見出し画像

神々のオッサン達【ショートストーリー】

 病室にいる間はずっと、何か自問自答を繰り返していた。誰かの声掛けがまるで病室を彷徨う羽虫音のようにも聞こえていた。

 ーまるで、暗くまどろむような空間だった。
 「裕人よ、どうしてこうなった?」鬼沼のようなドス黒い声だ。
 「前日、仕事中に軽い眩暈がして、そのままフラーっと歩いたら三途の河が見えて・・・」裕人は大柄な体躯を揺らせて言う。
 「第一だな、お前は死人リストには入っていないのだよ」
 裕人は目を丸くして直立不動になった。
 「あなたには家族がいる。まだまだやるべきことが残っている」
 裕人は、はい、と言ってからまた神と思しき者の顔を見た。
 「二度と、死にたいなんて思うなよ」
 その神々しい表情は穏やかだった。
 「裕人よ、そなた名前を変えてはいかがか?」まさかまさかの神からの有り難い提案に驚愕しかないという表情を見せた。
 「大変有り難いですが、『裕人』はペンネームで、これまでのイメージもありますし・・・」いともあっさりと断った。
 神はいかにも意外であったという風に裕人を見下げた。しかし屈することなく、少し語りかけるようにゆっくりと話した。
 「『敬天愛人』という言葉を知っているか?」
 裕人は「あの、西郷隆盛の・・・」と言うなり、黙りこくった。
 「人間界で私設文学賞を創設したそうだな。文学とは正に学問。学問を教える者、常に敬天愛人の精神を持っていなくてはならない」
 神は続ける。
 「お前は、人間界に戻ったら『敬人』と名乗れ」決して譲らない、強い口調だった。
 神は偉そうに、至極真っ当なことを言っているとでも言いたげな表情だ。
 裕人はしばらく目を閉じた。
 (何を言っているんだ、このオッサンは?)
 神には心中を見透かされてしまっていても、なぜ名前を変えなくてはならないのか甚だ疑問だった。
 「イヤです!」
 彼は思い詰めてからキッパリと断った。
 こんなハッキリとした青年は初めてだ、と神は戸惑っていた。
 「よし、人間界へ帰れ」諦めたように真下に向けて人差し指を差した。
 「分かった。神のオッサン、さいならプー」裕人はどこに居ても自由人だった。
 翌日、無事に人間界に帰還した裕人は西郷隆盛に一枚も実写真が遺っていないことをフト思い出していた。

 【了】



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?