ドラマ「生理のおじさんとその娘」制作の裏側で考えたこと ~生理を言語化するのってむずかしい!~
“アレ” “女の子の日”など隠語で呼ばれ、人前で話すことはタブーとされがちな「生理」。
私自身、ドラマ制作に長年携わりながら、登場人物が「生理中」という描写は一度もしたことがありませんでした。
なぜ私たちは「生理」と口にできないのか。どんな世の中であれば生理中でも生活しやすいのか。
ドラマ「生理のおじさんとその娘」の制作は、言語化されていないモヤモヤを一つ一つ解きほぐしていくことから始まりました。
(特集ドラマ「生理のおじさんとその娘」演出 橋本 万葉)
生理をめぐる“すれ違い”を描いたドラマ
「生理のおじさんとその娘」というドラマのタイトルを見て、びっくりした方もいらっしゃるかもしれません。
主人公の「生理のおじさん」光橋幸雄(原田泰造)は生理用品メーカーの情熱的な広報マン。男性で、生理の当事者ではありません。
半年前に幸雄が出演した動画が“バズ”ったことをきっかけに「生理のおじさん」として活動しています。
一方、「その娘」(幸雄の娘)・花(上坂樹里)は高校2年生で、そんな父親に対して複雑な思いを抱いています。
ある日、幸雄は生放送の情報バラエティーで共演したコメンテーター・北城うらら(菊地凛子)の「あなたは女性のことを全然分かってない」という挑発に興奮し、思わず「僕は娘の生理周期も把握している!」と発言。
幸雄の会社にクレームが殺到し、SNSでも大炎上。
学校でもうわさになった花は、家出をしてしまいます。
幸雄は炎上を乗り切り、愛娘と仲直りできるのか。
「生理」を巡る親子のスレ違いを2人はどう乗り越えるのか?!というのが、このドラマのストーリーです。
当事者と非当事者は、間に壁をつくってしまいがちです。
でも、その壁を低くしたり、小さくても良いから穴を開けたりすることもできるかもしれません。
そんな“可能性”を、ある親子を通して描きました。
「生理」のドラマを作ろうと思ったきっかけ
2019年、2回目の育休中のことです。
私はこれから自分のキャリアをどうしていこうかなぁとぼんやり考えていました。
そんな時、世界経済フォーラムから「ジェンダーギャップ指数2019」が発表されました。日本は前年の110位からさらにランクを下げて153か国中121位※。
このニュースに多くの女性たちがSNS上で戸惑いや怒りの声を発信しているのを連日目にしました。
(※「ジェンダーギャップ指数2022」で日本は146か国中116位)
ドラマの制作現場も“男性社会”です。
和気あいあいと進んでいる打ち合わせ中に、「この部屋に女性は私1人…」とふと気づいてしまい、なんだか居心地が悪く感じてしまうこともしばしば。
撮影は早朝や深夜に及ぶこともありますが、そもそも体の作りや持っている体力が全く違うのに、多くの男性と同じスケジュールで働かなければならないことも辛く感じます。
女性の数もロールモデルも圧倒的に少ないので、働き方を自分で見つけなくてはなりません。
こういうことに今までモヤモヤとした気持ちを抱くことはありましたが、男女格差が「ジェンダーギャップ指数」としてはっきり数字に表されたものを目にして「こういうことだったんだ!」と納得しました。
そして「女性たちを応援するドラマを作りたい」と思うようになりました。
具体的に何をドラマにしようかとネタ探しをしていた時、ある記事が目に留まりました。生理用品の歴史について書かれたものでした。
日本で最初に生理用ナプキンが発売されたのは1961年のことだそうです。
それから約60年の時がたって、今ではナプキンの性能もどんどん良くなり、ナプキン以外の選択肢もたくさん増えています。
「フェムテック」と呼ばれる分野の開発も盛んです。
一方で生理をタブー視する慣習のようなものは大きな変化のないままずっと続いていると感じました。
あらゆるドラマの中でも「生理」は“ないもの”になっています。
これはドラマとしてチャレンジする価値があるのではないかと思いました。
そこから脚本家の吉田恵里香さんや、プロデューサーらと議論を重ね、ストーリーの骨格を作っていきました。
みんなで議論を始めて、あることに気づきました。
「生理」についての考えや感じることをうまく言葉で説明できないのです。生理の経験がある女性どうしであれば、抽象的でも何となく通じ合えて共有できるのですが、生理の経験を持たない男性には詳しく言葉で説明しないと伝わりません。
それなのにはっきりとした言葉にすることができない。
男性相手に話す恥ずかしさ以前に、単純に「生理」の話をすること自体に慣れていなかったのです。
もう20年以上も生理とつきあっているのに、これまでいかに「生理」を隠し、我慢するものとして流してきたのかを痛感しました。
若い世代は「生理」をどう思っている?
主人公の娘・花は、高校2年生という設定です。
たくさんの議論を重ねて、私自身の生理についての考えはだいぶ整理されたものの、いまの10代は生理についてどう考えているのか。
ドラマのオーディションに参加した10代~20代の女性100名余に、生理についてインタビュー取材しました。以下は、悩みや困っていることを尋ねたときの返答の一部です。
同じインタビューで、スマホの使い方や最近の流行についても話を聞きましたが、当然私が10代だった頃とは様子が異なり、全くついていけません。
なのに生理の悩みは「分かる分かる!」とお互いに共感し盛り上がってしまうことさえあり、驚きました。
自分より20歳前後も若い彼女たちが、まだこんな思いをしながら生理に耐えている…。
「私たち社会は20年間、一体何をしていたのだろう?」という気持ちになりました。
かすり傷のような小さな記憶からトラウマ級の体験まで。
生理がタブー視されていることだけでなく、間違った知識を持っている人が多いこともその原因にあると感じました。
こうした一つ一つの経験の積み重ねで、私たちは「生理のことは言わない」という選択を繰り返してしまうのかなと思いました。
このドラマにも、生理について偏見をもっている人物が登場します。
花の友人・月坂さんが経血の漏れで白いズボンを汚してしまった時、月坂さんのお父さんとお兄さんは、分かりやすく嫌な顔をします。
「こんな人、令和に存在するの?」と思われるかもしれません。
でもインタビュー取材した10~20代の女性たちの話を聞く中で、こういう人たちは今もいると私は思いました。
親や大人たちのこうした振るまいが子どもたちにこういう価値観を植え付けてしまう可能性だってあると思います。
生理をオープンに語ることだけが良いことだとは思っていません。
でも、困ったときに話せる環境が整っていれば、悲しい思いをする人は減るかもしれない。
生理のない人にももう少し知識を持ってもらえたらうれしいし、生理のある人も「生理のことを話したくない」と思う時、なぜ話したくないのか、きちんと考える必要があるかもしれません。
生理のドラマ「だからこそ」挑戦したこと
脚本家の吉田恵里香さんから送られてきたドラマの最初の原稿をわくわくしながら読み始めた時、冒頭のシーンに何気なく書かれていたこの一言を見て青ざめました。
「経血がナプキンに沁みる」って、一体どうやって表現しよう…。
花が顔をしかめる?それだけでは経血が出たことまで分からない?
そもそもドラマで経血は見せる?見せない?
「生理」って言葉にするのも難しいけれど、映像にするのも難しい!
そもそも、いま目の前にいる人が生理中かどうかは女性どうしでも判断できません。生理の経験のない人にはなおさら判断するのは難しいと思います。さらに当事者自身であっても毎回、経血の出るタイミングも量も正確には予想しきれません。
それでも生理中の体には確実にいつもと違う現象が起きています。
それをきちんと可視化したいと思いました。
そこでたどり着いたのがアニメーションです。
「生理」の経血が排出される時の「ドロリ」としたあの独特の不快感をアニメーションにしました。
生理の症状は人それぞれ。
でも、「ドロリ」の感覚は多くの方が共有できるものではないでしょうか。
生理による頭痛で身体のコントロールが効かなくなる人、生理の症状が重く視界がゆがんで倒れそうになる人、身体が重くなりいつもの自分じゃなくなってしまう人。
それぞれの症状を異なる色や動きのアニメーションで表現しました。
「生理」と聞くだけで、なんだかジメジメした、欝々とした気分になってしまう人は少なくないと思います。
だからこそ、このアニメーションを含め、ドラマ全体を思いっきり爽やかに、ポップに、色鮮やかにすることで「見ていたいと思えるドラマ」であることを目指しました。
「生理のドラマなんて」と嫌悪されずに最後まで見ていただくことが、このドラマにとって本当に大切なことだと考えたからです。
女性スタッフの多さが珍しかった制作現場
繰り返しになりますが、ドラマの制作現場は “男性社会”です。
助監督時代、撮影と生理が重なると最悪でした。
ナプキンを替えに行く暇もないし、身体を労わりたい時期なのにご飯はコンビニのサンドイッチ。
寝る時間も短く、自分がどんどんボロボロになっていく…イライラするし、ミスなんてしたらどん底に落ちたような悲しい気持ちになってしまう。
月経の不調による労働損失は年間4911億円と言われています。
私も明らかに普段より仕事の質が落ちているのに、「生理中」だということは気づかれないように孤独に闘ってきました。
「生理」をテーマに掲げたこのドラマには、他の現場ではちょっと見たことがないくらい、多くの女性スタッフが集まりました。
「生理」のことを堂々と、そして自然に語れる現場はとても新鮮でした。
でも、同じ女性どうしでも「生理」については時に分かり合えないくらいいろいろな考え方があります。
「生理」の話をすることが平気な人もいれば、隠したい人もいる。
このドラマの「生理のおじさん」に嫌悪感を抱く人もいれば、「生理のおじさん」みたいな人がお父さんだったらいいなと思う人だっていると思います。
このドラマでは男性と議論することももちろん大切にしていましたが、大勢の女性スタッフのたくさんの目線からドラマを作りあげることができました。
また、男性中心になりがちなドラマ制作において、演出の私だけでなくチーフ・カメラマンやチーフ・デザイナーなど、各セクションの指揮を執り判断をする立場に女性が入ったことも意味があることだったと思っています。
多様な人がいれば、それだけ多角的な目線でのドラマ作りができます。
内容ももちろんですが、現場の働き方も変えていけるかもしれません。
「生理」がテーマだったからたまたまそうなったということではなく、今後そういう制作現場が増えていけばいいなと思っています。
「正解ないから。ラップも、生理も」
このドラマのクライマックスは突然始まるラップバトルです。
「これまでお互いの気持ちをうまく伝えられなかった父と娘がラップバトルで気持ちをぶつけ合う」というのは脚本家・吉田さんのアイデアでした。
「なんだかよく分からないけど、ラップだから言えてしまう」となれば、言語化するのが難しいとか、口にするのがタブーだとか関係ありません。
リズムに乗せてどんどん「生理」の話ができる―。
これはとても痛快なクライマックスになる!と心が躍りました。
ただ、映像にするのは大変なことでもありました。
ラップ指導はラッパーの晋平太さん。
脚本の吉田さんが書いたラップをより“ラップらしく”、大事な言葉は残しつつもところどころで韻を踏むように直していただき、かっこいい「生理ラップ」が完成しました。
ラッパー・柚子葉の部分は柚子葉役のMANONさんご自身に“生理の当事者”の目線でリリックを書いていただきました。
キャストの皆さんの多くが、ラップをするのは初めて。
晋平太さんの下、ラップの“バイブス”と呼ばれる感覚をつかむところから実際に感情を込めてラップできるようになるまで、何度もリハーサルを重ねました。
ラップバトルの最後、幸雄の部下の橘くん(三山凌輝/写真・右端)がラップバトルを突然止めてしまいます。
そして、幸雄の息子・嵐(齋藤潤/写真・左端)はこう答えます。
橘くんのセリフは脚本の打ち合わせでいろいろな議論をしているときに男性プロデューサーから出た言葉を反映したものです。
「生理」について当事者と非当事者がどんな話をしたら、お互いに良い関係になれるのか。
このラップバトルが何かのヒントになっていればうれしいです。
ドラマ「生理のおじさんとその娘」制作を通して
ドラマの撮影期間はおよそ1か月でしたが、2回も生理がやってきました。
タイミングを計ったかのように特に大事な最初と最後の撮影に重なったのです。
生理が来ると、私は頭が働かなくなり身体が重くなって、いつもならテキパキ動けることでも面倒くさくなってしまいます。
スタッフとのコミュニケーションも上手にできなくなってきて…。
「今、生理中なんです」。
その一言はやっぱり言えませんでした。「言い訳になってしまう」と感じたのです。
制作チームで「生理」についてたくさん議論を重ね、男性スタッフにも平気で生理の話をできるようになっていたはずなのに。
撮影の終盤でそういう気持ちになったことはショックでした。
今すぐ解決できることではないのだと思います。
まさに橘くんのセリフ「みんなで考えていくしかねぇんすけど、今日全部一気にはちょっと…」です。
このドラマをきっかけに一つでも多くの「生理」についての会話が生まれていたら、とてもうれしいです。
そういう小さな会話を重ねていくことで、少しずつ当事者と非当事者が歩み寄って心地の良い環境ができていくのだと思います。
私もまずは自分の家や職場をそういう環境にできるように、考えることを続けていきたいと思っています。
ジェンダーをこえて考えようについて
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