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人生最大恋愛

4年弱付き合った人と別れた。地元を離れ一人で生き始めようとする私にとって、何もかもが魅力的でそのどれもがかっこいいと思っていた。

破天荒とまではいかないがやんちゃしている自分が大好きな、俗に言うイキってるそんなあの人が好きだった。

そんな人だから、”彼”と丁寧に呼ぶのはなんだかしっくりこない。そんな綺麗な人ではなかった

自分に自信がなかった

「帰るかまだ遊ぶか」そんな簡単な選択もできず、「お前には意志がない」といつも怒られた。否定されるのが怖くてできなかった。いつまでも遊びたかった。というか、何もしていなくてもずっと一緒にいたかった。

「なんでもいいよ」「どっちもいいよ」は言ってはいけないとよく聞くので言わないようにしていた。しかし”意志のない”私だから言わない代わりに無言と苦笑いが増えた。

「あの人はきっとそう思ってはいないだろう」「どうせ言っても通らない」

直接確かめたことなんて一度もないのに、私にはそれしか答えがなくてそれが何よりもの大正解だった。

....

何が好きだったんだろうか。笑

付き合っている時も、別れた後も同じことをずっと思っている。「どこが好きなの?」と聞かれた時も、いつも「なんか好きだから好き」と答えていた。理由があれば、それをなくしたとき、この人のことを嫌いになってしまう気がしたから、「好きだから好き」でよかった。そんな自分が唯一好きだった。


彼は浮気をした。

私と知ってる同い年の人と。許してしまった。「まだ好きだったから」

気まずい空気は案外すぐになくなった。流石の付き合いだったなあと思う。ただ、今思えば、その時にも結局お互いの見えないどこかにもやはかかったままだったんだろう。


女の勘なんてものには頼りたくなかったが気付いてしまうものは仕方がない。

彼はまた別の人に心変わりをした。

私の知らない年上の人と。許したかった。「それでもまだ好きだったから」


選択してこなかった私には、既にもう選択肢が与えられていなかった。

「別れよう」の一言は私が言った。...言うしかない空気だった。


意思表明しない方が損をする。空気を読んでしまったら負けだと思った。シンプルに、本当は別れたくなかった。「彼を思うなら別れたほうがよかった」なんてかっこい理由を自分のために着飾って言うのが精一杯だった。

次付き合った人には恐れずに自分の気持ちを伝えられる人でありたいと思う。しかしそんな次の人はそれから何年も現れない。

「なんか好きだから」の呪縛にいつまでも苦しんでいる。なんとかならんもんか。


数年経って「花束みたいな恋をした」を観た。自分と重なる部分がいくつもあって苦しくて泣いた。隣の女性も泣いていた。こんな時期なのもあって人こそ少なかったが、すすり泣く声があちらこちらから聞こえた。みんなそんな経験があるんだなあ、同志だなあと思った。

思った瞬間、自分の”人生最大恋愛”だと思っていた約4年の日々は、案外大したことのないよくある恋愛話なのかもしれないと気づいた。

そうしたら、ちょっとどうでも良くなった。


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