気でも答えるようだった。
「痛い、痛いですね。でも慣れましたから」
「慣れるモンなのか?」
 何も知らない俺は馬鹿みたいな聞き方しか出来ない。
「そうですね、事前に訓練で死を経験します。個体個体に拠りますが平均三百回前後の死を経験して、馴らします。その『慣れ』の部分をデータ化して、新しい脳に書き込むんです。不思議と、何度死んでも私達の寿命は殆ど変わらないんです」
 それまで「辛い」「苦しい」と思っていたことが突然「どうでも良いな」と感じるようになる。それを「慣れ」と死荷役は説明する。その感覚を新品の脳味噌に書き込んで詰め直すのだと言う。
 聞いたところで、俺には到底許せる話ではなくて、でもそれを拒んだところでコイツは人間になるわけじゃなかった。
「お前は・・・・・・何回死んだんだ?」
「私は、物覚えが悪かったので、七百四十二回目で漸く克服しました」
 一日に一度死ぬとして、二年と数日死ぬことになる。どんな罰なんだよ、そんな酷いこと。なんでそんな目に遭わなきゃいけないんだよ。
 俺が黙っていたせいか、彼は「安心してください」と付け足す。
「それに死亡時のショックを和らげるように脳の処置が施されています。死んだ時に自動で予めプログラミングされている走馬灯を再生して、セロトニンを分泌させ、それを鎮静作用のある物質に変換し、死を和らげます」
「走馬灯?」
「はい。幸福な記憶です。人為的に作られたものですが」
「どんな記憶なんだ?」
 一体どんなものが「死」なんていう強烈なショックを和らげるのか知りたかった。だが死荷役は教えてくれなかった。その声が揺らいでいた。
「・・・・・・ひとに、拠りにけりですね。案外、バリエーションが多いようです」
 「眠ります」と言った切り、何も聞こえなくなった。コイツでも話したくないことなんかあるんだな。俺はそう思い、瞼を閉じた。そのまま俺は彼に提案した。
「なあ、お前に名前を付けようと思うんだ。いつまでも名前が無いままじゃ不便だからさ」
 俺の声に、「なまえ」と呟くような囁くような声が返ってきた。
「そう、名前。明日とか、明後日とか、もっと後でも良いから、後でお前の考えた名前を付けよう」
 彼が自分で思い付かなければ俺が名前を付けてやろうと思った。星の名前でも聖人の名前でも、映画の主人公の名前でも。「死荷役」より良い名前がこの世には沢山ある。
 俺の提案を彼は受け入れ、そして自分の名前を口にした。
「では、『ロバ』と」
「なんでロバなんだ? 良いイメージ無いだろ?」
「粗食に耐え、頑健であり、労役に向いた生き物です。尊敬に値します」
 俺は同意為かねるものの「じゃあ良いよ、それで」と返した。好きな名前を付けて良いと言ったのだから反対する意味など無い。
 彼が自分に付けた名前を俺は呼んだ。
「おやすみ、ロバ。俺を助けてくれてありがとう。お前がいてくれて良かったよ、本当に」
「・・・・・・おやすみなさいませ」
 事務的な挨拶が返ってきた。俺は自分のしたことを考える。きっと他人から見れば馬鹿馬鹿しい行為なんだろうと思う。俺だって自分が楽になりたいだけにやったことなんだと分かってる。ちゃんと分かってる。でもこうでもしなきゃ俺はクズになる気がした。
 やっと睡魔がやって来た。夢は見なかった。



 荒野に取り残された無人の市街地に入る手前でバイクはガス欠になった。昔は港まで行く旅の補給地点だった此処を抜ければ、後は人間が通っても安心の加圧感知式地雷原。ただ、元補給地点の廃墟にはゲリラが住み着いていた。
 三時間程度で抜ける予定の市街地で半日も時間を取られた。それもこれも虫のように涌いてくるゲリラ共のせいだった。連携して襲ってくれば効率も良いだろうに、何故か個別に襲ってくる。しかも武器は棒きれ。
 馬鹿だ馬鹿だと思っていたがこれ程馬鹿だとは思わなかった。俺だったら絶望して自殺する。いや、馬鹿だからゲリラなんかになるんだろうな。
 ロバが物陰から飛び出してくる人間をばんばん撃っていく。その度に財布も漁る。腕時計も指輪も奪う。アンプルを使って採血していく。ロバはばんばん撃たれる。その度にアンプルの血を俺に見えないように飲む。俺は見ない振りをしてやる。
「なあ、ロバ」
「はい」
「お前、金集めてどうするんだ?」
 俺が訊ねると彼は「任務が終わり次第ご主人様にお渡しして、残りは自分の為に使います」と答えた。俺は「全部お前にやるよ」と返した。ロバは喜んでいた。顔が真顔なので声で判断するしか無かった。
 俺達は昼飯も食いっぱぐれて歩き続ける。時折現れる馬鹿を撃ち殺す。この調子だと、地雷原に着くのは夕方になりそうだった。


「アイツ等、なんでバラバラで襲ってくるんだ? 意味分かんねぇ」
 漸く落ち着けられそうな廃屋を見付けて休憩することにした。恐らくカフェかバーガーショップだったのだろう。廃墟には客席とカウンターが面影だけ残っていた。荷物を下ろした俺達はベンチシートに座って、眠らないように喋りながら飯を食った。二人とも疲れ切っていた。
 俺がゲリラに対する疑問を呈すると、ロバはカップヌードルを啜りながら答える。眠いのか頭がゆらゆらしていた。俺も睡魔のせいで手元が覚束なくて、パワーバーの包装紙が中々剥けなかった。
「彼等には、一貫した教義があります。四半世紀前に潰走状態となってなお活動を続けている『正義の味方』は、『悪には一人ないし仲間数名で立ち向かうべき』『ヒーローとは孤独なもの』という教義に乗っ取り、少人数で動くんです」
「キモ、頭おかしいな」
「過激な暴力団体なので、思考が非効率的なのでしょう」
 俺がその答えに笑えば、ロバはかくんかくんと頭を揺らした。多分あれは笑っているのだろう。頭を揺らすのを辞めて、思い出したように彼は付け足した。
「『我々』の会社が、敵対していた『正義の味方』を討伐した際に捕虜としていたゲリラを解放しました。捕虜には知能を低下し続け、子孫にそれが遺伝する疾患を与えてから」
「捕虜? 有志の被験者じゃないのか? 本人達がそんな証言してただろ」
 俺の記憶だと、普通の人間よりも耐性のある治験参加者がいてくれたお陰で様々な特効薬や技術が生まれたのだと、二時間の特番でやっていた気がする。俺がそう言えばロバは呆れたように溜息を吐く。
「脳の書き換えを行えば反乱分子を家畜にすることも出来ますよ。『私達の祖たる母であり偉父たる彼の御方』は彼等を憎悪していましたので、そのような処置を行ったと」
「頭おかしいな」
 パワーバーの二本目を食べて、俺は質問する。
「地雷原抜けたらどうする? 仕事終わりだろ?」
 彼は食事を終えてぼんやりと空中を眺めていた。それでも会話は成り立った。
「私は契約に従います。貴方が契約破棄の手続きをするのであればブローカーの元へ。雇用主が決まるまでは会社の倉庫で眠ります」
「俺が契約を続けたいって言ったら?」
「・・・・・・貴方の意思に従うことになりますが、まずは映画ですかね。『マイ・インターン』って面白いですか?」
「控えめに言ってクソ。アレよか『オーシャンズ8』十回観たほうが良い。アン・ハサウェイがアン・ハサウェイ史上最高のアン・ハサウェイだからな」
「成る程、観ます」
「どっちを?」
「『マイ・インターン』」
「お前とは一生映画の趣味が合わねぇ気がしてきた」
 俺達は笑って、後片付けをして廃墟を出た。街の外はもうすぐだった。さっさと出て行きたかった。
 少し歩いたところで、またゲリラ共の声が聞こえた。どうやら纏まった人数でこちらへ向かって来ているようだった。今までのように二人か三人、という感じでは無かった。街の外はもう目の前だ。だが追っ手はしつこい。地雷原にまで追って来れば共倒れは確実だろう。俺とロバは顔を見合わせる。
「どうする?」
「第一案は『このまま地雷原に向かう』ですが、恐らく追ってくるでしょう。車か、せめてバイクでも乗っていれば地雷で死ぬのですが、連中は徒歩なので。第二案は『迎撃』、此処で始末していきます。ただ相手の人数によっては難しいかと。私達は首を切り離されると再生が難しいので。最悪、ご主人様と貨物のみで地雷原を抜けて頂くことになるかと」
 如何しましょう、とロバは聞きながらコッキングレバーを引く。答えは決まっている。俺は廃墟の中で一番壁が分厚い棟を選んだ。
「荷物は此処に隠す。俺も隠れる。前にやったよな、上から迷彩布被ってる」
「それだと緊急時にご主人様が逃げられないのでは?」
「そん時はどうにかするよ。心配すんな、駄目なら駄目で死ぬだけだし」
 俺の言葉にロバは何か言いたそうな顔をしたが結局口を噤んだ。もう時間があまり無かった。俺達は荷物を隠した。俺も邪魔にならないように荷物に掛けた迷彩布の下に隠れる。スイッチを入れる。光学迷彩が起動する。
「私が声を掛けるまではそのままで。二度と私が声を出さなければ諦めてください」
 なんとも嫌な言い方をして、ロバは駆けていった。爆発物を使われると荷物も俺も巻き添えを食う。敵を俺から離す為に彼は走って離れていった。時折、わざと空砲を鳴らして居場所を知らせている。鬨の声が聞こえる。ゲリラ共だった。二十人以上いるようだった。此処を寝床にしている連中勢揃い、というところなのだろう。
 少し離れたところで銃撃戦が始まった。俺は戦闘が終わるまでじっと息を殺していた。


 三十分程経った。音が止んだ。何も聞こえなくなった。それから十五分経った。ロバは戻って来なかった。俺は躊躇い、それでも結局迷彩布の下から這い出した。荷物はそのままにして、辺りを伺いながら。最後に聞いたロバの足音が向かって行った方向を思い出しながら、俺は歩き出した。
 大通りにぶつかって、その通りを進んでいけば死体が転がっていた。ゲリラ共だった。貧相な見た目の襤褸を着た、男や女や子供。これだからゲリラは嫌いだ。死体を数えに来たわけではないのでさっさとロバを探す。
 ロバはいた。体中穴だらけになったまま、また死体の懐を漁っていた。俺に気付いて彼は振り返った。
「ご主人様」
「お前、終わったら声掛けるっつってたよな?」
「忘れてました」
「この野郎」
 ひとまず俺は安心する。「出発しよう」と言おうとした時、目の前でロバのこめかみから血が噴き出した。俺は倒れていくロバを見て言葉を喪う。咄嗟に周囲に目を向ければ死に損ないが銃をこちらへ向けていた。ロバを撃つので精一杯だったのだろう。そのまま死んだ。
 ロバは頭が撃ち抜かれていた。びくびくと手足が震えていた。運悪く、ロバにはまだ意識があった。死ぬまでの数秒が地獄の苦しみと化していた。
「ロバ!」
 俺は気付けばロバに飛びついて名前を呼んでいた。ばたばたと体が跳ねているロバは「うー、うー」と鳴いて、それから徐々に動かなくなった。開いたままの目から涙を流して、ゆるゆると瞳孔を拡散させていった。眠ったまま笑う子供の顔をして、左手を僅かに持ち上げた。そして落ちる。
 地面に付く前に俺はその手を握ってやった。再生が始まっているはずだ。なのに、もう一分以上経過している。長い。長過ぎる。俺は不安になる。
 焦りながらどうにか片手で血だらけになった彼の上着を探り、血のアンプルを見付けた。まだ割れていない物が五本あった。俺はそれを割ってロバの口へと垂らしてやる。全部与えてやる。口元が人間でも食ったように真っ赤になった。ロバの体から嫌な、湿った音がしていた。緩慢に肉が接着していく音。俺は割ったアンプルを握って血を流す。それさえ与えてやる。俺は彼が生き返らないことを恐れた。
 ロバの薄い唇が戦慄いて、小さな声が聞こえた。
「おかあさん・・・・・・」
 譫言だった。ロバは安心したような微笑みを浮かべていた。コイツは今、どんな走馬灯を見ているんだろう。どうせCMみたいに作られたのであろう、綺麗で幸せな、植え付けられた走馬灯を見ているのだろう。どうしてそうも、幸せそうな顔が出来るんだろう。何故だか凄く、俺は胸が締め付けられた。
 結局、ロバが立ち上がるまで五分掛かった。

 まる一日歩き通しで寝ずに地雷原を抜けた俺とロバは、港に到着した途端に崩れ落ちた。検閲官に荷物とを預けて仮眠室を借りた。運んでいた品は無事納品することが出来た。半日寝て、飯を食って、彼を連れて俺は港に常駐しているというブローカーの元へ向かった。
 市街地の戦闘から復活した後、ロバは少し言葉が減った。減ったというよりは似た言葉を間違えて喋るようになった。「うどん」を「ラドン」と言ったりする。最後の戦闘で不具合が起きたのかも知れない。
 「ブローカーのオフィスがある」と港湾職員に教えられて港の端へと向かった。コンクリートで舗装された海縁に大きなパラソルが開いていた。その下に置かれたサマーベットに見慣れたスーツが優雅に寝ていた。寛ぐブローカーは俺を見て、片手を上げていつ見ても同じ挨拶を返す。
「こんにちはお客様! 命日にするには良い日ですね!」
 組合にいた奴と同じ顔をしているが、別人だ。俺は手短に要件を伝える。
「コイツの様子がちょっとおかしいんだ。看てやってくれないか?」
 隣にいるロバを示せばブローカーは「成る程」と頷き、立ち上がる。「ではこちらでメンテナンスをしましょう」と傍のプレハブに案内された。中に入ると機材で埋め尽くされていて、診察台も置かれていた。
「では、この台に座って」
 指示を受けてロバは診察台に腰を下ろす。ブローカーは上着を脱いでワイシャツの袖を捲り上げると腕時計やらネクタイピンやら指輪やらを外して脇のテーブルに置いた。アルコールジェルで手を消毒する。そして一言命じた。
「‏פיקוד: הפסק לתפקד」
 がくん、とロバは頭を垂れた。ブローカーが彼の顎を取って顔を上げさせる。眠っているように見えた。空いているもう片方の手を、ブローカーはロバの額に当てる。
「ん、んー、あれ、えぇ・・・・・・?」
 ブローカーがそんな風に首を傾げているので俺はつい不安になって「大丈夫なのか?」と声を駆けた。彼はそんな俺を馬鹿にするような顔で振り向いた。
「犬に懐かれたとでも思っているようなので訂正しますが、彼等にそんな感情はありませんよ。有益性を見出すことはありますが、そういった機構は組み込んでいませんから」
 その言葉に俺は眉を寄せる。
「ただの反射行動に過ぎません。円滑なコミュニケーションを取るためだけのものです」
「だから、何だってんだよ。とにかく、俺はソイツが大丈夫なのか知りたいんだ。何かあれば治してやって欲しい」
 俺がそう言えばブローカーは肩を竦める。何度か観察するようにロバの額を指でなぞった。
「脳の容量が圧迫されていますね。あー、映画・・・・・・まあ、脳を違うバージョンに交換すれば良いかな・・・・・・あー、あー・・・・・・」
「その『あー』っていうのやめてくれよ。不安になる」
 ブローカーは俺を無視し、ロバの額から手を離した。顎からも手を離せば彼の頭は下へと垂れる。
「これはもう癖が付き始めてます。耐用期限が近付いているため、最終処理を施したのち廃棄処分となります」
「・・・・・・耐用期限?」
「自死願望の兆候があり、この個体はもう修理したところで直らない、ということです。脳や肉体は都度交換していますが、やはり精神の面にある何かが摩耗するのでしょう。蘇生するスピードは落ちていき、最終的には生き返っても使い物にならなくなります。走馬灯を見るためだけに死ぬようになります。いやぁ、この不具合を解明出来ればもっと売れるんですが」
 ブローカーは手をまた消毒して上着に腕を通す。俺は「廃棄」と言われて慌てた。
「あっあの! かっ買い取り、買い取ります。俺がコイツを買い取りますんで・・・・・・あの、はっ、はい、廃棄するのは、良いです、大丈夫です」
 俺が吃りながら言えば、ブローカーは「マジか」という顔をした。
「えーっと、その、こちらは愛玩向きではないんですが・・・・・・」
「いやそういう意味で買うってワケじゃねぇよ!」
 事故が起きそうになって訂正する。
「最初は嫌だなと思ったけど、道中凄い助かったんだ。話も出来るし、銃が使えるし」
「では新しいのをご用意しましょうか?」
 ブローカーは笑う。俺は嫌な気分になる。俺は「コイツが良いんだ」と言った。ブローカーは諭すように言った。
「彼等は何度も死んでいる。其処にある苦痛を曖昧にしているだけであって、苦痛が無いわけではない」
「いきなり何だよ・・・・・・」
「何度も恐怖と痛みと絶望を味わっています。想像を絶する世界に彼等は放り込まれている。需要があるからです」
 そういう風に作った側がそう宣う。俺は聞いていて気分が悪くなってくる。
「いやはや、我々の力不足の結果です。折角『私達の祖たる母であり偉父たる彼の御方』が我々を設計して下さったというのに、うっかりあの『正義の味方』の残党を野放しにしてしまったお陰で、こうも世界は不完全なまま運営されることになってしまった」
「連中の何と関係があるんだよ、その歴史の話」
「原材料の点で」
 ブローカーが「秘密ですよ」と口の前に人差し指を立てた。
「彼等の材料は『望まれぬ嬰児』です。それもこれも、世間様が未だに人間の悪性を認めずにいるせいなんですよね。様々な要因による望まれない胎児でも、堕胎すると『ドンナ子供ニモ殺シテイイ理由ハ無イ~』『殺人ダ~』などと世間の皆さんはバッシングなさるでしょう? それですよ」
 馬鹿馬鹿しい話でもしているように、ブローカーはずっと笑っていた。俺はコイツの話を何一つ理解する気にもならなかった。
「ですので、こちらで買い取りをしているんです。外聞を気にする裕福な家庭からも、知識も手段も無い貧困層からも。用途については様々ですが、彼等について言えばこちらで調整を施し、生きる意義と役目を与えてやる。幸せな『走馬灯』も与えてやる。望まれなかった人間の救済を私達はしているんです。赦されぬ愛の間に生まれた子供も、悍ましい暴力によって生まれた子供も、平等にね」
 「原材料が人間だと機構設計も楽だしコストも安いんです」とブローカーは言う。俺はもう何も言う気にはなれなかった。
「そして、長い苦役の末に彼は生存意義である義務を果たした」
 優しい教師のように、ブローカーは「お節介ではありますが、解放してやったほうが彼の為ですよ」と言った。
「・・・・・・・・・・・・胸糞悪ィぜ、何もかもよ」
 俺は罵倒を浴びせるのをどうにか堪えた。俺の感情を読み取ってもなおブローカーは快活な笑い声を立てた。
「私達の仕事は『人間の尊厳をジャンプして踏み潰すこと』! どうぞご理解ください。私達がいたから、今の『息のしやすい』世界があるのだと」
 ブローカーは壁際にある書類棚から何枚からの紙切れを取り出し、ボールペンでさらさらと書き付けて渡してきた。
「ではこちらが買い取りについての契約書になります。請求書はこちら。廃棄前ですが価格は市場価格のままで。分割でのお支払いも出来ますので」
 書類を受け取る俺は、迷い始めていた。ロバを、死荷役を、終わらせてやらないこの選択をして良いのか。長引くばかりの痛みを忘れて、走馬灯を見るために死ぬようになる彼を、楽にしてやらなくて良いのかと。 
 ブローカーがロバを起動する。それでも少しの間は眠っているらしかった。新規の脳が届けば交換し、契約手続きも行うと彼は言った。一旦それを保留にした俺が暗い顔をしていても、ブローカーはいつもと同じ挨拶で締める。
「ではどうぞ、良い余生を!」
 ロバが目覚めたら、ひとまず映画を観てそれから二人で考えようと思った。例え彼の言葉が単なる俺への反射的な何かであっても構わない。とにかく話がしたかった。






終劇


四半世紀とちょっと前の話



登場人物紹介


運び屋/俺
・ランボーシリーズは結局1が一番好き
・この頃になると2010年代の映画はほぼ著作権が切れてるので見放題
・昔はもっとマシな仕事をしていた。警官とか。
・正義の味方については「子供まで巻き込む共産主義系クソカルト集団」だと思ってる。この時代の人間は大体そう思ってる。


死荷役/ロバ
・映画の趣味がどんどん女子大生みたいになっていく
・走馬灯は「お母さんが外遊びから帰ってきた自分を『寒かったでしょう?』と微笑みながら温かい手で頬や額を拭う」。
・主人公と会うまでの間三年程度稼働している。
・プラナリアと混ぜて作られた死荷役の耐用期限は四年から五年。再生に使われるリソースが賄えない場合、外部から摂取して再生を促進させ人型を保つ。


ブローカー
・今のところ43,679人いる。全員同じ顔をしている。
・他に「メンター」「リサーチャー」「ポリティシャン」「スポークスマン」等がいる。
・デンキウナギを混ぜて作られているので電磁波を感知したり発信してブローカー同士で通信したりしている。通話無料!


ゲリラのみなさん
・よく死ぬ。
・なんだか代々頭が悪くなっている気がする。
・でも我々は正義のために戦うぞ!


BGM:
ダンスロボットダンス/ナユタン星人
ガイドビーコン/österreich

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