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友と呼ばれた冬~第34話

そして真相が明らかになる


 大さん橋から出港する客船が器用に向きを変えるのを眺めていると梅島から電話が入った。

「いま大丈夫か?」
「はい。成田に会いに横浜に来ています。3時に接触します」

「風の音がすごいな。発信器はうまくやったのか?」
「問題ありません。ご協力ありがとうございました」

 俺は話しながら赤レンガ倉庫を回り込み、風の穏やかな日向にあるベンチに座った。時刻は14時半を回っていた。

「長引いたんですか?」
「会議か?あぁ、長引いた。大荒れだ。事故対策はすぐに話しはついたがライドシェアの賛否が結局まとまらなかった。組合が食ってかかってきたが無理もない」
「所長が賛成なんですね」

 元ドライバーか?と聞いた時の、虫けらでも見るような千葉の目を俺は忘れてはいなかった。

「頑なにな。あの人は自分の給料がドライバーたちの稼ぎのおかげだとわかってない」
「帰ったんですか?」

「帰ったばかりだ。いま所長の車はどこにある?」 

 俺はスピーカーに切り替えてGPSアプリを起動した。

「山手通りの東中野辺りです。移動してますね」
「家に帰るわけじゃなさそうだな」

「そうですね、確認しておきます。梅島さん、実は今朝、映像を見直したら気になったことがあったんです」
「なんだ?」

 スピーカーモードを切り替え、俺は大野のクレームの映像で見た女のことを梅島に話した。

「女があの後ろの車に乗っていたって言うのか?」
「はい。間違いないと思います。あの女が近くの店に逃げ込んだと言うのは嘘かもしれません」

「女と襲ってきた男たちは顔見知りなのか?」
「わかりませんが、自分を襲ってきた奴らの車に自ら乗ることはないと思います。男たちがプリウスに戻った時には、もう先に女が後部座席に乗っていたんです」

「真山、成田が乗った場所を覚えてるか?」
「はい」

 俺が説明すると梅島は正確に場所を特定した。

「明治通りから一方通行で入った先だな?」

 梅島も現役の頃は歌舞伎町で流していたのかもしれない。

「店まではわからないよな?」
「店は特定できませんが、もう一つ面白いことがわかったんです。成田の映像の他に二組の男女の映像があると話しましたよね?」

「クレームでも事故でもない映像のことだな?」
「はい。成田の映像を含めると全部で9個の映像があるのですが、成田の京王プラザホテルの予約以外は、すべて女がタクシーを止めているんです」

「店の女だったら客のためにタクシーを止めるくらいはするだろ?」
「はい、ただ彼女たちは、うちの会社、それも新宿営業所の車を確認してから手を挙げています」

 俺がこの事に気がついたのは、今朝、映像を見直した時のことだ。
 最初に気づいたのは3つめのフォルダ、Tの中にある映像だった。

 そのタクシーは歌舞伎町の区役所通りを靖国通り方面に向けて動いていた。
 「新宿区役所前」の信号は切り替わる時間が長い。
 そこでうまく赤信号で停車できれば客が乗ってくる確率が高くなる。渋滞の道路では先頭のタクシーに客が乗ってくることが多いからだ。

 どのタクシーも出来るだけ先頭で停車できるようにタイミングを見ながら走っていた。必然的に渋滞が起こり徐行以下の速度でのろのろと動くことになる。
 
 左前方の電飾が派手なビルから一組の男女が出てきた。スーツ姿の初老の男性と派手なコートをまとった女性。一見してどういう間柄かはわかる。
 女は渋滞の列に目を向けると、車体の横・・・・を見ながら男と歩き始めた。

 空車のタクシーを探す客は、まず目につきやすいルーフの上の行燈を見る。ドライバーがうっかりして「実車」ボタンを押し忘れていない限り、空車タクシーの行燈は点灯しているからだ。
 ダッシュボードの上に設置されているスーパーサインに「空車」の文字が出ていることも目安にはなるが、車両に近づかないと見えないことも多い。

 タクシーに乗りたがっている様子を見せながら靖国通りに背を向けて歩いてくるのも気になった。
 この位置からでは先頭の車両は見えないが前方の見える範囲は全て行燈が点いている。つまり空車のタクシーが数珠つなぎだった。

 女は前方まで来て車体の横を確認すると、ドライバーに向けて手を挙げた。乗車だ。

 「うちの会社のチケットだったんじゃないのか?」

 大手タクシー会社には専用チケットがある。企業とタクシー会社が契約をして発行するもので、企業は社員に渡したり、接待の際に相手に渡したりして利用される。
 都内では大手4社共通チケットのようなものも存在するが、各会社の専用チケットは、A社が発行したモノをB社で利用することはできない。

 そのため目当ての会社の空車タクシーを探す客が居ることは間違いないが、この女の場合はそうではなかった。
 渋滞の2台前の空車も俺の会社のタクシーだと行燈でわかる。その横を通過してきたのだ。

 その事を説明すると梅島も気がついた。

「そうか営業所の表記か」

 タクシーのボディには会社名とは別に、その車両が所属する営業所名が書かれている。上野なら(上)、練馬なら(練)、品川なら(品)というように営業所の頭の一文字がトランクやボディーのサイドに書かれているのだ。
 
 新宿営業所なら(新)だ。

 この映像だけではなかった。成田のクレーム映像と迎車を除けば、全ての映像で女たちはタクシーが真横に来た位置で止めていた。営業所の表記を確認してから手を挙げていたのだ。
 スピードの出せない歌舞伎町の中だからこそ通用する止め方だった。


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