私の”人生をかけた一作”「おかえりモネ」を振り返ってみました
はじめまして。
朝ドラ「おかえりモネ」チーフ演出の一木です。助監督時代を経て、ドラマ演出歴は17年ほど。
この記事では、これまでのドラマ制作で思うことについて、プライベートも含めてつづってみたいと思います。
これまでは大河ドラマ「義経」「天地人」「八重の桜」「いだてん」、朝ドラ「どんど晴れ」「ゲゲゲの女房」「まれ」ほか、岩手県大船渡舞台の「恋の三陸」、福島県浪江町舞台の「LIVE!LOVE!SING!」など、東北を舞台にしたドラマを多く手がけました。
「おかえりモネ」は制作者としては5本目の朝ドラであり、チーフ演出としては初の作品です。というか、チーフ演出としてやれるのは生涯一作と思っておりますので、「おかえりモネ」は私の人生をかけた一作です。
そんな作品が、まもなく最終週を迎えようとしています。
この少し変わった朝ドラ…、
朝ドラなのに突き進まないヒロイン、ちょっと暗い雰囲気、進まないストーリーなどと言われているこのドラマが、どのように生まれ、どのように作られていたか。
フィナーレに向けてお伝えできればと思うことを振り返ってみました。どうかお付き合いください。
ドラマ演出の仕事とは?
まずは、ドラマの演出って一体どんなことをしているの?についてお話させていただきます。演出の仕事には、大きく分けて以下の3つのフェイズがあります。
①まずはプロデューサーと共に企画を立ち上げ、ビジュアルイメージを確立していくこと
ここには、どんな内容を、なぜ、どのように作品にするのかを明確にすること。脚本家と脚本を作ること、ドラマの舞台を選び、もっとも核となるビジュアルを作ること(ロケハンやセットイメージ作成)、キャスティング、キャラクターデザインなどが含まれます。
②現場を仕切る。現場のあらゆるものへの方向性を示すこと
脚本に書かれたシーンの舞台はどこか、時間帯はどうするか?
どういうシチュエーションから始まるか(役者同士の距離感)、どういう芝居をするか、それをどのように撮影するか、どのような印象の場面にするかの方向性を示します。そこから役者というプロの表現者や、技術美術スタッフからのアイデアをいかに取り込み、さらに豊かなものに仕上げていくか。その力も問われます。
③編集、色調整、音楽入れなど撮影後の作業で、メッセージと心地よさを最終調整すること
台本という設計図を基に立ち上がった「現場の総合力」を前に物語を再構築、さらに芝居や映像を選び出し磨き上げる編集。
伝えたいムードを感覚で感じてもらうための色調整、言葉以上の感情を想起してもらうための音楽を、選びだします。
音楽入れは選曲、ボリューム、インアウトのタイミングなど、フレーム単位で微調整する繊細な仕上げ最終段階です。
さてここで、主に②について、「おかえりモネ」の具体的場面を使ってお話します。
①や③は、プロデューサーや脚本家、スタッフとの共同作業ですが、②をやるのは演出だけです。
第20週の98回(水曜)ラストシーンであり、第3部幕開けにおける最重要シーン。
亮がモネの帰還について、「きれいごとだ」と突きつける場面です。
まずは舞台の選定。10代のころならば、2階のモネの部屋で話をすることも考えられますが、台本上の設計通り「居間」を選びました。彼らはもはや子どもではなく収入ある大人となり、家を維持するメインメンバーとなったことを、舞台空間=居間で示します。
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座る位置=ステージングは極めて重要です。
季節が夏ならばガラス戸を開け放ち、廊下縁側庭なども人物を配置する場所になりえますが、11月の東北なので、こたつに入る配置にします。
モネはテーブルのセンター席、いわゆるお誕生日席に座ることが多いですが、ここではホスト役としての位置にしました。テーブルに出ているつまみ類は、親が用意したものではなく、モネが準備したものです。
モネの位置も、家に友人を招きホスト役をする十分な年齢となったことを示すための演出です。
亮は後から来るので、もっとも庭に近い位置に配置します。
未知の位置は、寝てしまった悠人と三生に毛布をかけてやることを「利用して」意図的に途中で変えています。
この後、モネと亮のガチの対決に備えること、そして未知が、モネとの約束「私がそばにいる」を守り、3年に渡って亮をさりげなくそばで支えてきたことを、視覚的に印象付けるためです。
モネから亮を見たら(撮影したら)、未知が亮に寄り添っているように見えます。しかしリアルな距離は絶妙に開いています。恋人同士ならばもっと近づきますが、それ未満であることを、別カメラが見せる「距離」で感じてもらいたいという位置取りです。
さて、撮影する際には、一度で芝居のすべてを撮るか、方向を分けて撮るかを判断します。
二人とも感情を激高させる場面の場合は、4台のカメラを駆使して、芝居のすべてを撮ります。
例えば15週75回ラスト、モネと未知が亜哉子さん、続いて亮との電話を巡って言い合う場面は、最初から最後まで一発撮りです。亮から褒められた、東京の象徴のような服を投げる未知、投げられたモネの表情、どれも一発撮りの集中の中でこそ撮りえた芝居です。
一方、この場面の軸は亮とモネだったので、方向性を分けて撮ることにしました。モネ方向を先に、亮の方向を後にしました。
清原さんや蒔田さんは、圧倒的に一発目に驚異的な集中を見せる役者さんです。また、二人はその時の人物の考えていること、心理状態などを確認したら、それを腹に落として人格ごと表現してくるような演者です。
そして永瀬さん。歌手活動や演劇などライブの舞台経験を豊富に持つ方によく感じる表現の強さ、たくましさを、彼もやはり持っています。繰り返し演じても鮮度を失わない、それどころか、やればやるだけ登ってきてくれる人です。
二人の芝居の良さを抽出するためにも、2回に分けて撮影することを選びました。いつも穏やかな笑みをたたえ、みんなより一歩大人に近づいていたかのような亮が初めて見せる顔でした。
永瀬さんに伝えていたのは、頑張りたいと思えば思うほどままならない現実があるということです。古くから7つの海にこぎ出し、世界と交わってきた気仙沼の人々。日本中の漁師を明るく迎え入れ、「海と生きる」を掲げる強さ。圧倒的な美しい風景。
その一方で、サンマをはじめ漁獲高は目に見えて減少。人口は減り、それ以上の速さで漁業者が減っている現実があります。亮は毎日役に立ちたい、何とかしたいと思って生きている。思えば思うほど苦しくなる日がある。
それでも父が海に戻るまではと、戻りたいと思えるようにと、必死に耐えている日々がある。その日常を腹に落としてこの場面に挑みましょう、という話をしました。
最終的に、役者さんの演技に責任を持っているのも演出です。
芝居の指示や修正をどのような言葉で伝えるかは、演出の究極的な奥義だと思います。その役者さんの個性を考え、今から本番に挑もうとするメンタリティに、いかに邪魔にならず、なおかつ刺激的で具体的イメージがひらめく言葉をかけられるかは、何年やっても緊張し、役者さんに言う直前まで迷いに迷う局面です。
とにかく自分には出来ない行為です。ある人間の日常や心情を腹に落とし込み、感情を丸ごと抱きながら、カメラや照明がある中で、心からの演技をするという重さに、自分なら1シーンで倒れそうです。
これをやる役者さんのメンタリティを本当に大切にしてあげたいとは思っています。演出とは、役者さんが信じられる空間を提供し、心地よく芝居ができる空気感を作る、ということでほぼ終了と言っていい。それはそれで実に!難しいことです。
15~25歳に届けたい、おかえりモネの世界
「おかえりモネ」は主人公が15歳で東日本大震災にあってから、その後の10年をいかに生きたかを描く物語です。それはそのまま、この世代の方々にこそ、この物語を見てほしいという願いを込めています。
企画の原点に、宮城県のとある中学校の生徒が、避難所となった体育館で、卒業式の答辞を読み上げている映像があります。
涙を流しながら、「自然の猛威の前には、人間の力はあまりにも無力で、わたくしたちから大切なものを、容赦なく奪っていきました」と語り、「見守っていてください、必ずよき社会人になります」と決意と覚悟を宣言していました。深く感動すると共に、苦しくもなりました。
この子たちは、私たちがそうであったように、間違ったり回り道したり、くだらないことに必死になる自由があるだろうかと。あなたたちはどこで何になってもいいのだ、それをどうか忘れないでと願わずにいられませんでした。
亀島のモデルとなる気仙沼大島の中学生たちは、船というライフラインが絶たれた中、給食室を開け、およそ一週間物資の供給がない中、プールの水を濾過するなどあらゆる手を使って島民の命を守りました。
とにかく大人にならねばならなかった、希望にならねばならなかった子ども達の、その後の人生の奮闘や葛藤を見つめたいと思ったのが、企画の原点です。
そして本来ならばその先頭に立って活躍していたはずなのに、自分の夢を優先させたばかりに、島に戻れず島を眺めることしかできなかったモネを主人公とし、あの時何もできなかったとひそかに悔やみ続ける多くの人々の思いを託すこととしました。
しかし翻って、この物語はなにも気仙沼の話にはとどまらないと思っています。
いま災害級の渦中にあり、学生たちは今しか体験することのできない特別な時間をことごとく奪われました。
私の娘も大学に入りましたが、入学式もサークル活動も、合宿も、何度も何度も企画するも潰され、ついに何もできないまま1年半が経過しました。こんなに若者が、若者としていられないのは、戦時中以来ではないでしょうか。
それだけの災厄が降りかかる中、なぜか今の若い人たちは、私には穏やかに見えます。
もちろん、悔しくてたまらない怒りをぶつけあぐねている方もたくさんいると思います。
しかし、自分達世代やさらに上の世代とは違う、穏やかで優しい、どこか泰然とした心を若い方々に感じます。その正体は何なのだろうかと考えてきました。
もしかするとこの世代の人々は、幼いころに東日本大震災を知り、以降災害に見舞われる気候変動の時代を当たり前に生きています。世界は理不尽であり、未来が唐突に激変することを知っています。
デジタルネイティブとして情報を即座に取り入れ、世界の動きにも敏感ゆえ、このままでは世界は持続できない危うさについて考えています。人口減少のために、将来は自分たちの肩にたくさんの上の世代の生活がかかっていることも理解しています。
その上で、社会の役に立とうとしてくれているこの優しい世代の皆さんに、伝わればいいなと思っています。あなた達のことを見ているよと。決して勝手に「希望」と祭り上げることをせず、まずは私達世代が頑張るよと。だからあなた達はまず、自分の思う方へ、自由にやってみてほしいと。間違えたら戻ればいい。
「モネ」に出てくる大人たちのせりふは、実は若い皆さんに向けての、かなり直接的なメッセージでもあります。彼らは常に正しい人間ではないし、弱い部分や欠点もある。
でも子どもたちの未来のために、大人としてのきょうじを守ろうと「じたばたと」ふんばっている。そんな生き方をまずは見てほしいです。モネで描く大人世代の行動や思いは、作家の安達さんを始めとした、私たちの願いがかなり入っています。
朝ドラと現代劇、そして震災
さて、これまでの経験もある程度ありますから、朝ドラがいかにヒットを求められているかは十分理解しているつもりです。その観点では、まず現代劇であるということは実に不利です。
全てがオリジナル=制作者の意図である展開は、このSNS時代において、数千万人の方々が好き嫌いに関わらず見ることが可能な「巨大なフィールド」では本当に不利です(笑)。「一部の人々」の満足を得られればいいというものじゃない。
だからある程度「史実」に基づく骨格がある題材を選び、その味付けで勝負するのが朝ドラヒットの定石です。
これを覆しえたのは、「あまちゃん」ただ一作では?と思います。
私は「ゲゲゲの女房」(史実に基づく味付け)と「まれ」(オリジナル現代劇)のコアスタッフなので、その難しさは誰よりも分かっていました。
さらに、震災を朝ドラに盛り込むことは、「朝は明るく元気に」というコンセプトに反します。本当にこれで走るか?という迷いがなかったと言えばうそになるでしょう。
ただ、もし朝ドラをやるならば、現代に横たわる大きな課題から目を背けたくないという思いは強くありました。それは気象災害と、今の圧倒的な「生きづらさ」です。
私たちはこの先本当に生きていけるのか。
気象災害は、温暖化という地球規模の問題と共に、放置された山や限界集落など、日本の社会問題もはらんでいます。都市と地方の分断や富裕と貧困の分断から、人が人を監視し足を引っ張り合うかのような現代に、行き詰まりを感じます。
これらを先送りしたくない。朝ドラで描かれることの多い女性の社会進出や、さまざまな意味でのサクセスストーリーよりも、今女性として社会人として行き詰っていることを考えられる題材にしたい。今をとらえたい、という感覚がありました。
エンターテイメントの使命として、楽しめる作品を作らなければならない。
その一方で、震災から10年の今、“ドラマだからこそできるもの”に挑むべきでもありました。
ドキュメントでは描けない、普通の人々。前を向いて復興に向かう人の尊さをありがたく思う一方で、亡き人を忘れないために前を向かない、ドキュメントのカメラには映らない普通の人々の声、ある意味リアルな人間の姿を描くのは、創作物の大事な仕事でもあるはずです。
安達さんと私たちは、迷いながらも、そこへ踏み込んで行きました。
朝ドラと見逃し視聴
背中を押してくれたものとして、二つのことが挙げられると思います。
一つは、リアルタイム視聴だけがすべてではなく、自分の好きな時に視聴する手法が確立されつつあり、見直しのために過去に遡ることもできる時代であること。
もう一つは、リアルタイム視聴にこだわらない層が多くなるにつれて、より作品性が重視され、何度でも見たい、何度見ても発見がある、深く洞察できるドラマが求められるであろうこと。
一つ目はテレビに自動録画機能が搭載され、NHKプラスやオンデマンドなどパソコンでも視聴できる環境が整備されることで、さまざまな視聴形態を可能になっているのは自明の理と思います。
伏線が回収されたり、何かの結果が出たりした後で、もう一度見直すことが可能な今だからこそ、「おかえりモネ」は第1・2週において主人公・百音の過去をほとんど描かず物語を進行するという構成にも挑戦しました。
もう一つの内容性について。
自分も本当に朝食と弁当作りをしてきたから分かっています。米をとぎ、食器を洗いながらでも分かる内容、何回か見逃しても追いつける明快さもほしい。
ただ、それを言い訳に視聴者を簡単に見て、複雑な世界を描くことから逃げるのは間違っていると思います。また、私は先ほど述べた若い世代の台頭と共に、社会が変わっていくことも何となく感じているんです。
それはグローバルや競争社会から、よりパーソナルで人間性を尊重する社会です。
「モネ」に寄せられる感想を見て、その変化を感じ取りました。
善人しか出てこない、分かりやすい事件や対立が起こらない、一見地味で緩やかな展開です。
たしかに、例えば莉子をモネの足を引っ張るライバルに。Jテレの高村さんをモネの越えるべき障害として描くこともありえました。しかしモネ、莉子、高村は力を合わせ、共に支え合っていました。
これを「甘い」「苦労がない」と捉えることもできます。
しかし、現実を見てみれば、私もそうでした。女性の後輩に対し、一度たりとも足を引っ張りたいとか邪魔してやろうなんて思ったことはない。そんな暇はないんです。もっと大きなものと闘ってきました。それなのに、ドラマになるとなぜか女性たちの争いを描こうか、などと思ってしまっていました。
さらに、モネの世界では、祖父母世代も、教師をしていた亜哉子やモネ、未知(女性)の仕事を心から応援しています。耕治や菅波世代はもちろんのこと。平和な世界です。
しかしこれもまた自身が経験したことです。
出産から仕事に復帰してすぐ、娘はまだ一歳の赤ちゃんでした。私は北海道に住む大作家との打ち合わせにどうしても出たかった。
そこで、冬の北海道に娘を連れ出し、札幌に住む母親を旭川のビジネスホテルに呼び、娘を一日中預けて仕事に没頭しました。しかし、移動の無理がたたったのか、帰京後、娘はかぜをこじらせ重い肺炎に。さらに看病のために来てもらった福岡の義母にまで肺炎がうつってしまい、娘以上の重症に陥りました。
義父に義母の入院を知らせると同時に、私は電話で「ごめんなさい!助けてください、もうNHKは辞めます」と言いました。しかし、すぐに飛んできた義父は、私を一切責めませんでした。
だから今の私があります。
現実は、働く女性に対して、本音はどうであれ必死に応援しようとしてくれる方が、意外に多いのではないでしょうか。しかしドラマでは、家族には修羅、対立があると描きがちです。
安達奈緒子さんは、上記のような経験を持つ私ですら陥っていた思い込みを、きぜんと取り払っていきました。
何か起こらなくても、人が人を思いやるだけでドラマになっている。
安達さんの描く世界を、最初は穏やかすぎると思った方もいたと思います。しかし今は、この優しさをしっかりと受け止め、評価してくださる方がたくさんいることに、少し驚くと共に本当にありがたく思っております。時代が少し、変わってきたのかなと感じています。
大きな展開や分かりやすい対立構造がなくても、ほんの小さな心の機微を大切に感じとってくれる。迷いやためらいを見せる人間をいとおしいと見てくれる。そんな優しく繊細な、「受け手」の存在を感じるのです。
この先人口が減少し、市場のパイを奪い合うという発想だけでは立ち行かなくなります。
私達コンテンツ制作者も、同じ時間を奪い合う視聴率という指標と共に、大切なのはなぜドラマを作るのか。それは究極的には、人の心を動かすため。人に生きる喜びを感じてもらうため、人の生きる活力となるため。であろうと思います。
朝ドラをやる以上、より多くの方に見てもらえること、その期待に応えることを軽く見るつもりは決してありません。しかし両輪として、「なぜ私たちは作るのか」がこれまでより重視されるのは、「何度でも、手続きを踏んででも見たいかどうか」が問われる現代ならではと思います。
さて、「おかえりモネ」はまもなく最終回を迎えます。
私自身も、登場人物たちが本当に生きているかのような感覚があり、彼らと別れる日が怖いとさえ思っています。欠点があり、当意即妙に話ができなかったり、明るくふるまえなかったり、失敗したり失言したり・・・。
しかしだからこそ、いとおしい。
本当に人間くさい人たちです。
そしてそれは、手前みそで恐縮ですが、作家の安達さんが苦しみぬき、世代を代表するキラ星のごとき役者さん達が必死に人物を生きた証、優秀なスタッフ各位が自分の責任を全うするべく立ち続けた成果であると、言わせていただいていいでしょうか。
どうか、お一人でも多くの方々に、どんな思いでもいいです、何かが届くことを願ってやみません。最後までどうかよろしくお願いします。
※10月23日 追記しました