漁業ー漁師との夜・エッセイー
午前4時、静まり返る真っ暗な夜の海に、漁船の灯がともり、きれかった。
漁が終わって移動する午前5時半頃、朝日が昇ってきて海の地平線の先に赤く染まった空の色もまたきれかった。
漁師はすごくかっこよかった。生きるということ、働くということは、「何で食べていくか。何で食っているか。」と言い換えられる。私たち生物にとって、生きることは食べることであって、食は生きる上で必要不可欠な最も重要なものだと言っても過言ではない。漁師は魚を捕ることで食べていけて、ビジネスマンは会社で仕事をすることで食べていける、それは同じことのように思えるけれど、漁業や農業じゃない人たちはお金という媒体を通して食を得るしかなく、彼らはそもそも食というものが無い限り、どんなにお金があっても食べることができない、生きることができないと極論言える。それほど食の確保は我々人間の民が大事に大事に守っていかねければならないものなのに、政府からの漁業の援助はほとんどない。でも1日何十時間も働いて体を酷使して、民に食を届けていく。だんだん漁師も農家も減ってきて田舎にも島にも人が減ってくる。せっかくの国産の貴重な食がなくなっていく。
こうした人たちのおかげで私たちは食べていけているのに、彼らの労働の価値ともらえる対価が不釣り合いではないかと思う。日本の食は世界に誇れるのだから、一次産業を大事にしたいし守っていかなければならない。
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