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友と呼ばれた冬~第40話

「そういえば・・・・・・」

 成田が灰皿にタバコを押しつけながら話し始めた。

「タバコを吸おうと外に出ようとした時に、大柄な男が運転席側の窓を叩いたんだ。タクシーの行燈が赤く点滅していたそうだ。SOSボタンを押すとあぁなるんだったな。それを見て『運ちゃん、どうした?大丈夫か?』と後部座席の私に凄みながら大野に声をかけたんだ」
「筋ものですか?」

「どうかわからない。物腰は柔らかかったが油断できない雰囲気が漂っていた。それに身体の大きさ。威圧感があった。大野は2人の男に襲われた後にSOSボタンを押したことを忘れていて点けっぱなしだったようだ」

 客とのトラブルでドライバーが身の危険を感じた時、SOSボタンを押して周りに知らせるように会社から教育を受けている。
 このボタンを押すと行燈が赤色に点灯し、スーパーサインにはSOSの文字が表示される仕組みになっていた。

 もしこの状態のタクシーを見かけたら周りのタクシーは挙動を注意して助けたり、声をかけるなどすることが暗黙の了解で決まっていた。
 警察もこの状態のタクシーを見かけたらすぐに声をかけてくる。

「大野が説明をして私への誤解は解けた。『気をつけて流せよ』とその男は街へと消えて行った。変わったことと言ったらこれくらいだ」

 特に歌舞伎町はこういったトラブルに対して良くも悪くもお節介な街だ。通行人も、店の前で立ちんぼをしている黒服や女たちでさえも、トラブルの臭いをすぐに嗅ぎつけて集まってくる。

 取り立てて特別な出来事には思えない。千葉との会話を残したとしても、成田側からの内容しか録音はされない。なぜあの映像が途中で終わっていたのか。
 映像の開始はホスト風の男が飛び出してきたところだったが・・・・・・。

「あの日、大野の車を止めるように飛び出してきたホスト風の男が居たんですが覚えていますか?店の男ではないかと思ったのですが」
「ん?覚えてないな。タクシーを止める店の男?黒服のことか?あの店には黒服は居ないぞ。男は店長だけだ」

「そうですか。店の名前はわかりますか?」
「エンブレイスだ」

 抱擁を意味するembraceのことだろうか?これも梅島の言っていた横文字の名前に入る。

「すいません、電話を一本かけさせてください」

 俺は梅島に店の名前を確認しようと鞄から携帯電話を取り出した。

 画面に千尋から着信があったことが表示されていた。嫌な予感で手が震える。留守番電話のメッセージを再生した。千尋の声が聞こえてくる。

「真山さん、所長さんが書類の準備ができたからお父さんのことを警察に届けに行こうって。これから所長さんと一緒に新宿警察に行ってきます。また連絡します」

 時間は15:13。俺がこの店に入ってすぐにかかってきたようだ。1時間も前だ。祈るような気持ちですぐに千尋に電話をした。

「頼む、出てくれ」

 呼び出しが終わり留守番電話を受け付けるメッセージに変わった。
 千尋が千葉と一緒に居る?
 千葉が書類を用意したのか?このタイミングで?

 俺は大野の保険証と印鑑をアパートから持ち出したが、千尋には渡していない。それがなければ大野の失踪届は提出できないはずだ。

 成田が怪訝そうな顔をして俺を見ていた。俺はすぐにアプリを立ち上げて千葉の車の位置を確認したがエラーで検索不可になっていた。
 つい数時間前、梅島と電話をしながら確認した時は東中野辺りを走行していた。
 発信器の急な故障は考えにくい。となるとGPSの届かない場所に停めている、あるいはトンネル内を走っているのか?

「どうしたんだ?」
「大野の娘から、千葉と一緒に新宿警察署に失踪届けを出しに行くと留守電が入っていたんです」
「何か問題があるのか?」

「千葉の現在地は、新宿じゃありません。そもそも千葉は失踪届を出すことを渋っていた感があります」
「千葉の現在地?なぜそれがわかるんだ?」
「それは・・・・・・」

 俺が言いかけた時、テーブルの上の携帯電話が振動した。

 画面には千尋の番号が表示されている。

 千尋?携帯電話をすぐに手にした。
 
 テーブルのメニューの裏に隠してあったボイスレコーダーを取り出すと、成田が目を丸くして睨みつけてきた。

 ボイスレコーダーのマイクジャックと携帯電話のイヤホンジャックそれぞれに二股のジャックを差し込みイヤホンを耳に取り付けた。
 口に指を当てて成田に話さないように無言で知らせると店内のジャズが止んだ。カウンターの中で美咲がこちらを見て頷いている。

「もしもし?」
「真山さんか?」

 悪意に満ちた聞き覚えのない男の声が聞こえてきた。
 千葉ではない?

「誰だ?」
「大野が盗んだ映像はお前が持っているんだろ?」
「盗んだ映像?大野の家にあったパソコンなら持っているが――、誰なんだ?お前は。なんで千尋の電話を持っているんだ?」

「ちひろ?あぁ、この娘の名前か」

 千尋が側に居る?俺は焦る気持ちを抑え、深呼吸をした。
 千葉ではないことは声で分かった。郷田だ。奴しか居ない。


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