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おべっかと決断

一般的に過ごしていておべっかという言葉はなかなか使う頻度は多くないでしょう。「おべっか」の言葉ってよく「またまた~おべっか言って~そんなこと言ってもなんも出ないよ(^▽^)/」
なんて例文が考えられ、表面上だけでも円滑にことが進めるように見せる事が出来る【偽物=恰好の言葉】と言った印象です。

おべっか

本当の意味は
・一般的には自分に良い印象を持ってもらいたい人に対して使う
・人間関係を良くしたり、場の雰囲気を尚語ませたりしたい時 にも役立つ

人生過ごしていると一番難しいのはご存じの通り「人間関係」
私が知っているのは、女性だからこその人間関係、面倒くさいのです、陰湿で。女性の皆さん共感いただけるでしょうか?

小学生3年生を過ぎると、隣にいる人と仲良くなる事から、気の合う人とつるむようになる、
個性が強く出る時期で、強いリーダーが出てくる、
考えが合わない人は違うグループに、いわゆる仲間外れになり得る環境が作られる。そのような過程があり人間関係もここで変化する、
この時期は、なるべく変化を見守り、自己解決するのを待つ必要がある

ここで大切になるのが「決断」


ここのグループに居続けるのか、違うグループを自ら選ぶのか
波風を立てずにフェードアウトをするのか、
それらを決断するには必ず、自分の心の声に向き合う必要がある
とは言え、
自分が小学3年生以上の時に母親に「心の声はなんて言っている?」と聞かれたことはないし、そもそも3年生の時の悩みは覚えていない。
それ以上の学年になると、母親に悩みを相談することが恥ずかしく、心配もかけたくなかった。

昔話

中学生の時、休憩時間に廊下から教室に戻ると自分の机の上に置いていたふでばこの様子がおかしい。
周りのクラスメイトは笑っている。
何も気にしていないふりをして、おもむろに机に向かう。
そこには、カッターで複数の切込みを入れられ、その切込みにシャープペンの芯を縦にいくつも刺してセロハンテープで止められていた。
それに気づいた私を見て、茶化しを促すリーダーは、窓を開けるように舎弟に指示。気づけば、そのふでばこは宙をとび3階の窓から裏庭へ。
何がおもしろいの?不思議。

買ったばかりのふでばこ。ふでばこがかわいそう。
クラスがこんな状態でも、母親に言わなかった。
言うという決断をしたなら少しはあの記憶は楽になるのだろうか…。
そのような考えが蘇ってきたのは、現職でこの環境に陥ってから。

年齢的にも、環境的にも成長しているはずなのに
記憶上の最悪の出来事という観点で思い出してしまったのだ。

ふでばこ事件も、現職のさよなら上司も

本質はというと「自分の行動で、現場は変えられなかった」という事実だけが残る。まるで混ぜ損ねたココアの粉、ずっと残る

だけど今は決断できる
出来ることをトライし続けたことである程度の自分を許せるようになった。
「環境を変えたい」と自分の心の声に耳を全力で傾けてみることも出来るようになった。
「気づかないふり」をしていた過去の私とは違う。

ついに退職届を出した。
根本的解決をもみ消され、私の長所も長所じゃないと、
「仕事は多少認めている、顔が怖いから嘘でも笑え、鏡置いてやろうか」と逆に鏡を置いてあげたくなるような顔に言われ、そこさえ直せば、良くなる、勿体ないぞと言われ続け1カ月経った。

退職の話

わたしが退職の話を出すまで、ここらで「勿体ない」という発言をばかの一つ覚えかのように飛び交う。
いざ退職の話をだすと上司からおべっかの一言も出てこない
仕方ないか、マネージャーが決断できないことが露呈され、決断を私が下したんだから。

ここまでくると、仮に上司が少しは良い人だったとしても辞めるのを辞めさせるのは確率的に低い。
しかし、本当に社員をフラットに人として接しているマネージャーだったとしたら、他にアクションはあっただろうに。嘘でも笑え?どの口が言った?では私も一言書かせてもらおう。

「嘘でもマネージャーに就かせてもらっているんだから。おべっかを言うべきだ」とつくづく毒上司だなと感心する。

ときどきの決断において、しっかりと向き合った時には
今の自分で過去の自分を守ってあげられる。体験を伸びしろにして、プラスに考える事ができる。

自分だけは自分の事を信じてあげて、褒めてあげよう。
大丈夫だ、今自分が何をしたい、何を大切にしたいという本質が探せば。

最後までご覧いただきありがとうございます。
様々な事を書くのでまたみてください(*’ω’*)


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