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洗たくマグちゃんをめぐる冒険

0.はじめに

よく聴いているポッドキャストの一つに「寝たら忘れるラジオ」がある。ヨウチャン、kanonさん、かえるさんの3人のキャスターが、眠ったら忘れてもいいよとゆるい話題を提供してくれている。寝つきの良い私は布団に入るとすぐに眠りに落ち最後まで聴くことができないので、もっぱら日中に拝聴している。忘れていいよと言われていても、気になる話題にはコメントしたくなる。第61話で取り上げられていた「せんたくマグちゃん」がそれだった。(14分40秒~)

https://netarawasureru.com/配信エピソード/「梅田君のメガネの話」「オカルト商品?の話」/

使っていながら「どういう仕組みで汚れが落ちるのか」を理解していないことに気づいた。調べみればすぐにわかるよね、軽い気持ちでつぶやいた。

ここからマグちゃんをめぐる冒険が始まった。

1.高純度のマグネシウムが入っているらしい

検索した製造元の宮本製作所の商品紹介動画をみる。

ざっくり説明すると、中に入っている高純度のマグネシウムが水と反応して水素を発生し、その水で洗たくすると汚れが落ちるらしい。

いやいや、もうちょっと詳しく知りたい。

2.マグちゃん公式プレミアムブック購入

立ち寄った書店で公式ブック(2)に出会う。マグちゃんも一つ付いている。迷わず購入。冊子を読めば詳しいことが分かるに違いない。

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「どうして、マグネシウムで汚れが落ちるの?」

① マグネシウムを水道水に入れてかくはんすると、マグネシウムの表面をおおう酸化被膜がはがれて水と反応する。
② この反応により、細かい水素の気泡が発生。これによって、水道水がpH9.5前後の弱アルカリイオン水に変わる。
③ 弱アルカリイオン水には界面活性作用がある。だから洗剤と同様に洗濯物の汚れが落ちる!

宮本製作所のWebページ(2)も同様で、このように説明されていた。分かりやすくするためか簡略化されていて、何だか怪しい気持ちさえ抱く。もっと詳しく知りたいな。

調べてみよう。

3.水とマグネシウムは反応するの?

① マグネシウムを水道水に入れてかくはんすると、マグネシウムの表面をおおう酸化被膜がはがれて水と反応する。

この①から。

マグネシウムが水と反応すると、水酸化マグネシウムと水素ができるという。

 Mg+2H2O→Mg(OH)2+H2

しかし、「純マグネシウムは常温の水中や高湿度大気中で厚い酸化被膜が容易に成長する特徴を持つ」(3)という論文もある。

マグネシウムが酸素と結びついて、表面に酸化マグネシウムの被膜を作る反応。

 2Mg+O2→2MgO

この酸化被膜が反応を邪魔するらしい。果たして洗濯機の撹拌で剥がれるのか。

また別の文献によると「マグネシウムそのものだけでは水あるいは中性塩水と反応することはないが、マグネシウムの表面に鉄系の触媒を付着させることにより、水との反応性を促進させ、食塩水中で短時間で定量的に水素を発生させることができた。」(4)とある。
マグちゃんの表示、マグネシウム99.95%という高純度マグネシウムはマグネシウムインゴットを削り出したそのものだと思っていたが、もしかしたら鉄系(Fe、FeO、Fe2O3)の触媒を付着させてあるのかも知れない。

どうなのかな。

マグネシウムは腐食に弱いと書いてあるページもあった。

酸性の液につけると溶けだしてしまうという。家庭でpH4の酸に付けることはないと思うけれど、マグネシウムって安定しないものかも。

酸化被膜は結構厄介そうね。

水素が発生するといいな。

反応式ではマグネシウムから水素を発生させることができるようだが、洗濯機の中でこの反応がうまく起こっているのかな。

4.水に沈めて観察する

洗たくに使うのは水道水でほぼ中性。強酸ではないから溶けることはないだろう。気を取り直して水に浸けてみることにする。冊子に付いていた新しいマグちゃんをボウルの水に沈めてみる。

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気体がでて来た。6分ほどでメッシュの中に気体がたまり、浮力で浮かび始める。

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撮影するのは難しいが押すと分かれる。気体が入っているのは確か。

1年以上使った古いマグちゃんも試してみる。これは同じ時間内では浮かばない。マドラーで混ぜてみてもダメ。古いと酸化被膜ってのが表面を覆って反応できずにいるのかな。

反応を助ける方法を探してみる。

マグネシウムをクエン酸水に反応させた動画を発見。

金属マグネシウムの板を5%クエン酸水溶液に浸すだけで水素の気泡が発生し続けるという。

この方法なら古いマグちゃんを元気にすることが出来るかもしれない。

外から透かして見る。何重かになったメッシュの中身は見えず、このままでは粒の色さえ分からない。仕方ない、中の粒を出してみよう。

端っこをハサミで切り開き、覗いてみた。

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真っ黒な粒が出てくるかと思っていたが、銀色に輝く粒が入っている。これに水道水を加えた。

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2分後。明らかに気泡をまとっている。水と反応している。浮く力までは出なかっただけのようだ。

ではクエン酸を加えるとどうなるだろう。100mlの水を入れていたのでクエン酸を5グラム測り取って少しずつ加えてみる。

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少し加えると激しく気泡を出し始めた。5グラムどころか1グラム程度で危険な気がしたのでやめておく。水素ならこれで良し、そうなのかな。

多量の水でクエン酸分を洗い流し、もとの粒を観察する。

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少し輝きを増して綺麗になった気もする。粒は球体ではなく、不格好にごつごつしている。それぞれにえくぼのように凹んだ部分があり、そこだけ色が黒く、軽石っぽい粗さを持っている。洗濯機の水流で混ぜられた時、ぶつかり合ってこすれやすくなるよう、これが工夫なのかも知れない。

ただのマグネシウム粒ではなさそうだ。

ここまでをまとめてみる。

表面が酸化被膜で覆われたマグネシウムを水に入れて撹拌すると、その表面がはがれることで内部のマグネシウムが露出し、これが水と反応するというが、酸化被膜がこれで剥がれるのか文献的には確認できなかった。ただし新品マグちゃんと水は反応し気体を出した。数年使用したマグちゃんの中身はごつごつした、光沢のある粒で、水の中で気体を発生することができた。このマグネシウムには何か工夫があるのかも知れない。クエン酸を少量入れることで激しく気体が発生する。

5.アルカリ性だと汚れが落ちるの?

発生したのが水素なのか確認することは諦め、次に進む。

② この反応により、細かい水素の気泡が発生。これによって、水道水がpH9.5前後の弱アルカリイオン水に変わる。

弱アルカリなのかな、pHメーターか試験紙があれば良いが、このために買うことも諦めた。信じよう。

③ 弱アルカリイオン水には界面活性作用がある。だから洗剤と同様に洗濯物の汚れが落ちる!

水がアルカリ性になるとして、なぜ汚れが落ちるのだろう。石鹸、洗剤に加えることの多いアルカリ助剤(セスキ炭酸ナトリウムや過炭酸ナトリウム、炭酸ナトリウムなど)の働きを調べてみる。

石鹸に添加されることの多いアルカリ助剤に炭酸塩があり、炭酸ナトリウムや炭酸水素ナトリウム(重曹)を溶かすと炭酸と水酸化ナトリウムが発生する。

 NaCO3+2H2O→H2CO3+2NaOH

アルカリ剤の特性を説明したページがあった。

〇アルカリ剤が脂汚れを落とす(石鹸百科株式会社)


〇アルカリ剤の特性(石鹸百科株式会社)


アルカリは、油脂の成分である脂肪酸と反応して一種の石鹸を作る。言い換えると、アルカリは、石鹸、つまり界面活性剤として働く成分を、皮脂汚れ(脂肪酸)から作るという。

何だか汚れを落としてくれそう。

界面活性剤のことも知りたくなってきた。

4.界面活性剤が汚れを落とすしくみ

界面活性剤というと、親水基と疎水基があって、水に溶けにくいものを水に分散させてくれるイメージがある。油汚れを布から引きはがして綺麗にしてくれそう。

洗濯ものの汚れが落ちるメカニズムを調べてみると、まだ完璧に説明されているわけではないらしい。意外だった。

洗浄研究は古くから行われて来たが、現在では大きく下記の二つの機構で説明されている。(5)

 ・ローリングアップ現象

 衣服に付着した油性汚れが界面活性剤水溶液中に油滴となって巻き上げられる。

 ・液晶形成機構

 油性汚れと洗剤溶液界面で液晶が形成され、それが物理的に剥がれる。

どちらも界面活性剤が関与している。

いいね、いいね。

液晶形成機構、ローリングアップ現象の両方が起こりながら界面活性剤が汚れを落とすしくみを表すと下記となる。(6)(8)

1 界面活性剤の分子が汚れとなじみやすい親油基を汚れの方に向け、水となじみやすい親水基を水の方へ向けて脂溶性の汚れに吸着する。
2 界面活性剤と水が汚れと繊維の細かい隙間にしみこみ、汚れがはがされる。
3 汚れの表面が界面活性剤の分子で覆われ、汚れは球状になって洗濯液の中に分散する。
4 界面活性剤の分子に覆われた繊維には汚れがつきにくい。

ここで界面活性剤のひとつである石鹸の反応を表してみる。

石鹸(脂肪酸ナトリウム塩)を水に溶かすと、弱酸性の脂肪酸と塩基性の水酸化ナトリウムに分解される。液性は弱塩基性になる。

 R-COONa + H2O → R-COOH + NaOH

洗濯物の汚れに多い皮脂汚れなどは酸性で、塩基性(アルカリ性)の石鹸や洗剤を使うと良いらしい。

前項で「アルカリは、石鹸、つまり界面活性剤として働く成分を、皮脂汚れ(脂肪酸)から作る」と書いた。

つまり、「マグちゃんの入った水では、洗濯物の汚れの成分である脂肪酸がアルカリと反応して一種の石鹸となり、これが界面活性剤として働く」と書き換えることができそうだ。

5.結論のようなもの

以上をまとめてみる。

1.洗たくマグちゃんと水を混ぜると気体が発生し、これは水素らしい。

2.液性がアルカリ性になり、

3.アルカリ下で、皮脂汚れなどの脂肪酸塩が脂肪酸イオンとなり、これが界面活性効果を持ち、

4.皮脂汚れなどを剥がして水に分散させ、洗い流すことができる。

ただし、洗たく物量に対する有効マグちゃん個数、洗濯時間は未確認。

以上、推論、仮定の多い考察になったけれど、洗たくマグちゃんを洗濯に使って衣類の汚れを落とすしくみを考察してみた。

中身のマグネシウム粒の作り方はきっと企業秘密だよね。
石鹸を併用しない場合、アルカリ助剤で落とせる程度の汚れなら洗濯可能なのかな。アルカリ助剤も多いと繊維を傷めるし、残留すれば皮膚に刺激を与えることになりそう。石鹸、アルカリ助剤を使いたくない場合にマグちゃんは良さそうだし、併用することで石鹸を減らすこともできそう。
300回使用可能と書かれており、効果は次第に弱まると予想されるけれど、それ以上使ったマグちゃんでも使用できそう。

実際に汚れ落ち試験などを行っていないので、説得力に欠けた考察になってしまったけれど、私自身の不安は解消された。あと1~2個買い足してもいいな。

ハサミを入れちゃったマグちゃんは、粒を中に戻して縫い合わせた。切っちゃってごめんね。また使うね。

2021.4.28 洗濯マグちゃんの効果に裏づけなしとのニュースが出た。科学的に証明するのは難しいことだったのね。

メーカーさんから研究発表が出たらスッキリするかな。今後に期待。

https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2104/28/news057.html 「洗たくマグちゃん」効果に裏付けなし 消費者庁が措置命令 シリーズ累計500万個売れた人気商品

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【参考文献・webページ】

(1)洗たくマグちゃんプレミアムブック 主婦の友社 ISBN978-4-07-436803-7

(2)宮本製作所 http://miyamotoss2.sakura.ne.j/magchan_web/products/

(3)マグネシウムの表面現象と酸化被膜の成長 小野幸子 表面技術、小特集:未来材料としてのマグネシウム、vol.62 N04,2011

(4)マグネシウムペレットによる水素発生と有機化合物、無機イオンの還元に関する研究 神谷信行、鈴木正弘 水素エネルギーシステム、vol.17,No.2,1992

(5)汚れ落ちのメカニズム 山田泉 甲南女子大学研究紀要(創立30周年記念(31))、297-309,1995

(6)汚れの科学 斎藤勝裕 ISBN978-4-7973-9360-6

(7)高純度化学所公式ブログ https://www.kojundo.blog/experiment/716/

(8)「界面活性剤メモシート」日本石鹸洗剤工業 https://jsda.org/w/06_clage/4clean_189_k.html


最後に。

田中泰延さんが著書「読みたいことを、書けばいい。」でこう書いておられた。

「つまらない」「わからない」ことも感動のひとつで、深堀りしていくと見えてくる世界があり、正しい意味で文章を「批評」として機能させることができるはずだ。(p184)

この言葉に(勝手に)後押ししてもらい「調べたけれど分からないので試してみる」というタイトルで書き始めました。けれどまとめることができず、中途半端のまま下書きに放置していました。
知りたい答えが見当たらず調べ始めた最初の勢い以上に、完成させるには大きな力を要すると分かりました。「わからない」と言うのも簡単ではありませんでした。

最後までお読み下さりありがとうございました。

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