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ツンデレが好きということ。

マッチングアプリで知り合った女性と会った。
会う前に通話で元カレの話をよく聞いた。本人に自覚はないがかなりの精神的DVやモラハラを受け、込み入った浮気をされ別れたという。さらに元々彼は初めての彼氏だったそうだが14歳年上で会ったその日にホテルに行きそのまま処女を散らしたらしい。
「自分なんかを愛してくれるのなんてこの人しかいない」
そんな風に思って受け入れていたそうな。

正直ネットでしか聞いたことのないような話を受け美人局を疑ったが、見るに堪えないメッセージのやり取りや本人の口調と態度から彼女はマジでそういった男に使われ続け、今もまた友人の男に頼まれたらハグをして慰めるといったこともしているらしい。

性欲と好奇心だった。
心配や同情もあったがそれと同等以上に「なら俺もいいのでは」という性欲と好奇心が滾った。
それから何度か通話を重ね、趣味の話や今までの恋愛の話などののちに彼女に精神的な病やトラウマがあるとこを知り、私たちはカフェで会うことになった。

集合場所の駅前にいる彼女を見て、電車に乗っていた時に感じていた緊張や期待は霧散し今まで以上の憐みが私の心を満たした。
人間がいたのだ。
都合よく利用され、捨てられ、自分を大切にできない価値観を植え付けられた線の細い人間がいた。

私は彼女の友人になると決めた。
彼女の友人として彼女が自分を尊重できるように私が彼女を尊重し、友人として様々な経験を共有して楽しい時間を過ごそうと決めた。
それは憐みや同情の感情も大きかったが、それよりも彼女の顔が私のタイプではなかったというのも小さくない。そう正直にここに記す。

会って少し話した後、私は本屋に行こうと提案した。元々考えていた企画があったのだ。
本屋でノートを買い、カフェでこれから行きたい喫茶店を挙げてノートに記す。そして実際に行ってみた日に、その感想などをちょこちょこ書いてみるのだ。彼女や詩を読むのが好きらしいが、自分で書いたことはないという。自分で文章を書くということは自分を客観視したり心情を整理できる。そういう意図やそもそも趣味を深めてほしいという思いを込めて私はそれを彼女に提案した。
それを聞いた彼女は喜んで快諾してくれた。むしろ、そんな提案をしてくれてうれしい、今までは私から誘うばかりだったからと言ってくれた。

小さめのリングノートを買い星野珈琲に入る。
私はアイスコーヒーとパンケーキ、彼女はアイスミルクティーを頼んだ。
彼女はかなり緊張していた。私になりにどうにか話を広げ悪くない時間を過ごせた。特に、これから行きたい場所や食べたいものを二人で提案しあう時間で彼女の緊張もほぐれてきたようで、盛り上がった。
それから、私の食べきれなかったパンケーキを食べてもらったり彼女が持ってきた本を二人で読んだ。

割り勘の会計を終えた後は彼女に近所の公園へ案内してもらう。その間も私は初めて来た街並みを楽しんでいた。
公園に着きベンチに座る。
雑談もそこそこに私は彼女に一番気になることを聞いた。ホントにあったばかりの男と友達になって手をつないだり抱擁しているのかと。そして、それは私でもいいのかと。そう聞いた瞬間さすような罪悪感を覚えたが吐いた言葉は戻せない。私は彼女に罵倒されることを期待した。
彼女が私と彼女の間の一席分の空間を詰めた。そしてこう言い放ったのだ。
「いいよ、私〇〇君(同い年なのに)のこと気に入ってるから」
そうして手を差し出してきた。
私は本当に触ってもいいのかと執拗に確認しながら彼女の細く小さな手に触れた。今にも折れてしまいそうな、華奢で温かい手だった。無言で両手を使ってひたすら女の手を撫でまわす。少しして飽きた。
私は期待に胸を膨らませながらもう一度彼女にどこまでいいのか聞いた。
「う~ん、ハグまで」
公園で話していてよかったと思った。
そして私は近くにカラオケはないかと聞き、誘う。彼女はかなり乗り気だった。
カラオケは2時間とった。てっきり、初めて「To loveる」を読んだ時のような緊張と興奮が体を支配するのかと思いきやすんなりと体は動き自然な流れで個室に入る。
彼女が右側の席、私が左側の席に座って私たちは真ん中にテーブルをはさんで両端に座るという形になる。入って数秒の沈黙は私に滾りを呼び起こすには十分だった。私はおもむろに天井と四隅を確認する。わかりやすいカメラはなかった。廊下側の小窓も、まず覗く人間はないだろう。
隣に座ってもいいかと聞くと、彼女は左手でドア側の席を叩きどうぞと言う。私は彼女の右手側の部屋の奥側に座った。手に触れる。
すでに血流は一部に集まっていた。そのせいか私の手は冷たく、彼女の手の暖かさをより強く感じる。
ハグをしたいと正直に伝えようとするとき、彼女は私の顔を見て聞いた。
「そういえばさ、わたしってかわいい?」
嘘をついた。
それまでは不誠実さも欲望も好奇心も性欲も隠さず伝えてみていたが私は面と向かってタイプじゃないと言うことはできなかった。
うん、かわいいよ、とすんなり言えた。
彼女は立ち上がり私の前に来た。私も立ち上がり、見下ろす。ぎこちないままゆっくりと彼女の体を私の腕の中に収めた。
細い。黒く長い髪が鼻先をかすめ、におう。服越しの肌を感じる。今思えば私は自分の体にしがみつく彼女の腕など全く眼中になく、ひたすら彼女の体を感じていた。さすがにと思い、腰を引く。ゆっくりと離れる。
どうだったと聞かれるが私は答えられなかった。
彼女の髪に触れる。長い黒髪。毛先はブリーチにより薄黄色になっている。
私は一度トイレに立った。

小部屋を出て、人のいる廊下を通り、トイレの前に立ち、空くのを待つ。
何をしているのだろう、俺は。
これでいいのか。誇れるのか。今までの自分たちに、この先の結果を届けたとして満足してもらえるのか。
カチャカチャと金属が触れ合う音、水の流れる音がして目の前のドアが開く。大柄の男性が出てきた。男性は私を一瞥したあと、丁寧に手を洗い鏡で身だしなみを整えて帰っていった。私もトイレに入る。
水のぶつかり合う音を聞きながら、私は理論ではなく感覚に思考を委ねた。感覚として彼女とこの先進むのは良しか、悪しか。
感覚の出した答えは、
悪し。
とても腹落ちのする結果だ。
手を洗いつつ、濡れた手で顔をぬぐう。性欲も好奇心ももう鳴りを潜めた。
個室の扉を開けると彼女はいなかった。コップも荷物もあるのでトイレに行ったのだとわかる。私は何とも晴れやかな気持ちで彼女を待った。もう過去の自分に詫びる必要はないのだ。

彼女が戻ってきた。
それでさ、と言葉をはじめ、彼女が少し緊張しているように見えた。
「恋人にはなれないかな」
彼女は私の言葉を待つ。そう、今日ずっと彼女は私が意見を求めなければ黙って言葉を待つばかりだった。
「なんかあんま合わないかも」
感覚で決めたとはいえず、どうにかその感覚を納得してもらえるような言語化をしようと頭をひねった。
「なんていうか、されるがままというか、あまりにも受け身だし。それに正直このまま流されるままっていうのは、俺としては嫌なのだけれど、でももうハグとかしちゃって正直もう恋のフェーズに戻るのも難しいかなって」
この後彼女が何を言ったのかも、私が何を返したのかももうあまり覚えていない。ただ、彼女を欲望と好奇心の生贄にした口と同じ口で、簡単に体に触れさせては駄目だと言ったのは覚えている。だが私はそれでも私自身に嘘をつくことはできなかった。過去の自分を裏切れなかった。

そうして話は済んだ。
まだカラオケの時間は15分ほど余っていたので私は歌った。一曲、思入れのある曲を全力で歌った。急に大きな声を出したからか喉に違和感を覚えたのでその一曲で終えた。
彼女も一曲歌った。小さな歌声は爆音のスピーカーにかき消され私の耳には届かない。液晶に映る歌詞を見ながら歌う彼女の横顔、その口の動きをぼんやり眺めた。

カラオケの会計を終え、駅までの道を歩く。
とりあえず何度も謝罪を口にした。罵倒され平手打ちを喰らってみたかったからだ。
最後にもう一度話すために駅の前の植え込みに二人で腰掛けた。どう説明しようか迷い、迷った末に星野珈琲では言わなかった私の初恋の話をしようと思い立った。


そういえば初恋の話してなかったから、するね。
小学校のときの友達グループの一人でさ、小3ぐらいからなのかな、あんま覚えてないけどそん時ぐらいから中学まで好きだったと思う。彼女はさ、なんていうか自分の世界とかやりたいこととか”これ”ってものがある人なんだ。俺はそんな彼女を、今はもう恋心とかはないけど尊敬してる。
というか俺の周りの友達たちってみんなそんな感じで、自分のやりたいこととか、進むべき世界みたいなのをちゃんと持ってる人が多くてさ、憧れるんだ。同時に引け目も感じるけどね。俺にはそういうのが見えてないし、臆病だから。
だからさ、俺は誰かを引っ張るような人物じゃないんだ。むしろ引っ張られたい、そんな気持ちがある。そこまで行かなくても、少なくとも言われること全部yesで答えて、要求してくれること自体がうれしいだなんて、それは俺とは合わないよ。それにもう俺はこれから君に向ける感情の多くはきっと恋とか友情とかじゃなくて、好奇心とか性欲になると思う。だって、色々過程すっ飛ばしてハグとかしてしまったし、もうそういう、互いに消費し合うような関係にしかなれないよ。でもそれは俺も君も望む関係じゃない。だから、ごめん。


彼女は「そっか、それじゃあ私じゃだめだね」と言った。
私は条件反射的に謝罪を口にする。
内心私は彼女に感謝した。彼女のお陰で長年不明瞭だった自分の好きなタイプが像を結んだからだ。

友達にもなれない。そういうことになった。
そして私は駅の中へ、彼女は町の中へ進み別れた。
ある程度進んだ私は彼女がどのように帰るのか気になり、少しだけあとをつけようかと考えたがさすがにそれは人道にも倫理にも反すると思いやめた。

帰りの電車とバスの中で、先ほど彼女に語った自分の気持ちがじんわりと馴染んでくのを感じた。
そう、俺は自分の世界を持った人が好きなんだ。俺に染まらない人、むしろ、俺を染めてくれるような人が好きなのだ。
俺はツンデレが好きだ。
暴力系ヒロインもいい。
俺の要望を拒否して、罵倒して、私はこうだと言える人が好きだ。
たまに、仕方なく優しくしてくれたら、私は無窮の愛を送るだろう。
俺はツンデレが好きなんだ。
俺を殴ってくれる人が、俺を殺せる人が。
自分の価値観、自分の世界を優先できる人。 俺の世界に染まらず、むしろ俺の世界を塗り潰し俺の価値観を殺す人。
そんな人と添い遂げたい。

Yさんありがとう。
君のお陰で俺はまた一つ、自分の中の知らない本質を掬い上げることができた。
どうか君のこれからの人生に幸あらんことを。
どうか私のこれからの人生に幸あらんことを。

ツンデレが好きということ。
それは剥き出しの愛を打ち返してくれる相手を求めているということ。
純粋な愛と熱狂的な恋の発露。

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