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連載小説 友と呼ばれた冬

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タクシードライバーとして日々都内を流す主人公の真山。ある日、同期の大野が失踪する。元探偵の真山が真相解明に向けて動き出す。孤独を愛し、人付き合いを敬遠する主人公の心の動きをリアル…
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2024年6月の記事一覧

友と呼ばれた冬~第40話

友と呼ばれた冬~第40話

「そういえば・・・・・・」

 成田が灰皿にタバコを押しつけながら話し始めた。

「タバコを吸おうと外に出ようとした時に、大柄な男が運転席側の窓を叩いたんだ。タクシーの行燈が赤く点滅していたそうだ。SOSボタンを押すとあぁなるんだったな。それを見て『運ちゃん、どうした?大丈夫か?』と後部座席の私に凄みながら大野に声をかけたんだ」
「筋ものですか?」

「どうかわからない。物腰は柔らかかったが油断で

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友と呼ばれた冬~第39話

友と呼ばれた冬~第39話

 どこからか音楽が聞こえてきた。この音。何の曲だったろうか?

 そうだ、昔流行った海外ドラマの曲だ。懐かしい。

 あいつと二人で毎週見ていた。
「まさかあの人が裏切り者だったなんて」
 って、あいつはショックを受けていた。

 千尋はまだ小さかったから覚えてないだろうな・・・・・・。

 亡き妻と千尋の顔を思い浮かべた大野の頭に正気が戻りつつあった。

 違う。
 電話だ。あれは郷田の携帯電話

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友と呼ばれた冬~第38話

友と呼ばれた冬~第38話

「この事を話すのはフェアじゃない気がするが、あなたは信用できそうだ。どうだ?みさき」

『みさき』と呼ばれた女性が、本から顔を上げて成田を睨んだ。

「真山さんに失礼よ、成田さん」

 成田は珍しそうな顔をして美咲を見ながら訳知り顔で頷いた。

「おまえが初見でこれを出すのは珍しいからな」

 俺はなんのことだかさっぱりわからず成田を見た。

「美咲は幼い頃からこの店でたくさんの客と出会ってきたか

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友と呼ばれた冬~第37話

友と呼ばれた冬~第37話

「この前の男とは、そのことだったんですね」
「あぁ、そうだ。これを見てくれ」

 成田の着信履歴を見ると、12日の20時04分に確かに大野の携帯電話からの着信があった。

「番号は間違いないか?」
「はい、大野の番号です。どんな内容だったんですか?」

「背後が騒がしくて聞き取りづらかった。私が何度も聞き直すと興奮気味に『改めて日時は連絡するから金はきちんと用意しておけ』と、怒鳴ってきた」

「大

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友と呼ばれた冬~第36話

友と呼ばれた冬~第36話

 きっかり3時に成田が店に入ってきた。

「急に降ってきたな、休み時間に悪いな」
「一度や二度じゃないでしょ」

 成田は顔を緩めたが俺を見ると険しい目を向けながら向かいの席についた。

 地味なスーツを着込んだ成田は、映像で見た印象とは違って見えた。役人らしい厳格さが目元に刻まれているように感じられる。だが先ほど店の女性に見せた表情には、人の警戒を緩めるような人懐っこさが見えていた。

「真山さ

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友と呼ばれた冬~第35話

友と呼ばれた冬~第35話

「うちの営業所のタクシーを選んで乗っていたのか」
「ドライバーまでは選べなくても、この方法なら特定の会社の特定の営業所のタクシーに乗車することは可能です」

 営業所から近いエリアで仕事をするドライバーは多い。出庫してすぐに稼ぎ場所に到着でき、帰庫時間ギリギリまで粘れるからだ。
 歌舞伎町や西新宿エリアで充分稼げるのに、わざわざ銀座や六本木に時間をかけていく必要はない。

 新宿営業所からなら歌舞

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友と呼ばれた冬~第34話

友と呼ばれた冬~第34話

そして真相が明らかになる

 大さん橋から出港する客船が器用に向きを変えるのを眺めていると梅島から電話が入った。

「いま大丈夫か?」
「はい。成田に会いに横浜に来ています。3時に接触します」

「風の音がすごいな。発信器はうまくやったのか?」
「問題ありません。ご協力ありがとうございました」

 俺は話しながら赤レンガ倉庫を回り込み、風の穏やかな日向にあるベンチに座った。時刻は14時半を回ってい

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友と呼ばれた冬~第33話

友と呼ばれた冬~第33話

 千尋との電話を終えた俺は、すぐに成田に電話を入れた。客以外にこんなに他人と話すのは久しぶりだ。

 梅島にクレーム記録で確認してもらった成田の携帯電話にかけてみたが、「電話番号の前に186をつけておかけ直しください」とアナウンスが流れてきた。非通知は着信拒否になっているようだ。
 頭に186をつけてかけ直すと、すぐに成田が出た。

「もしもし成田ですが」
「成田さん、いま会社ですか?」

「そう

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友と呼ばれた冬~第32話

友と呼ばれた冬~第32話

 家に帰り、温めのシャワーを浴びた。身体は冷え切っていたが、高揚した心を少し冷ましたかった。
 これで千葉が車で動けばその行動を把握できる。保険を一つ手に入れた。肝心のピースはまだ見つからないが確実に前進している手ごたえがあった。

 郷田はいつまで休むつもりだろうか。郷田の動きが気になった。
 千尋を尾行した男の身元が割れたが、肝心の動きが把握できなくては千尋の安全を確保できたことにはならない。

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友と呼ばれた冬~第31話

友と呼ばれた冬~第31話

 9時台はもうピークが過ぎているとは言え、普段は空いている電車を利用している俺にとっては混雑しているように思えた。
 車内は一日の活力を充分に備えた乗客しか居ないように見えた。鬚も剃らず、シートベルトのかかる右肩辺りだけが擦れたスーツを着ているくたびれた俺は、さぞ場違いに見えていることだろう。

 密集して熱がこもった車内に、足元から上がってくる温風が追い打ちをかけて気分が悪くなりそうだった。
 

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友と呼ばれた冬~第30話

友と呼ばれた冬~第30話

 家に帰りクローゼットに押し込んであった茶色の革製のトランクを引っ張り出した。
 ソファーに座りテーブルの上にトランクを置いて開けた。中には盗聴器、広帯域受信機、コンクリートマイク、アッテネーター、小型カメラなどのかつて愛用していた道具たちがきれいに収まっている。

 俺はその中からマグネットの付いたキーケースを取り出し、ケースを開けて中からGPS発信器を取り出した。
 新しい単三電池を入れて電源

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友と呼ばれた冬~第29話

友と呼ばれた冬~第29話

 休憩を終え、旧甲州街道を新宿駅方面へ向かって走り始めた。新宿2丁目の仲通りが珍しく空いているのを見て、俺は右折して入って行った。

 普段なら俺がこの一方通行に入ることはまずない。常に渋滞していて動かないからだ。その渋滞は路地から出てくる客を狙って堂々と停車するタクシーが原因だ。
 一般車両が遅い時間にここを通ることはほとんどなく、迷惑を被るのは同業者だけだ。俺はそういう流し方が苦手だった。

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友と呼ばれた冬~第28話

友と呼ばれた冬~第28話

「会社は……、所長は大野の捜索願は出さないつもりですか?」
「その話なんだが、お前が帰ったあとに事務員に手続きをするように指示を出していた」

「では、もう届けは出されたんですか?」
「いや、まだだ。肝心の所長の承認印が押されていないと事務員がぼやいている」

「押させればいいじゃないですか」
「昨日、今日と会社に来ていないんだ、体調を崩したって話だが」
「そんな偶然……」

 と言いかけて俺は口

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友と呼ばれた冬~第27話

友と呼ばれた冬~第27話

 千尋を尾行し俺に膝を入れた男、郷田。何者だろうか?

「お前たちの二年後に入社しているな」

 梅島は乗務員台帳を見ているようだった。

「今日は当欠しているみたいだ」
「郷田は暫く休むかもしれませんよ」

「顔に絆創膏をつけて乗務するわけにはいかないな」

 俺が郷田の顔を傘で殴りつけたことを話すと、梅島が鼻で笑いながら言った。

「梅島さん、郷田の前職の記録はありますか?」
「前職は警備員を

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