#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門 四 午睡 湿った草のにおいに、ふと顔をあげた。窓の外に広がるのは、天藍。秋の空はどこまでも澄み、雨の気配は微塵もなかった。誰かが庭の水撒きでも始めたかと考えたが、そんな殊勝なものがここにいるはずもない。そもそも今の季節には不似合いな行為だ。妙だな、と訝しんでいると、廊下を駆ける軽快な足音が近づいてきた。 音弥、音弥、と扉を開ける前から呼んでいる。手にしていた真鍮の天球儀を置いて、音弥は立ちあがった。ゆっくり扉を開くと、目の前
#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門 三 幽明の迷い子 その幼子は、濡れ縁に座って空を眺めていた。星の美しい夜だった。瞬く光が何かの合図のようにも感じられる。首が痛くなるのも構わず、彼はひたすら空を見上げていた。 暗闇に一人残してはならぬといわれていたにも拘らず、家人は彼から目を離した。ほんの僅かな間ではあった。あまりに星影が明るくて、闇を闇とも思えなかったせいもある。あるいは、どれほど気をつけたとしても、いつかはそうなる運命だったのかもしれない。とにかく彼は、
#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門 二 猫は、暑い朝に 風鈴の鳴る音に、ぴくっと耳が動いた。幸い、向こうは気にするふうもない。本棚に連なる背表紙にひたすら見入っている様子だ。ここぞとばかりに歩を進めようとした、その矢先── 「隣の部屋には入れないよ」 いきなり声が降ってきた。まったく、本にかまけているとばかり思ったのに。幾分身を引きつつ仰ぎ見れば、家の主は振り返ってもいなかった。なのに更に、逃げないのかい、と言葉が続く。揶揄するような口ぶりだった。 押し黙っ
あらすじ 魔を封じ込めるために存在する古びた洋館で暮らす者たちの物語。彼らの過去や出会いと別れを、短編連作で綴る。 自身が魔物であることが疎ましい音弥は、異界に引き込まれて戻れない千浪の無垢さに惹かれている。洋館にはほかにも多くの者がいる様子だが、彼らには見えない。 住人たちを管理する洋館の主と彼ら2人の平和な日々が終わりに近づいたある日、主は音弥に「千浪を喰って人になれば」と提案する。音弥と離れ離れになりたくない千浪も、その考えを受け入れていたが、音弥は拒否。やがて最
雪が降ったら暫く会えない。僕らは何故こんなふうなのだろう。寒い間だってずっと大好きなものたちと一緒に過ごせる生き物は、この世にたくさんいるはずなのに。 冬ごもりの支度を終えた父さんと母さんを見ながら、僕は溜息をつく。君は隣で平気な顔だ。そんなに憂鬱にならなくてもいいじゃない、とまで言った。 「僕と離れて寂しくないの?」 「眠ってしまうんだから、平気よ」 「僕は寂しいな」 「なら、私の夢を見るといいわ」 冬ごもりの眠りはとても深いから、きっと夢なんて見やしない。それは君も
春の柔らかい陽射し、が、異様に熱く意地悪く感じられるのは何故だろうか。 もちろん、理由はわかっている。子供を背負っているせいだ。 海が見たい、という甥っ子を遠足気分で連れ出したのが運の尽き。 バスを降りて幾らも歩かないうちに、足が痛いといって半べそになるものだから、どうしようもなくなって、この有様である。 海など諦めて帰ればいいのだけど、せっかくここまで来たのだからという気持ちもある。潮のかおりが鼻をくすぐり、まだ海は見えないけれど気持ちが浮き立つ。 僕も海を見る
どういうわけか空に月はなく、ただ湖の上だけにその姿が浮かんでいた。秋も深まり、夜の時間が随分と長くなったこの頃、揺らめく金の輝きを木の枝の間から眺めるのが黒猫の楽しみであった。 「君の色は、僕の目の色と似ているね」 池と見紛うような小さな湖だ。試しにそっと話しかけてみると、月に声が届いたらしい。水面に細かな波が立って、柔らかな月の笑い声が返ってきた。 「いつも見てること、知ってたわ」 「見てたら、いけなかった?」 「ここに隠れてることは内緒なの。私を見たこと、誰にもいわな
日照りは三十日ばかり続いていた。村の真ん中を流れる小さな川の水かさは日ごとに減っていく。これから実りの時期を迎えようという田畑のものは、暑さにうだり生気をなくしていた。 村人たちも喉の渇きに苦しみ、困り切っていた。このままでは、秋になっても作物を得ることができない。全員が飢え死にしてしまう。何とかよい方法はないものか。 長老たちが集まり話し合いが繰り返される。しかしよい答えは得られぬまま、また日々が過ぎていった。 彼が村にやってきたのは、ちょうどそんなときだった。若く
銀河が大きく旋回した時、その先端が白鳥を掠めた。普段は滅多に起こらないことだ。けれど白鳥は随分と年をとっていて、目が悪かったから仕方なかった。あるいは銀河を仲間の群れと思って近づいたのかもしれない。彼らと逸れてから途方もない時間が過ぎていたけれど、白鳥の脳裏には仲間たちの顔がまだ鮮やかに焼きついていたのだ。 最期の時にも白鳥は、親しかった者たちの姿を思い浮かべていた。銀河に纏わりついた小惑星が飛礫のように白鳥を襲い、その身体を砕いた瞬間、人間でいうなら微笑に当たる表情が彼
note始めてみました。 書きためていたものその他諸々、少しずつ投稿していこうと思います。