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マーダー・ライド・コンフリクトPart6/6 エピローグ

 晴天の真昼。爽やかな秋の風が吹いている。飲食店やカフェが立ち並ぶ通り。小さなトラットリア。ランチタイムのせいでほぼ満席だった。出入り口の横にテラス席が設けられている。その端の席でヒバリがコーヒーを飲みながらスマートフォンを見ていた。彼女は俺と待ち合わせをしていた。
 俺は急いだ。出来る限り。なにしろ口に銜えた煙草をまだ吸い切っていないし、スカジャンのポケットから手を出す気にならない。今日が初めての「運転」なのだ。走って転んだらダサいだろ。
「どうでも良いわ、ニック。急いで」
 おっ、アンタが「ナタリア」か。元気そうで何より。変な感じだな、耳のすぐ後ろでお前の声がする。サトも同じことを考えてたのかもな。そりゃ潰れるワケだぜ。気持ち悪いもんな、こんな「天の声」。
 この体を動かすのは俺だが、喋るのはナタリア。ナタリアはこの体の指一本でさえ動かせないし、俺は声を一言も発することが出来ない。やろうと思えば出来るのだろうが、恐らく黄峻は許さないだろう。
「何故、彼はこんなやり方をするのかしら? 理解に苦しむわ」
 アイツは他人に理解されたくないんだ。言動や思考が不一致の人間を誰が理解出来る? 「俺自身」にも分からない。今こうして思考している俺は「俺自身」なのか? それとも「ナタリア」なのか? もしかしたらどちらでもないのか? そもそも、異常者を理解しようとするなよ、ナタリア。理解すると「単なる形態模写」から「黄峻の一人格」になっちまうぜ。自分が死んだ人間だったってことを忘れて好き勝手にやりたくなる。もう一度、人生ってヤツをやってみたくなる。俺やサトや、他の連中みたいにな。
「こんなやり方じゃ手間が多過ぎる」
 なら黄峻にそう進言しろ。それと一つ忠告するが、誰かと話す時は口調に気を付けたほうが良いぜ。このナリでそんな話し方したらギョッとされちまう。驚いた相手は次にこう言うんだ。「ニューハーフの芸人を呼んだのは誰だ?」ってな。
「ニック、思うのだけれど。貴方は少し喋り過ぎよ。煩くて敵わない」
 そりゃ失礼しました、ナタリアお嬢ちゃん。
 俺は煙草を吸い終え、路上に吐き捨ててからヒバリのいるテラス席へと近付いた。ヒバリは俺達に気付いて顔を上げた。
「今日はコートを着ていないのね」
 俺の格好を見て彼女は言う。俺の服のセンスは気に入らないのだろうか。丁度死ぬ時に着ていた格好だから少し時代遅れかも知れないが、ヤンキースのキャップにパーカー、ジーンズ。スカジャンという組み合わせはそこら辺にいる日本人のガキっぽいと思うのだが。
 向かいの席を勧められたので大人しく座る。ギャルソンがやって来て俺にメニューを渡してきた。アメリカンコーヒーを頼もうと思ったのに、ナタリアが先に頼んだ。
「ソーダ。氷無しで」
 ギャルソンは一礼して引っ込む。あんな注文で分かんのか? スゲーな、俺だったら痰を入れた水を出すぜ。
「このお店、ランチプレートが有名なの。頼む?」
 ヒバリはコーヒーを一口飲んで言う。それをナタリアは「結構だ」と断った。軍人みたいな話し方だ。俺より日本語上手いな、ナタリア。
「それより、この前の仕事についてだが」
「ああ、それについては謝罪します。発案は私の上司だけれど」
 ヒバリは「貴方に対するペナルティとしてね」と言った。ペナルティね。俺の嫌いな言葉だ。俺は好き勝手に生きていたい。
「ペナルティ?」
 ナタリアが訊ね返すとヒバリは嘆息する。
「貴方は獲物で遊ぶところがある。好きにすれば良い。でもこの前のは相手が悪かった。一歩間違えば全員取り逃がしていたかも知れない」
 ナタリアは黙る。
 そうだったな、ナタリア。その時に死んだのは「お前」だった。愉快な小人達と共に。
 俺を無視してナタリアは言う。
「作戦の難易度が上がったことへのペナルティか」
「別に、全員を始末するのは貴方抜きでも出来た。でも情報漏洩の危険性を高める行為は容認出来ないから、二度としないように」
 ヒバリは上司の考えた作戦を俺達に話した。
「上長の作戦では一人ずつ釣っていくものだった。まずは外回り、次に内勤と指揮官、最後に本命。上長曰く『大人しく床に落ちたパン屑をつついているだけで満足していれば良かったのに、テーブルに乗ってこようとする行儀の悪さが良くない』。大した被害が無いからスパイ活動を放置しているだけなのに。この国の防諜って、基本放し飼いなのよね。当たり障りのない餌を食わせて満足させておく。面倒だものね」
 ナタリアが溜息を吐いた。そりゃそうだ。自分達は単に野放しされてたなんて分かったら誰だってやるせない気分になる。彼女の注文したソーダが運ばれて来た。ナタリアのために俺は口をつけた。
 ヒバリは呆れた視線を俺に向ける。黄峻の頭がゴチャゴチャになってる時に仕事するの、今度から止めたほうが良いんじゃないかこれは。
「貴方は上長の計画を滅茶苦茶にしてしまった。だから貴方のことを囮にすることにした。それから超特急で周囲一帯の封鎖をして、適当なところに追い込んで始末する。すごい労力。ホント、二度目は無いからね」
「それは、すまないことをした」
 ナタリアの謝罪が面白くてついニヤニヤしてしまう。自分が殺される算段を聞かされてるってのに、なんだそりゃ。
 ヒバリが「報酬よ」と言って分厚い茶封筒を渡してきた。受け取って中身を確認する。なんだ、額が足りないんじゃないのか?
「命令違反をしたとは言え、報酬が少ないのではないか?」
 ナタリアが言うとヒバリは片眉を持ち上げる。
「後始末に使った分を天引きしてある。それくらい当然じゃない?」
 俺は舌打ちする。ケチ臭いな。それくらいそっちで持ってくれたら良いだろうが。
 どうやら俺の態度はヒバリに気に入られていないらしい。彼女の視線が俺の顔に突き刺さっている。そう熱い視線を向けないでくれ。俺はハリウッドスターじゃないんだぜ?
 ナタリアは俺を無視してヒバリに話し掛けた。
「何か、言いたげだな?」
 コーヒーカップを撫でるヒバリは、まるで余命宣告を受けた知り合いのことでも話すような口調で話し出した。
「・・・・・・上長に、貴方のことを訊ねた。そしたら映画を勧められたの。『カメレオンマン』という随分昔の映画。観たことある?」
「いや」
 ウディ・アレンの映画だよな、確か。俺も観たことは無い。俺達の誰かに映画好きがいたから、ソイツは多分観たことがある。
 ヒバリはカップの縁をなぞりながら続けた。
「上長は主人公のゼリグが貴方の本質だ、と。ゼリグが周囲に過剰に適応するように、貴方は他人に成り切って生きている。貴方の場合はかなり利己的だけど。他人の尊厳と人格を奪うのが愉しい、というのが正しいのかも知れない。服でも着替えるみたいに、貴方は人格を切り換える。服みたいにね。着ている服に飽きたのか、服が擦り切れたから捨てるのか、どちらかなのかは分からない」
 ヒバリはコーヒーを一口飲んで「全部上長の受け売りだけど」と注釈を付ける。
 この女の上司に黄峻は随分買い被られているらしい。だが黄峻はプロファイルされることが大嫌いだということは分からなかったらしい。他人にあれこれ詮索されて、こうして「輪郭」を浮かび上がらせられることを、黄峻は大いに嫌う。
「プロファイルされるのは嫌いだ」
 ナタリアはそう答えて、ウェイターの運んできたソーダを飲む。黄峻のための解答だ。俺やサト、それに他の連中達にはもう出来ない解答。俺達は、もう俺達のことしか考えられない。自分を「自分」としか認識出来ない。俺達は最初、単なる「猿真似」のはずだったのに。俺達と黄峻の境界が曖昧になって、最後は溶けていくんだ。それが凄く怖いんだ。笑っちまうほどに。
 俺の自我は? 俺の人格は? それは俺のものなのか? 俺は此処に存在しているか? 俺が「俺」だということを、誰が証明する? アンタは答えられるか、ナタリア?
「貴方は誰?」
 ニック・コンクリンだよ、お嬢さん。
「国定黄峻。寺の三男坊に生まれると変な名前を付けられる」
 ナタリアはきちんと言うべき台詞を口にする。ヒバリは質問を変える。
「私が今、話している貴方は誰?」
 だから、ニックさ。皆の人気者、世間の爪弾き者、アウトローを殺すカウボーイ。
「ナタリア」
 ナタリアは自分の名前を告げた。
 [国定黄峻。]
 黄峻が答える。寝てろよ臆病者。お前は俺達の後ろに隠れてるのがお似合いだ。
 ヒバリは肩を竦める。
「なんだか貴方と話していると、表情と話し方が合致しないせいで他にも誰かいるんじゃないかって気分になるわ」
 そうとも、俺達はいつだって三者三様。基本の形。一つの体に三つの頭。気味が悪くて良いだろう?





終わり


登場人物紹介


国定 黄峻(くにさだ おうしゅん)
・「お前はこういうヤツだろ」と言われるのがイヤなタイプ。分析されるのも決めつけられるのもイヤ。通信簿ってクソだよね。
・肉体年齢で言えば二十代前半
・寺の三男坊。一番上の兄のことは「セキショウ」って呼び捨てにするし二番目の兄のことは「兄ちゃん」と呼ぶ。妹だか姉だか分からない姉妹のことは「ろーちゃん」と呼ぶ。
・元々の性格がマトモなのかと言われたら「猫ちゃんとかワンちゃんを虐待するなんて酷いヤツだ!」と言って相手を殺せば理解を得られると思ってる辺り駄目な馬鹿。
・ちなみに二番目の兄に「『自分』を見せたくないならその内側に隠れなさい」というお呪いを教わったが、兄は「精神異常者になれば有罪にはならないから」ということしか考えていなかった。
・一番上の兄について

・二番目の兄について



佐藤 浩史(サト)
・頑張って体を運転してたけど耐久値がゼロになったのでリストラされた。これ以上余計なことされたらたまんねぇもんな!
・生前は主に子持ちの主婦をナイフで刺殺するのが趣味だった。
・最期の言葉は「ごめんなさい」。

ニック・コンクリン(ニック)
・元気なアメ公。すっげーお喋りなので大体皆に嫌われている。妻子がいた(黄峻が始末済)。
・生前はヒッチハイカーを轢き殺すのが趣味だった。あと射殺。相手は誰でも良い。
・最期の言葉は「絶対に殺してやる」。

某国の現場工作員指揮官(ナタリア)
・苦労性のOL、というより施工管理職。上司にあまり恵まれない。日本はしゃぶしゃぶが美味しい国。週2で部下としゃぶしゃぶやってた。
・生前は現場管理をしていた。銃もナイフも毒物も使えるし人に指示を出すのも出来る。黄峻はナタリアのそういうところが好きになった。
・最期の言葉は「おかあさん」。

戸張 戸破(とばり ひばり)
・上長から連絡係を仰せつかったもののこの様である。
・ヒバリも暗殺者ではあるものの、黄峻達のような深海魚に近い異質な異常者とは違うのでギャップに戸惑ってる。
・上長に別の手当を出してもらいたい。

Valérian Richard Bérenger Loïc Lacoste(ヴァレリアン)
・俺が考えた最強の萌えキャラ。タッパと声のデカい美人。名前は偽名。人間をフルパワーで殴ると殴られた人間はガラケーみたいに二つ折りになる。
・芸術、特に料理が大好き。人間も大好き。人間もジビエにカウントしてる。
・「du Anaye」はレストランであり傭兵部隊。八人の愉快な部下達と毎日楽しく働いている。

次回(書くとしたら)
黄峻とヴァレリアン率いる傭兵部隊「du Anaye」との初邂逅回。

BGM


Coast to Coast(feat.漢,般若)/DJ BAKU

Feel Good Inc/ゴリラズ

Out of control/MAN WITH A MISSION×Zebrahead

シンクロニシカ/ポルカドットスティングレイ

DIE meets HARD/凛として時雨

神様、仏様/椎名林檎

ぬえの鳴く夜は/Creepy Nuts

Doctor/Chanmina

TOXIC BOY/米津玄師

ゴーゴー幽霊船/米津玄師

オルターエゴ/初音ミク

夢見る隣人は眠らない/初音ミク

復讐/東京事変

Touch Me/The Doors

Welcome To The Horror Show/Hibria

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