純粋さはどこに行ったの
「理来、理来の純粋さとか天真爛漫なところ、どこ行っちゃったの」
母は箸を皿に置いて私を見つめる。
ほんとうに、そうだね。どこに行っちゃったんだろうね。
「私も昔はそうだったよ、離婚して家を出てったお父さんのこと恨んでた。」
母の両親も離婚していた。母の父は一昨年に亡くなった。
「すごく嫌いだったけど、お父さんとは話せないまま死んじゃった。」
「世の中には不思議な言葉があるの、人を恨んでも何も生まれないって。」
私は目線をテーブルに落とした。
人を恨んでも何も生まれないなら、恨まない方が良いと言いたのだろう。
父や父方の祖母を恨んでも意味はないと言いたいのだろう。
家族が離れて、母がつらい思いをして、私は複雑な気持ちになって、祖父や祖母に対しての気持ちもそれまでとは変わってしまって。
家に何度も父から電話が来たり、弟しか可愛がらないくせに父親ぶってメールを送ってきたり、お金で揉めた二人の間に私が入ったり。
嫌いという感情が芽生えてしまって、私だって嫌いになりたくてなったわけじゃないのに。
それでも、人を恨んでも何も生まれないよって、言えるの。
誰かを恨まないと、私はこの気持ちを胸の奥底に沈めることなんてできないのに。
父や祖母を嫌いだと思っていないと、私が私をどんどん嫌いになってしまいそうなのに。
とても純粋だったから、それだけ裏切られたときの傷って深いんじゃないの。
父と別れた母はもう明日を見つけているかもしれないけれど、ときどき父から来るメールや不在着信や祖母からの電話を受け取る私はふと、自分を汚く思う。
許すとか、恨まないとか、受け入れるとか。
そんな心は私にはないのだと気付かされるから。
離婚なんてどうでも良いとあっけらかんと振舞う私もいるけれど、人に対して恨みを抱く私も捨てきれずにいる。
恨むことでバランスをとっている私に、そんなこと意味ないって言うなら、じゃあ私のこのバランスはあなたが代わりにとってくれるんですか。
だめかもしれない、このまま書き続けたらもっと自分がみじめに思えてくる気がする。
純粋さはどこに行ったのと聞くんだね、私も知らない。
純粋で天真爛漫な私は、変わったのかもしれないね。
ごめんね、昔のままの私でいられなくて。
ちょろい女子大生の川添理来です。