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「記者、やめたくなかったのに」そんなこと、もう誰にも言わせたくない。だから…

「あぁ、やっぱり悔しかったんだ。新聞記者辞めるの。」

そんなnoteの記事を読みました。

いろんな感想を持つ人がいると思いますけど、私は揺さぶられました。ちゃんと答えなきゃ、と思いました。

この記事が書かれたきっかけとなったのが、私が書いたこちらです。

この記事の趣旨は、調査報道の価値を訴えるものです。発信後、大きな反響をいただきました。調査報道をやっている仲間たちはもちろん、読んでもらいたいと思っていた地方の若い記者たちや、霞ヶ関の最前線で取材している記者たちから、数多くのメールやメッセージをいただきました。何年も前に一緒に番組を作ったディレクター、沖縄時代の友人・知人からも。ありがたいことです。

ただ、前出の「やめたくなかったんだ」という記事を目にして、当初の趣旨とは少しずれるテーマではあるものの、心に突き刺さるものを感じました。これはちゃんとアンサー記事を書かなければ、と思いました。(獅子まいこさんとも直接、個人的にやりとりをさせていただきました。ありがとうございます)

どんな仕事であれ、就職してみたら「あれ、違ったぞ」ということはあると思います。「1回やってからでも遅くない」とは書きましたが、いち早く人生の軌道修正をするのも手だと思いますし、実際に2、3年目で転職したおかげで本当に自分がやりたかったことを見つけられ、大きな実績を上げた後輩も知っています。

とはいえ、「本当は辞めたくなかった」という人を出してしまうことは、あってはならない。

記事では、「どんなに仕事が辛くたって、自分の好きなことができる手段はあるから大丈夫!仕事の領域が無辺大な記者の世界こそ、進む方向が限られる他の仕事と違って、必ずやりたいことを見つけられる」と、現役の若い記者たちに呼びかけていたつもりでした。

でもすでに辞めざるを得なかった記者たちがあれを読んだ時に、どんな気持ちになるのか、それには思い至りませんでした。いま辞表を懐に入れている記者だって、そんなこと言われたって、という状況の人もいるでしょう。

例えば「パワハラ」、記事の舞台である30年前はその考え方がそもそもなかったのですから、今とは状況が違います。私も当時はひたすら「自分に能力や適正がないのだ」という自己否定に意識が向かっていました。今では以前とは違い、「パワハラ」が定義づけられ、社会全体で意識も向上しているとは思います。ただ、「あったこと」を無かったことにするのはよくないと思い、記事ではあえて当時の状況をそのまま書きました。
そして意識が向上したとはいえ、「パワハラ」は無くなっていません。これは記者の世界の話ではなく、どんな業界でも完全に無くすことはなかなか難しい。正直、今考えれば私自身もどれだけ反省したってしきれない振る舞いがありました。記者はそうした問題を取り上げ、無くしていくための発信をする役割も担っている、だからこそより問われるのだと思います。

今は通報窓口も、その人が使いやすいものを選べるよう複数置かれました。それでも、通報さえできない状況にある記者もいるかも知れません。パワハラに限らず、様々な事情を抱えて道に迷っているかも知れません。そんな時にどうやって回避すればいいか。その手段の一つとして「調査報道」という道、仕事を再定義し自分だけの居場所を見つけられる方法を示したつもりでもありました。あくまで私個人の方法論でしかなく、普遍性がないことは重々承知の上ですが、1人でもぴったりくる人がいればと。

記者とは、誰かの命や暮らしを守り、豊かにするために意義のある記事を書ければ、社会に貢献できたという直接的な手応えを得られる職業です。スクープであればなお良し。

でも、その実感を得られる前にやめざるを得ない状況になってはならない。だから、実際に行動に移さなければならない、と私たちは考えました。文句だけなら誰でも言えます。

そこで2017年に創設されたのが「ネットワーク報道部」という実験場です。設立のため、私も含め多くの者がなけなしの知恵を絞りました。この部ができたのは、NHKというレガシーメディアの強烈な危機感の表れだと思っています。

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ここから先は、きれい事を言うつもりも、自慢話をするつもりもありません。私たちが本気で変えたいと思っているからこそやっていること、なかなかうまくいっていないことを、道半ばではありますが、正直にご紹介します。

記者の「9時~5時勤務」を実現したい

夜討ち朝駆けなんて、必要ありません。

というと誤解があるかも知れませんが、ここで申し上げているのは「」に入った「夜討ち朝駆け」です。特にサツ回りは、いつしか「夜討ち朝駆けのための夜討ち朝駆け」、手段が目的化するということが起きていました。それでは取材でも労働でもなく、ただの虐待です。何の目的もなく「夜回り行ってこい」は、もはや口が裂けても言ってはならない。最近では、夜討ち朝駆けを廃止したというメディアの話も聞こえてきます。

とはいえ目的があり、必要な夜討ち朝駆けはすればいいのです。例えば私は、ある大手金融機関の取材の際、問題となっている融資のキーマンを見つけ、その人の家に毎晩のように通いました。こういうのは誰に言われるまでもなく、自分が聞き出したいことがあるからやることであり、記者自身も苦にならないでしょう。(大きなシェパードを飼っていらっしゃったので、それがちょっと怖かった、ということはありましたが…)
夜討ち朝駆けをしたい記者がいれば、それを妨げる制度になっていてはいけないとも思います。「取材したい」を実現させてあげる組織でありたい。それを担保しつつも、「夜討ち朝駆けありき」の悪弊から逃れることを考えました。

ネットワーク報道部には、デスクを除き21人の記者がいて、うち11人が女性記者です(5月現在)。産休中の記者もいますし、男性記者も含めて子育て中で働く時間に制約がある記者が3割を占めます。

でも働く時間に制約があるからこそ、時間を効率的に使い、効果的な発信をするようになると思うのです。そういうことを習慣化したい。その上で、こうした記者の人員構成も一般化したい。(そのための仕組みもつくりました。それは以下に順次紹介していきます。)

彼女たちは自分たちの問題意識を大切にし、こんな特設サイトまで作って、自ら運営するようになりました。

もちろんネットだけでなく、テレビやラジオにも展開しています。「個人的なことは、政治的なこと」社会の課題として提示していこうとしています。

でも、権力に立ち向かう調査報道、というようなハードなことはできないのではないかって? そうでしょうか。

ある新聞社の編集委員が、誰もが知る大スクープで新聞協会賞を受賞した際、講演の中で「やはり調査報道を実現するには9時~5時の働き方ではできない」と述べていらっしゃいました。

それを聞いて、これはなんとかしなければ、と思いました。だからこそ、「私たちは9時~5時で調査報道をやろう」とみんなに呼びかけました。そうして誕生したのが、例えばこちらのスクープ。

「オープンデータ」を収集し分析した上で現場を取材し、「9時~5時」の範囲で実現しました。海上保安庁長官が入札の方法に問題があったことを認め、見直しを図って定期的に検証する事態となりました。

当然、関係者に当たる際など、「9時~5時」の範囲でできないことはいくつもあります。ただ、テクノロジーやオープンデータ、さまざまな調査報道の手法を駆使すれば、大部分は「9時~5時」でもできるのではないかと挑戦しています。

でも包み隠さずにいうと、テクノロジーや手法を使っても、結局は「9時~5時」でできなかったものもあります。

こちらの調査報道シリーズ、「やりたい」記者が多すぎて、結局、そうした範囲で収まらないことが何度かあって…なんとかしようよ、みんな(苦笑)

まだまだ模索中ですが、「時間に制約がある記者」という言葉/概念が存在しなくなるまで、さまざまな挑戦をしていき、それがメディアの一つのモデルになれるところまで育てて行きたいと思っています。

コロナ前から「在宅勤務は当たり前」に

「9時~5時」の勤務を実現するためには、どこでも仕事ができることも肝要だと考えました。

そこで部が設立された当初から、「在宅勤務」「ノマドワーク」を当たり前にしよう、という目標を立てました。通勤時間だってもったいない。

そもそも、記者の仕事というのは社外ですることが多いわけですから、これは親和性が高いだろうと思っていました。ところが、ふたを開けてみると一筋縄ではいきません。

子どもの突然の病気で預け先がない、そんな時にはありがたがられましたが、逆に家だと落ち着いて取材の電話をしたり、原稿を書いたりできない、などの声も。会議をリモートでやろうよ、と言っても、直接顔を合わせたほうが議論が盛り上がると、結局は集まってしまったり。

その状況が一変したのが、ご存じのように「新型コロナウイルスの感染拡大」です。社会全体でリモートワークが推奨されました。以前から取り組みを始めていたので、比較的スムーズに移行できたと思います。コロナが明けても、こうした働き方がノーマルなスタイルとしてできるようにしたい。

とはいえ、「もう仕事は全て、リモートでいいですよ」という記者もいれば、「デスクがちゃんと働きを見ていてくれているのか心配。放置されているように感じる」という不安を漏らす記者もいます。(定期的に不満・不安をぶちまけられるアンケートをとっています)最近、こんなニュースもありましたよね。

放送局という仕事の性質上、スタジオを使う場合や、アーカイヴから映像を取り出す時など、出局しなければできない仕事もまだまだあります。サイト制作だって完全には在宅化は実現できていません。

さすがに会議はリモートが当たり前になりました。一方、部としてのリモート飲み会もやってみたのですが、極めて評判が悪く出席率も低いので、最近は開いてさえいません。そもそも上司の「飲み会いこうぜ」自体がある種のハラスメントですよね。やめましょう。(特に新潟局時代の後輩の皆さん、伏してお詫び申し上げます)

警電かけなくていい、泊まり勤務も集約できた「一報くん」って何?

記事にもあるように、記者は1日に何回も「警戒電話」をかけます。警察署をはじめとした各種当局、公共交通機関などに、事件・事故などが起きていないか、尋ねるものです。

これ、実はかなりの負担で、例えば警察署が多い県の放送局で泊まり勤務をすると、警戒電話を一巡するだけで何時間もかかり、仮眠さえろくに取れないという状況がありました。

それを、テクノロジーの力でなんとかしてしまおう、という記者が現れました。三輪誠司副部長です。

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解説委員も務めているこの人、IT分野を専門領域にしているのですが、自分でプログラムを書いちゃうのです。で、開発したのが、「一報くん」というツール。

これ、24時間365日、消防、自治体、公共交通機関、電力会社、気象情報などの公式サイトやSNS、メールなどをチェックし、記者にとって必要な情報だけ、自動で収集してくれます。内容によっては即座にアラートを発し、音声で読み上げてくれる機能も実装しています。

2016年11月にローンチされ、2017年7月に全国の放送局に配備されました。それ以来、警戒電話の負担を大幅に緩和してくれています。

使ってみると、局によっては人力で警戒電話をかけるよりも、効率的に情報を収集してくれることがわかりました。そしてなんと、局での泊まり勤務を拠点局に集約することさえできてしまいました。

これがいかに記者の負担を減らすか、おわかりになると思います。このツール、ほぼオープンソースで作られているので、「ほとんど開発費はかかっていません」とのこと。知恵と工夫で、記者の負担は減らせるのです。

記事も代わりに書いてくれる

そして「一報くん」はさらに進化しました。

2019年の夏に実装したのが、収集した情報をもとに原稿を自動で書いてくれるシステム。これ、いま流行りのRPA(Robotic Process Automation)というテクノロジーですね。

交通機関の運行や地震の発生、新型コロナウイルスの感染者数の速報など、様々な情報を次々と原稿化。あまり知られてない地方の地名や駅名などにも、全て読み仮名を付けてくれる優れものです。記者が調べるより、絶対に早い。

まさに「記者いらず」。30年前のあの日にあったら、私がうなだれている間にヘリ事故の一報記事を書いていてくれたことでしょう。もしかしたらあなたがテレビやラジオで聞いているあの記事も、元は「一報くん」が書いた記事かも知れません。

とはいえ、完璧、というわけではありません。使う前に若干の修正が必要になることもあります。もちろん、出すには情報の確認も必要です。

記事の自動作成については、日経新聞が企業の決算情報をAIによって自動配信している「決算サマリー」などもありますね。

こちらは働き方改革というより、人力では書き切れない大量の発信をするためだと聞いていますが、こうした動きはメディアの間でさらに広がっていくでしょう。

ただ、本質的なことに立ち返ると、交通情報や自治体の発する防災情報などは、本来、交通機関そのものが利用者に、自治体が地域の住民に、直接いち早く届けるべきものではないでしょうか。警察や消防などの当局だってそう。そういう仕組みになっていないので、発信力のあるメディアがいわば代行しているようなところがあります。

そういう社会が実現されれば、メディアは「一報」に割いている多大なリソースを、当局が発信している情報が本当なのかという検証の方に当てられるようになり、より本質的な役割を果たせると思うのです。

そして「早さ」だけを重視する価値観から転換できると、メディアの抱える様々な問題も解決されていくと思います。

グラフも書いてくれちゃいます

記者の皆さん、いま「エクセル勉強しろよ」って言われてませんか?

これからの記者は、自分でデータを分析できなきゃダメだし、ちょっとしたグラフぐらいは自分で作れよ、って。

正直、私もそれぐらいはできたほうがいいんじゃないかとは思っています。(勉強したい方、日本記者クラブの土曜記者ゼミで待ってますよ!)この先、入社してくる記者は、学校でエクセルを教えられているでしょうから、使えるのが当たり前になってくるでしょうしね。

とはいえ、日々の取材で勉強しているヒマなんてない、っていう人もいるでしょう。それにグラフを作れたとしても、放送や紙面、ネットに出して恥ずかしくないレベルのものを、素早く作るのは大変です。

そこで、原稿に合わせて自動的にグラフが作れちゃうシステムも用意しました。例えば、経済記者が書く各種の「経済指標」、これを自動でグラフにしてしまうシステムです。

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GDPから日銀短観、鉱工業生産指数まで。去年11月からスタートし、5月上旬までに主要な11指標、53種類のグラフを原稿に合う形で自動で作画しました。

経済部と連携してこれを作ったのは、「NMAPS」のメンバーです。

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NMAPSとは、各省庁や団体がホームページなどで公表している90万種に及ぶデータを24時間365日、自動で収集し、日々の報道や災害報道、データジャーナリズムなどに役立てているシステム。NMAPSがあるから、テレビやネットにデータを速報できます。

経済指標だけでなく、コロナに関するデータも自動作画を行っていますし、さらにいろいろなデータを自動でビジュアル化する取り組みを広げていこうと考えています。

そんなシステム、NHKだからできるのでは、と言われるかも知れません。でも将来の夢としては、このNMAPSを、いずれ全てのメディアが、そしていつかは全ての人が使えるオープンなものに進化させたい。もちろん、技術的・レギュレーション的な課題が山ほどあることは分かっていますが、NHKが得たものは全て受信料がもとになっているわけですから、あらゆる伝送路で社会に還元したいのです。

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さて、記者の負担を減らし、働き方を変える取り組み、まだまだあります。地方の記者を孤独にしてはいけないなど、後編ではその他の取り組みを紹介します。

【後編はこちらから】


熊田 安伸 ネットワーク報道部
件の記事に女性が出てこなかったのは、当時の沖縄局には女性記者が1人もおらず、という事情もありまして。まあいわゆる「男社会」だったのは否めません。今は違いますよ。私の2年後に初めて配属された西銘むつみ記者は、新聞協会賞を受賞した2015年のNHKスペシャル「沖縄戦 全記録」の主力記者で、今も沖縄局で現役バリバリです。西銘さーん、ノート書いてー。

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