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この世の極意

目の前に座る女子が、口の横にご飯粒を付けている。
いいなあ、うん、いいよ、美しい。

整い過ぎたものに魅力を感じなくなったのは、いつ頃からだったろうか。

たとえば、カラオケで音程がピッタリ合った歌声を聞いたとき、
たとえば、細部に至るまで計算された文章を読んだとき、
たとえば、隙のないメイクを施した彫刻みたいな姿形を見たとき、
感動とは程遠い、むしろ嫌悪に近い感情が湧いてきた。

不完全な状態やいびつな形が非常に尊いものに感じられる。
なぜその状態に心を動かされるのかうまく説明できないが、
たぶんそれは人間の精神が入り込めない「外部」に関わってくるからだと思う。
100点を取れても、あえて90点で抑えておく。
あるいは、意図せず偶然に90点の状態に置かれる。
その時に、おそらく外部に存在する何かがマイナス10点分の領域に滲み出てくる。

希望と絶望が分離不能に混在した原初のうねりのようなもの、
「すべてのもの」が含まれている決定不能な過剰さが渦巻きながらこの世の贋作を叩き割っていく。

おそらくこの世のすべての極意はたった一つのことに集約される。
「常に未練を残すこと」
何に対しても、誰に対しても、あの世で使う10%の余力を残しておくこと。
その10%分の余白こそが、この世には存在しない何かを投射する場所なのだ。
その投射されたものが、美や真理の神髄をほんの一瞬だけ垣間見せてくれる。

目の前の女子がトイレに立ち、戻ってきた。
「ちょっと!口の周りにご飯粒が付いてるってなんで教えてくれないの?」
「不完全な状態にこそ美が…」
「恥ずかしいでしょ!」
「いや、美というものは…」
「変な理屈言わないで!」
「……」
ミロのビーナスがなぜ美しいのかを力説して事なきを得た。
ハウ~♪

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