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NHKが持っているデータをオープンに 1人のエンジニアの熱がオールドメディアを根幹から変えるかもしれないよ

毎日めまぐるしく変わる新型コロナウイルスのデータを、24時間いつでも、誰にでも、わかりやすく伝えることは簡単ではありません。

NHKの新型コロナウイルス特設サイトの担当エンジニアとして奮闘しているのがこの「ジャージ男」。テクニカルディレクターの斉藤一成くんです。サッカー好きの彼のことをここでは「カズ」と呼ばせてもらいます。

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NHKのエンジニアのほとんどは「放送」に関わる仕事をしていますが、そのなかでカズはウェブ周りのシステムの設計から開発、運用までを手がけるいわゆる「フルスタック」のエンジニアとして異彩を放ちまくっています。

「できるものはすべてオープンにしたい」

というカズの提案で去年12月に始まったのが、NHKのサイトにある新型コロナ感染者のデータを誰でも自由にダウンロードできる取り組みです。

下のページにアクセスするとグラフの下に「データーのダウンロードはこちら」というリンクがあるのが、それです。

データをダウンロードできたからなんなの?と思う方がいるかもしれません。その疑問にはまず、新型コロナに関するデータの「厄介な問題」からご説明する必要があります。それは、

データがバラバラ…

なことです。

きょう新型コロナの感染者が何人か、重症の人は、亡くなった人は、といった情報は、国や都道府県などが毎日発表していますが、「まとめ方のポリシー」がバラバラです。例えば

・重症者の割合の算出方法

・クルーズ船やチャーター機で関係した人数を全体に入れるか入れないか

・過去のデータに誤りがあった場合にどう修正するか
などが統一されていないんですね。

そのために上記の点について、NHKではこうします、というポリシーを決めて集計し、新型コロナの特設サイトには「NHKまとめ」と表記しています。報道機関によって数値に微妙な違いがあるのは、こうした事情があるんです。

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そしてもう一つの問題が、データの「発表スタイル」も行政機関によってバラバラなことです。

データのファイルが「エクセル」だったり「PDF」だったり、ファイルではなく「サイトに公開するだけ」だったり。PDFの場合はデータをファイルから抽出したあとで文字化けなどがないか確認したり、サイトに掲載されているデータは手動や自動で取得したりなど、いずれも手間がかかります。

行政が発表するデータをダウンロードして、メディアがサイトなどで紹介する。いわばそれだけのことが、行政のオープンデータ化が遅れている今の日本でどれだけ大変か。

実際、コロナのオープンデータへのニーズは高いものがあります。地方自治体からも、ほかの地域の最新の感染状況を確認して、次の対策を立てたいという声も寄せられていましたが、地方自治体や研究者など人手の少ないところは、「余計な」集計作業には手間をかけていられない悩みがありました。

分析しやすい形に整ったデータを誰でもダウンロードできる、オープンデータにすることが今こそ求められている。行政がしなければ、どこがそれをするのか?

「公共メディアであるうちがやらなくてどうするんですか?」

カズの熱い提案で、開発が始まりました。

①全国の行政機関が発表するバラバラなスタイルのデータを整理、まとめてデータべースに入れて
②「NHKまとめ」のポリシーでデータ群をつくり
③一般ユーザー向けのファイルを生成する
というルートを数日で構築。

「オープンにしたデータが間違っていたらどうする」といった懸念にこたえて、対応ガイドラインをまとめ、去年12月にダウンロードページを公開しました。

データを開示することで専門家などが分析しやすくなり、他のデータとマッシュアップして新しい発見があるかもしれません。シビックテック(市民による技術の活用)につながることも期待されます。

こうした急な開発は、新型コロナサイトでは日常のこと。カズが常に口にすることばが、

自分は「プロトタイパー」

です。

NHKが去年(2020年)1月に公開した特設サイトは、この1年あまり、走りながら常に改修、改修、改修の繰り返しでした。

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当初は最新ニュースが中心でしたが、感染者数、死者数、重症者数などが加わり、さらに「入退院の数、PCR検査数、病床利用率を入れたい」「都道府県ごとに表示したい」「地図から選べるようにしたい」など、取材制作現場から次から次に意見が要望が出されます。

そうした声に応える開発手法が「アジャイル」、小規模にトライ&エラーを繰り返していく手法です。

オールド企業に見られがちな「スケジュールをきっちりたてた重厚長大な開発」では、コロナのような予測が難しい危機に対し、柔軟に対応することができません。「アジャイル高速回転」という必殺技のようなフレーズがよく交わされています。

大事にしているのが密なコミュニケーションです。特設サイトのチームでは毎朝、オンライン会議を実施して、記者出身の「サイト責任者」が取材現場の情報や社会・行政の動きを精査して、全体の方針を決めます。

緊急事態宣言など大きな動きがあるときには、焦点となるデータを集約します。新しいグラフやデータを作成する場合、必ず主力エンジニアであるカズに出番が回ってきます。

「とにかく心がけたのはすぐにプロトタイプ(試作版)を作ること。自分はプロトタイパー。グラフやチャートの試作版を作って、すぐに周りに示すことで、イメージを共有できるし、公開への近道になります」(カズ)

サイト展開や開発は基本的にNHKの内製で、複数のコンテンツ制作を常に並行させています。ことし1月に公開した「都道府県ごとの病床使用率グラフ」も、プロトタイプは早々にできました。

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「洗練」はムダ 凝らずに「ベタ」に

このようなグラフをつくるときにカズが常に意識していることです。

データをビジュアライズする時、「美しいスタイル」や「かっこいいデザイン」で見せたいものです。

しかしカズは「コロナには向いていない」といいます。

「小学生も含めて幅広い世代が直感的にわかるように、誰もがグラフを前に悩まないですむようにしたかったんです」(カズ)

凝った表現やモーションはできるだけ排除して、シンプルに情報を整理して並べることが、「役に立つ報道」だという考えでした。

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情報基盤や生活の一部になりたい

情報があふれ専門性が多様化する中では、報道機関は従来の「データの分析」だけでなく、「データそのもの」をオープンに提供することで、より多くの視座に基づいた分析につなげるという役割もあります。「サービスジャーナリズム」と呼ばれるものの一環と見ることもできます。

「放送やWEBで『放つ』だけじゃなく、情報基盤や生活の一部になることが、公共メディアの使命だと思っています。今一番必要とされていて、素早くできることがコロナデータをまとめることでした」

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NHKには膨大な動画の蓄積があり、取材で集めたデータもあります。

「NHKがこれからできることは多い。そのためにテクニカルな知識を活かしていくのが自分の役割だと思っています」

ところでカズ、なんで365日いつもサッカーのジャージ着ているの?
「いや、いつ試合に呼ばれても、すぐに出場できるようにと」

はい?

「まあコロナの状況なので出番ないんですけど」

…お疲れ様でした!

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斉藤 一成 メディア開発企画センター
2004年入局。ソリューションアーキテクト、プロトタイパー、システム設計、データビジュアライズ。NHK NEWS WEB、NHKニュース・防災アプリ、AIリポーター・ヨミ子も。

聞き手:山下 和彦 報道局 ネットワーク報道部
1998年入局。ニュースのデジタル展開、NHKニュース・防災アプリ、ときどきシブ5時。

ところでNHKではコロナ以外にも、様々な形で「データそのものを提供して利用してもらう」報道を進めてきました。こちらのサイトもあわせて御覧ください。いずれもデータをCSVファイルなどでダウンロードして、利用することができます。



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