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家出と母と田舎のこと
生まれ育った故郷は由緒正しい正統派の田舎。
家の近くの小川には蛍が舞っていたし、
ドジョウもザリガニもたっくさんいたし、
遠くには南アルプスがでーんと一年中偉大にそびえていた。
最寄り駅などそもそもない。
一番近い駅まで車で30分以上かかるんだから、わざわざ電車に乗らない。
そんな田舎で人生で一度だけ家出をしたことがある。
小学校低学年だったと思う。
なんで家出をしたのかはもう忘れてしまったけど、家を飛び出してはみたもののあてがあるわけでもない。
どこかに行こうにも見渡す限りの田んぼと果樹園。
そもそも遠くに行くほどの勇気もない。
しばらく歩いて田んぼの土手に寝転がった。
きっとその時は家出をするほど頭にきていてプンプンした気分だったのだろうが、
その原因も怒りもまったく覚えていない今は、
咽ぶような草の匂いと、ひたすらに青い空と、いつだって変わらずそこにある雄大な南アルプスと、
ただ座って草をむしったり、チョロチョロと流れる水の音に耳を澄ましたり、農家の軒先に揺れる干し柿のオレンジ色だったり、
五感に刷り込まれた、ごった煮季節の私の原風景が、家出もなにも関係のない懐かしい情景が、思い起こされる。
そんな中でいつまで経っても消えない感情がひとつだけある。
当時は「野良犬」が我が物顔でそこら中を闊歩していた時代。
一度、下校時に野良犬に追いかけ回されて以来、すっかり犬恐怖症になった私は、
家を飛び出して寝転がってる場所が、野良犬に追いかけ回されたエリア(笑)であることに気がついた。
野良犬がウロウロしてないか、遠くでこちらをうかがっていないか、急激に怖くなった恐怖をはっきりと覚えている。
野良犬の恐怖と陰ってきた辺りに心細さを覚えた頃、遠くで母のでっかい声が聞こえた。
「ネリケシ~、ご飯出来たよぉ、帰っといな」
田んぼの土手からヒョイと顔を出すと、母はもう家のほうに向かって歩き出していた。
「はぁい!」
と返事をして慌てて追いかけた。
私の家出はこれで終わり。
家から五分と離れていなかった(笑)
あとで母に聞いたら、わたしが家出をしたとはまったく気がついていなかったようだ。
どうせまた近くの田んぼで悪さでもしてるんだろう。ご飯ができたよ!って聞こえたら帰ってくるら。
と、でっかい声で呼ぶだけ呼んでスタスタ帰っていったらしい。
肝っ玉のすわった母らしい。
今年も帰れそうにない。そもそも事情があって私の田舎は今はないのだ。
来年の春。原風景を見に行こうとふと思った。車検も終わって愛車も快調だ。
少し足を延ばして姉に会い、だいぶ足を延ばして母にも会いに行こう。
急にこんな気持ちになるなんて、歳をとったのかなぁ。
まぁいっか、実際、歳をとってるんだ(笑)
来年の楽しみがひとつできた。
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