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現代版海坊主 「深海より、光なく――現代版海坊主の恐怖」

「深海より、光なく――現代版海坊主の恐怖」

舞台は、日本海に面した寂れた漁村・羽生崎。かつて賑わっていた、この村は、漁業資源の枯渇と若者の流出で衰退していた。

しかし、ある嵐の夜、漁に出た船が無人で漂流し、船体には巨大な爪痕が刻まれていた。
この事件を皮切りに、村周辺の海域で不可解な事故や異常現象が多発する。海に沈む月光の下、不気味に浮かび上がる巨大な影。

それは「海坊主」だと囁かれた。

主人公の和也は都会から戻り、祖父が残した古い漁船で暮らす若者。
ある日、彼は海坊主が原因だとされる事件の真相を探るため、科学者である幼馴染の薫、フリーランスの記者である椎名とともに調査を開始する。

だが、彼らが知ったのは、海坊主は単なる伝説ではなく、海洋汚染による生態系の異常進化と、人間の負の感情が生み出した存在であることだった。

さらに、事件の裏には、村のかつての秘密が関わっていることが明らかになる。

主な登場人物


主人公: 和也(わたる かずや)

  • 年齢: 28歳

  • 性別: 男性

  • 職業: フリーランスの漁師(元都会の会社員)

  • 容姿:身長175cm、やや日焼けした肌、無造作な短髪。筋肉質だが、都会での生活が長かったせいか少し頼りない雰囲気。目つきは鋭いが、どこか優しさを感じさせる黒い瞳。祖父の遺品である防寒ジャケットを愛用しており、それが彼のトレードマークとなっている。

  • 性格:責任感が強く、自分が関わった問題には最後まで向き合おうとする。ただし、過去の失敗から自信をなくしている部分もあり、決断力に欠ける一面がある。

  • 口癖:「なんとかなるさ。」「答えは海が知ってるんだ。」

  • 背景:東京の企業に勤めていたが、過労で体調を崩し退職。その後、幼少期を過ごした羽生崎に戻り、祖父の漁船を修理しながら暮らしている。今回の事件をきっかけに、自分の過去や村の秘密と向き合うことになる。


幼馴染の科学者: 薫(かおる)

  • 年齢: 27歳

  • 性別: 女性

  • 職業: 海洋生物学者

  • 容姿:身長160cm、細身で動きやすいジーンズやパーカーを好む。長い黒髪をポニーテールにまとめていることが多い。研究用のメガネをかけ、ペンやメモ帳を常に携帯している。瞳は冷静さを感じさせる茶色だが、熱中すると目を輝かせる癖がある。

  • 性格:理論的で冷静だが、情熱的な研究者魂を持つ。相手に厳しく接することもあるが、根は優しい。子どものころから自然が好きで、和也とは海岸で遊びながら育った。

  • 口癖:「それ、ちゃんと根拠あるの?」「海は科学で解明できる。」

  • 背景:都内の大学で研究を続けていたが、赤潮や深海生物の異常に興味を持ち、羽生崎へとフィールド調査に来る。幼馴染の和也と再会し、事件の謎解きに協力する。


フリーランス記者: 椎名(しいな)

  • 年齢: 34歳

  • 性別: 男性

  • 職業: ジャーナリスト

  • 容姿:身長180cm、やや痩せ型で、くすんだ茶色のスーツやシンプルなシャツを着ている。短めの髪に軽い癖があり、無精髭を生やしている。カメラを首から下げ、ノートやスマホを手放さない。灰色がかった目つきが鋭いが、飄々とした雰囲気を持つ。

  • 性格:皮肉屋で軽口をたたくが、観察眼が鋭く洞察力に優れる。正義感が強く、人のためなら危険も厭わない行動派。独自の調査で村の暗い過去を暴こうとする。

  • 口癖:「スクープになるかもな。」「真実は誰のものでもない。」

  • 背景:都会のメディア業界に失望し、独立してジャーナリストとして活動。羽生崎の海難事故や環境問題を追っているうちに、海坊主の存在を知り、和也たちと共に真相を探る。


漁師の長老: 宗吉(むねきち)

  • 年齢: 68歳

  • 性別: 男性

  • 職業: 引退した漁師

  • 容姿:身長165cm、小柄で骨ばった体。白髪で無精ひげが目立つが、威厳ある顔つきをしている。擦り切れたニット帽と、潮風で色褪せたジャケットを着用している。いつも煙管を持ち、海を見つめながら一服している。

  • 性格:無口で頑固だが、必要なときには的確なアドバイスを与える。村や海にまつわる伝承をよく知っており、和也たちにとって重要な手がかりを提供する。

  • 口癖:「海は知ってるさ。」「昔から言うだろう、海坊主が怒るって。」

  • 背景:若いころは村一番の漁師だったが、ある海難事故をきっかけに引退。その事故の真相を知る唯一の生存者で、和也に祖父の意志を託す。


謎の研究者: 白石(しらいし)

  • 年齢: 40代後半

  • 性別: 男性

  • 職業: 元政府機関の研究者

  • 容姿:身長170cm、やや肥満体型で、白衣の下にシンプルな服装。小さい丸眼鏡をかけ、髪は薄くなりつつある。手にはいつもタブレットや試験管を持ち、無精ひげが目立つ。

  • 性格:知的で博識だが、自分の研究を優先するあまり倫理観が薄い部分がある。皮肉めいた言葉を好むが、本心を表に出さない。事件解明の鍵を握る人物でもある。

  • 口癖:「科学に犠牲はつきものだ。」「この現象は理論的に説明できる。」

  • 背景:政府の環境対策プロジェクトに携わっていたが、ある実験の失敗で退職。その実験が今回の事件と関わっている可能性がある。

現代版海坊主 「深海より、光なく――現代版海坊主の恐怖」

序章: 「海の影」

 潮の香りはいつでも懐かしい。
幼い頃、祖父の漁船に乗って海を駆けた記憶が蘇る。
けれど、今の羽生崎はあの頃と違っていた。

古びた家々、空き地ばかりの港、そして何より静かすぎる村。
漁村の活気はどこへ行ったのだろう。

「和也、もう帰るのか?」 振り返ると、古びた漁港で煙管をくゆらす宗吉じいさんがいた。
小柄で背中が丸まったその姿は、記憶の中の彼と変わらない。
昔から頑固で、でもどこか頼りになる人だった。

「ああ、ちょっと疲れた。家で休むよ。」

「そうか。だが、あんまり夜の海を眺めすぎるな。昔から良くないって言うからな。」
 宗吉じいさんはそう言って笑ったが、その目は笑っていなかった。


 祖父の家は港から少し離れた丘の上にある。
瓦が所々剥がれ、壁にはひび割れが走っている。

だが、俺にとっては懐かしい家だ。子どもの頃はここで、祖父から漁の話や海の伝承を聞かされながら過ごした。

 部屋に入ると、埃臭さに鼻がむずむずする。
久しぶりに戻ったこの家で暮らし始めて数週間になるが、都会のマンションとは勝手が違う。
祖父の形見の漁船を修理しては漁に出る日々だが、今の羽生崎では漁師をしても儲けにならない。
それでも、何かに突き動かされるように、ここに戻ってきた。

 祖父の日記を開く。

毎晩のように眺めるその日記には、祖父が記した漁の記録や、奇妙な海の話が綴られていた。

「昭和三十八年三月十二日」「船に近づく黒い影を見た。波が静かなのに、何かが潜んでいる気配だけはあった」

 黒い影。
子どもの頃、この話を祖父から聞いた覚えがある。
その時はただの怪談話だと思ったが、今になって妙に引っかかる。


 翌朝、港に行くと、宗吉じいさんが顔をしかめていた。
「またかよ、これじゃ漁にならねぇ。」 

じいさんが指さしたのは、網にかかった大量の死んだ魚だった。
腹を見せた魚たちは赤黒く変色し、まるで毒でも盛られたかのように腐りかけていた。

「赤潮だろうか?」 
横から聞き覚えのある声がした。
振り返ると、白いジャケットにジーンズ姿の薫が立っていた。

「薫、帰ってきてたのか。」
「調査でね。赤潮がこの辺りで増えてるらしい。しかも普通じゃない成分が検出されたとか。」

 薫は小さな試験管を取り出し、網から一部の水をすくった。
彼女の目は研究者そのもので、子どもの頃よく一緒に遊んだ彼女とは別人のようだった。

「最近、妙な話が多いんだよ。」 

宗吉じいさんが煙管をくわえながら続ける。
「海坊主だって噂だ。夜の海で、光る目をした影が漁船を襲ったとか。ま、誰も見たわけじゃねぇがな。」

 海坊主。子どもの頃、祖父から聞かされた伝説を思い出す。
深夜の海に現れる巨大な黒い影。それが現れると船は沈む――そんな話だった。
「まさか、海坊主なんているわけないだろ。」
「そうかな?」 
薫が口を挟む。
「未解明の現象なんていくらでもあるわ。海は人間が知っているよりもずっと広くて深いんだから。」


 夜、祖父の漁船に乗り込み、海へ出た。
赤潮が広がる海面は、不気味なほど静かだ。
月明かりが弱々しく海を照らし、その光が揺らめくたびに、まるで深海から何かがこちらを見つめている気がする。

 エンジン音だけが響く中、ふと視界の端に何かが見えた。
遠くの海面がかすかに輝いている。

「何だ?」
 舵を切り、その方向へ向かう。

光の正体を確かめようとする俺の心は好奇心と不安で揺れていた。
 その時だった。突然、船が大きく揺れた。

「くそっ!」
 エンジンを止め、船底を確認する。

何かがぶつかったのかもしれない――そう思って顔を上げると、海面に巨大な影が現れていた。

 それはまるで、人の頭部のような形をしていた。
黒く、不気味なほど滑らかな表面。
だが、目に見えるはずのない「視線」を感じた。

「……何だ、これ……。」

 俺の背筋が凍る。影がゆっくりと海中に沈んでいくと同時に、赤潮が波打ち、濁流が船を揺さぶった。

 気がつくと、全身が汗でびっしょりだった。

舵を握り直し、村へと引き返す。

 あれが、本当に海坊主だったのだろうか?

第2章: 「海坊主の影」

翌朝、漁港の雰囲気は一層重苦しかった。
噂が村中に広がっているのだろう、年配の漁師たちは誰もが眉をひそめ、遠巻きに俺を見ていた。
昨夜の出来事を誰かに話すべきか迷っていると、背後から軽い足音が近づいてきた。

「和也、何かあったの?」
振り返ると、薫が立っていた。
手には試験管やノートが詰まったバッグを提げている。

「昨日の夜、海で……ちょっと奇妙なものを見たんだ。」
そう切り出すと、彼女は興味深そうに眉を上げた。

「詳しく教えて。何があったの?」
俺は昨夜の出来事を話した。

海面に現れた巨大な影、赤潮の濁流、そして背後に感じた視線――。
薫は話を聞き終えると、すぐにバッグからノートを取り出し、走り書きを始めた。

「それって、もしかして赤潮が引き金になってるんじゃないかしら。赤潮に含まれるプランクトンが変異して、何か異常な影響を及ぼしている可能性があるわ。」

「変異って、どういう意味だ?」

「環境が変化すると、生物が突然変異を起こすことがあるの。例えば、化学物質や重金属に触れると、プランクトンが通常とは異なる成分を作り出すことがある。それが深海の他の生物に影響を与える可能性もあるわ。」

彼女の言葉は理屈が通っているように思えたが、昨夜の影の説明には足りない。あれはただの生物じゃない。何か、もっと人間的なものを感じたのだ。


漁港を出ると、商店街で聞き慣れない声が響いていた。

「いやあ、これだよこれ、田舎の空気は!」
俺たちが振り返ると、見慣れない男が村の中央でカメラを手に構えていた。

少し乱れたスーツに無精ひげを生やしたその男は、笑いながらこちらに向かって手を振った。

「よう、君たちが和也と薫さんか? 話を聞いてるよ。椎名ってんだ、ジャーナリストやってる。」

彼が持つ手帳やカメラから、彼が村の噂を追いかけてきたのだとすぐに分かった。

「何の用だ?」
「簡単さ。この村で起きてる不思議な話、それに海坊主のことだ。これ、結構なスクープになると思わないか?」

薫が彼を睨む。
「ただの好奇心で踏み込んでるわけじゃないでしょうね。」

「いやいや、僕も真面目に調査してるんだよ。例えば、最近の海洋汚染とか、赤潮の拡大とかね。そういう話が出てくると、だいたい裏にはもっと深い闇があるもんさ。」

彼の態度は軽薄そうに見えたが、その目には真剣さが宿っていた。
どうやら、海坊主の話をただの怪談だと考えているわけではないらしい。

「一緒に調べないか?」
椎名はそう提案してきた。

「お前みたいな記者を信用しろってのか?」
俺は思わず言い返す。
だが、薫が俺の肩を叩いた。

「和也、これ以上一人で抱え込むのは無理よ。協力者がいるなら、利用すべきじゃない?」

その言葉に、俺はしぶしぶ頷いた。


第3章: 「海坊主の記憶」

その夜、椎名が持ち込んできた古い新聞や資料を広げ、俺たちは話し合いを始めた。
資料には、昭和時代に羽生崎で起きた海難事故や、赤潮に関する記事がいくつも載っていた。

「これを見てくれ。」
椎名が指さしたのは、ある海難事故の記事だった。

「昭和三十八年三月、漁船『天明丸』沈没。乗組員五人中四名死亡、一名生還。生還者の証言により『黒い影』の存在が語られる」

「黒い影……!」俺はその言葉に引き込まれた。
祖父の日記にも書かれていた言葉だ。

「この生還者って誰だ?」
椎名が資料をめくりながら答える。

「宗吉さんだよ。君も知ってるんだろ?」

俺はその名に驚いた。
「あのじいさんが……?」
祖父の親友であり、漁師として村の歴史を知る人物――宗吉じいさんが、この事件に直接関わっていたとは思いもしなかった。

翌日、俺たちは宗吉じいさんを訪ねた。

「じいさん、昔『天明丸』って船に乗ってたことがあるだろう? その時、何があったんだ?」

宗吉じいさんは黙ったまま煙管をくわえ、俺たちをしばらく見つめていた。やがて、ぽつりと話し始めた。

「覚えてるさ。だが、話したところでお前らが信じるかどうかは別だ。」

「俺たちは本気です。あの黒い影が何なのか知りたい。」

「……黒い影。それは確かにいたよ。あれはな、普通の魚や生き物じゃない。海そのものが怒りを込めて形を作ったような、そんなもんだ。」

宗吉じいさんの話は曖昧だったが、彼の目には隠しきれない恐怖が宿っていた。


第4章: 「深海の囁き」

宗吉じいさんの話を聞いたあと、俺たちは無言のまま漁港へ戻った。
それぞれの胸には、彼の言葉が何か深い意味を持っているという確信があったが、それが何を意味するのかまでは分からなかった。

「海そのものが怒りを込めて形を作った――。」
椎名がぽつりと呟いた。

「詩的だな。でも、それじゃ何も分からない。」

「科学的な解釈をするなら、海が人間に何かしらの影響を及ぼしている、あるいは海の生態系が異常を起こしているって考えられるわ。」
薫が補足する。

「影の正体を確かめる必要がある。」
俺は決意を口にした。

「俺たちだけで足りないなら、もっと調べる方法を見つけよう。」

その晩、俺たちは近くの大学に勤務する薫の知人――海洋学の専門家である白石教授に連絡を取ることにした。


第5章: 「海底の異変」

翌日、俺たちは白石教授が滞在する調査船を訪ねた。
彼は50代半ばの無愛想な男で、灰色の髪に小さな丸眼鏡をかけていた。

「君たちの話には興味深い要素がある。だが、科学的に証明されないことを信じるほど私は愚かじゃない。」

彼は挑発するようにそう言い放ったが、俺たちの話に耳を傾け、資料を分析することには同意してくれた。

「赤潮の広がり、プランクトンの変異、それに深海の巨大生物の目撃談か……。」
白石教授は何かを考えるように目を細めた。

「君たち、深海探査を試みたことはあるか?」

「いや、そんな設備なんて……。」
俺が言いかけると、椎名が割り込むように口を開いた。

「俺たちには時間がない。海坊主の噂が広がり続ければ、この村はパニックになるかもしれない。」

白石教授は肩をすくめ、薄い笑みを浮かべた。
「分かった。私が試験運用している小型の深海探査機を使おう。ただし、危険を伴うことを理解してくれ。」

その日の夕方、俺たちは探査機を漁船に積み込み、再びあの海域へと向かった。


深夜、海面は不気味なほど静かだった。

赤潮の広がりが月明かりを反射し、海全体がまるで血に染まっているように見える。
探査機を操作する白石教授は、船内のモニターに映し出される映像をじっと見つめていた。

「……信じられない。」白石教授が声を漏らした。

モニターには、海底に広がる不気味な光の群れが映し出されていた。緑色に輝くプランクトンの塊が無数に浮遊しており、その中を巨大な影がゆっくりと動いていた。

「これが……あの影の正体なのか?」
俺が問うと、薫がモニターを指差した。

「待って、あれを見て!」

画面の中で、巨大な影が一瞬だけ振り返るように動き、カメラを見つめるような仕草をした。
俺たち全員が息を呑む。

目を見張るほどの大きさのそれは、深海魚のような形状をしているが、その動きには明らかに意図が感じられた。

「これは……進化の果てじゃない。ただの生物じゃないわ」薫が呟く。
その瞬間、探査機の映像が途切れ、船全体が激しく揺れた。

「何だ!?」

船底に衝撃が走り、俺たちは甲板に飛び出した。

波の向こう、赤潮の中から再びあの影が浮かび上がったのだ。


第6章: 「怨念の形」

それは確かに海坊主と呼ぶにふさわしい存在だった。
黒い巨体がゆっくりと海面を滑りながら近づいてくる。

巨大な目がこちらを見据え、まるで怒りを込めた視線を送っているようだった。

「和也! 操縦席に戻れ!」椎名が叫ぶ。

必死に船を操るが、波が異常に荒れ、まるで何かに引き寄せられるように船が揺さぶられる。
白石教授は探査機の機材を片付ける間もなく叫んだ。

「これはただの生物じゃない! 自然の力が何か異常な形で具現化しているんだ!」

その言葉の意味を考える間もなく、俺たちの目の前で海坊主の巨体が完全に浮上した。
滑らかな表面には赤潮のプランクトンが付着しており、ところどころから不気味な緑色の光が漏れていた。

「こいつが本当に俺たちを狙ってるのか……?」

その問いに答えるように、海坊主は突然吠え声のような音を発し、波を起こした。

「早くこの場を離れるんだ!」
薫の叫び声が響く。

俺は船のエンジンを全開にし、必死でその場を離れようとした。

背後からは怒りにも似た音が聞こえる。


夜明けとともに港に戻った俺たちは、全員が疲れ果て、呆然と座り込んだ。

「海坊主はただの伝説じゃない。怨念、怒り、環境の変化がすべて絡み合って、あの存在を作り出している……。」薫が疲れた声で言う。

「俺たちはこれをどうすればいいんだ?」
俺は呟いた。
椎名が手帳を閉じ、顔を上げた。
「どうすればいいかなんて分からないさ。でも、これだけは確かだ。村の過去と向き合わなければ、この問題は解決しない。」

「村の過去……?」

そうだ、すべての鍵は村にある。

あの存在が生まれた理由を知るため、俺たちは村の秘密を暴く決意をした。


第7章: 「村の罪」

宗吉じいさんの家を再び訪れると、彼は俺たちが来るのを待っていたかのように、煙管を片手に座っていた。

「戻ってきたか。昨夜、見ただろう?」

「ああ……あれが海坊主なのか?」

じいさんはしばらく黙り込んだ後、低い声で話し始めた。

「お前たちには、もう隠しても仕方ないだろう。羽生崎がかつて栄えていた頃、この村の漁業はな……他の村には言えないような手を使っていたんだ。」

「手を使っていた?」
椎名がすかさず尋ねる。

宗吉じいさんは、深く煙を吐き出しながら続けた。

「当時、この辺りの海には工場があった。そこで出た廃棄物を村が引き受けて海に流すことで、金を稼いでいたんだよ。そのおかげで村は栄えたが、海は汚され、魚は減った。俺たちはそれを見て見ぬふりをした。」

「まさか……そのせいで?」
薫が言葉を詰まらせた。

「そうだ。廃棄物が海に溜まり、赤潮が広がり、異常な生き物が現れるようになった。最初に黒い影を見たのは、俺がまだ若い頃だった。それが今じゃ、形を持ち始めている。」

じいさんの言葉に、俺たちは愕然とした。

村の繁栄の裏に隠された罪。

それが、あの海坊主を生み出したのだ。


第8章: 「真実の海」

宗吉じいさんの話を聞いた俺たちは、村の古い記録を調べることにした。
神社の蔵に保管されていた記録には、過去の漁業や村の取引について詳細が記されていた。
そして、そこにはある一文が目に留まった。

「天明丸が沈んだ夜、村は海に償いを捧げた」

「償い……?」
俺はその言葉の意味が理解できなかった。

「天明丸の沈没と村が関係しているのかもしれないわ。」
薫が記録を指差す。

「もしあの夜に何かを海に捧げたとすれば、それは村の罪を隠すためだった可能性がある。」

記録をさらに読み進めると、当時の村人たちが工場との不正取引を続けていたことが書かれていた。

そして、天明丸の沈没の翌日、工場の責任者が突然姿を消したという記述もあった。

「工場が関係しているなら、その跡地を調べる必要があるな。」
椎名が言った。

俺たちはかつて工場があったという海沿いの崖へ向かうことにした。


崖の上に立つと、荒れた風が俺たちの体を叩いた。工場はすでに廃墟と化していたが、地中からわずかに金属の匂いが漂ってくる。

「ここがあの工場の跡地か……」薫が足元を調べながら呟く。
「環境調査をすれば何か手がかりが得られるかもしれない。」

椎名が廃材の山を掘り返すと、小さな錆びた樽が現れた。
その表面には、かすれた文字で「有害廃棄物」と書かれている。

「これだ。この廃棄物が村の罪の証拠だ。」
椎名が声を上げる。

その時、突如として地面が揺れた。

崖下から轟音が響き、俺たちは慌てて崖の縁を覗き込んだ。

そこには、再び姿を現した海坊主がいた。


第9章: 「最後の対決」

海坊主は怒りの咆哮を上げながら、荒れた波を引き連れて崖下の岩を叩きつけていた。俺たちは一斉に後ずさる。

「くそっ、こんな近くまで来ていたのか!」
俺は叫んだ。

薫が震える声で言う。
「もしかして、ここに何かを求めているのかもしれない……廃棄物に反応しているのかも。」

椎名が即座に言った。
「ならば、こいつをどうにかして沈めるしかない!」

「だが、どうやって?」

俺たちは一瞬迷ったが、白石教授の探査機を改造し、海坊主を深海へ誘導する計画を思いついた。

「深海の圧力で奴を抑え込むんだ。うまくいけば、赤潮の発生源も封じ込められるはず。」薫が提案した。

俺たちは急いで準備を整え、最後の戦いに挑むことを決意した。


第10章: 「光なき海」

深夜、探査機を積んだ漁船で俺たちは出発した。海坊主が潜む海域に到達すると、再び赤潮の中から巨大な影が浮上してきた。

「来るぞ!」
椎名が叫ぶ。

海坊主はまるで俺たちを挑発するように動きながら、波を高く押し上げてくる。

「探査機を起動させるわよ!」
薫が叫び、遠隔操作で探査機を海中へ投入する。

探査機は赤潮を感知し、海坊主を深海へと誘導し始めた。

影は探査機の動きに反応し、徐々に海中へと姿を沈めていく。
だが、その間にも船が激しく揺れる。

「和也! 舵を取れ!」
必死に船を操りながら、俺は全身で振動を感じていた。
このままでは船が持たない。

だが、最後の瞬間、探査機が海坊主を完全に深海へと押し込んだ。

「やったのか……?」

波が静まり、海は再び穏やかになった。


終章: 「罪と再生」

事件から数日後、村には静けさが戻った。

赤潮は徐々に消え、海の色も元通りに近づいている。

「村の罪は消えない。でも、俺たちはこれからどう償うかを考えなきゃならないんだ。」

薫や椎名と語り合いながら、俺は祖父の漁船を眺めた。この海で、また新しい未来を作るために。

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