土曜ドラマ『探偵ロマンス』エンターテインメントを追いかけた9か月―泣き笑いスタッフ奮闘記
◆どうする探偵ロマンス
土曜ドラマ『探偵ロマンス』、最後までご視聴いただき、本当にありがとうございました!
わずか4回という短いシリーズでしたが、このドラマの世界、ご堪能いただけましたでしょうか。
チーフ演出を担当しました、ディレクターの安達もじりと申します。
2022年4月まで放送しました連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』でも演出を担当しました。
『カムカムエヴリバディ』の制作が総集編まですべて終わったのが2022年5月。そこからこの土曜ドラマ『探偵ロマンス』の制作に入りました。
(この作品に関わることになった経緯は、前回の大嶋ディレクターのnote記事をご覧ください)
とにかく一言でいうと、最後の最後まで「必死」でした。
「どうする?」「どうする?」「どうする?」
そんなことの連続でした。
関西弁で言うと…「どないしょ?」「どないしょ?」「どないしょ?」という感じでしょうか。
企画者である大嶋ディレクターの目指したいこと――今見て面白いと思えるエンターテインメント。
「エンターテインメントってなんや?」
その問いはあまりにも難解でした。
試行錯誤の連続だった『探偵ロマンス』制作の日々を振り返ってみたいと思います。
(以下、スタッフの名前は、関係性をご想像いただきたく、あえていつも呼んでいる呼称で表記します)
◆江戸川乱歩
オオシマの企画では、江戸川乱歩の小説のドラマ化ではなく、江戸川乱歩自身が主人公というものでした。
昔、学校の図書館にあった江戸川乱歩の小説をむさぼるように読んだ記憶があります。
ただ、江戸川乱歩自身がどのような人生を歩んだ人かはまったく知りませんでした。
クランクインまであと4か月。台本の影も形もない状態です。
初期メンバー5人(プロデューサーのケンさん、カサイさん。APアシスタント・プロデューサーのフジワラさん。演出のオオシマと私)で、手分けして江戸川乱歩の小説や、自伝、関係書籍を読み漁ることにしました。
「即席乱歩マニア」を目指せ!というわけです。
大好きな古本屋めぐりが始まりました。
懐かしいハードカバーの子供向けの江戸川乱歩シリーズ。
神戸の古本屋で発見!
子供の頃のワクワクを思い出しました!
乱歩の自伝を読み、作家デビュー後も、休筆期間が結構あったことを知りました。
売れっ子作家として連載小説を書き続ける中で、本当にこの内容でいいのかと自問自答し続けた乱歩。
まさに「逃避」するかのように、ぱったりと筆を絶ち、放浪の旅に出る。
そんなこともあったようです。
なんと人間味あふれるエピソードでしょう!
この「即席乱歩マニア」チーム、特に意気込んで読み漁ってくれたのがAPのフジワラさん。
いろいろとメモに書き出し、こんな要素も使えるかも!と提案してくれました。
例えばこんな感じです。
(後ほどお話しますが、この格子の仕掛け、ドラマの中ではトリックとしては使いませんでしたが、オマージュのように撮った映像は1カットあります!)
この立ち上げ期の制作演出スタッフは、まるで受験生のようです(特に時代劇の場合)。
毎日黙々と机に向かって本を読み続けて数週間。
この期間は、とにかくキーワードを集めていくことが大事になります。
自分がひっかかった言葉、素敵だなと思ったワード、いろいろと書き留めておきます。
今回殴り書きしたキーワードを見返すと…
なんとなく、イメージが沸いてきませんか。
人にも伝わり、自分の中でのブレない何かを持つ意味でも強い。
キーワード集めは、「こんなドラマにしたい!」という手がかりを探す旅でもあるのです。
そんな受験生まっしぐらな日々で疲れがたまってきた頃、オオシマが『貼雑年譜』という一冊の大型本を手に入れてきました。
江戸川乱歩が、出版目的ではなく、自らのことをひたすら書き記し、いろんな職業を経験した際の名刺や、自分が載った新聞記事、転々とした住居の間取り図など、ありとあらゆることをまとめていたスクラップブックを、後世抜粋して出版したものです。
こんな貴重な資料が!!
セット図面のような詳細な間取り図、乱歩ご本人によるイラスト(これがまた本当に上手!)もたくさん書き残されていて、すべてのヒントはここにある!そう確信しました。
(太郎の部屋や、古本屋のセットは、この書き残された資料を大いに参考にさせてもらいました)
こうして、江戸川乱歩、本名・平井太郎さんの人となりを次第に知っていきました。
ある程度知識を得たところで、江戸川乱歩のお孫さんの平井憲太郎さんにお会いしに行きました。
と我々の背中を押してくださいました。
オオシマが目指そうと言い出した「エンターテインメント」。
江戸川乱歩その人にこそ、大いなるヒントがある!
そう確信しました。
(まだヒントの所在が分かっただけです…)
◆場所の物語
オオシマが最初に提示した難題のもう一つが「現代性」ということでした。
描く時代は今からおよそ100年ほど前の大正時代です。
「現代性」のあるテーマを、時代を置き換えて描くのか。
それとも100年ほど前の時代に存在した「現代性」を浮き上がらせていくのか。
その両方に挑むのか。
取材・勉強と並行して、脚本家の坪田文さんとの打ち合わせも進めていきます。
もし、時代を置き換えて描く、ということであれば、なぜあえて大正時代なのか。
江戸時代ではだめなのか。
もちろん江戸川乱歩を題材にするということは決まっていたのですが、そんな根本的なことから議論を始めました。
オオシマが、江戸川乱歩ご本人の歩んだ人生に共感した、生きづらいと思っている人たちの「心の叫び」。
大正時代を調べれば調べるほど、今の時代との共通性を知ることになりました。
スペイン風邪の大流行はもちろんのこと、一番現代と同じ空気感を感じたのは「格差社会」だったということでした。
当時の日本は第一次世界大戦による軍需景気に沸き、「〇〇成金」と呼ばれた人が多く出現した一方で、日々の食事にもありつけない人々が数多く都会に流入していた時代。
そんな社会の構造が背景になっていると知った上で乱歩の物語をあらためて読むと、また見方が変わる、ということもありました。
全4話をどういう物語で構成していくのか。
ミステリードラマだと、1話読み切りスタイルのものも多くあります。
1話分の中で事件が起き、解決まで描くという形です。
ただ、4話という長さを考えると、4話通して一つの事件を描く、という方が「見ごたえ」がありそう。
ということで、坪田さんとの話し合いの結果、長編小説を4話に分けて描くイメージで作っていくことにしました。
“朝ドラ”の『カムカムエヴリバディ』は100年間におよぶ物語でした。
今回、もし1つの事件を描く物語だとすると、物語自体で描ける年数はさほど長くはありません。
『カムカムエヴリバディ』が「時間の物語」だったとすると、今回は「場所の物語」かもしれない。
「格差社会」というキーワードとともに、「場所」が重要な要素になってくる予感がしました。
さて、ここで、美術部の登場です。
美術部チーフのセギとのいろんな議論を経て、彼女が4つのキーワードを出してきてくれました。
(詳細は、美術デザイナー・瀨木のnote記事をご覧下さい)
そのどれもが魅力的なワードでした。
今まで頭の中だけで考えてきたものが、一気に色を持って出現してきたような、そんな感覚になりました。
ここから楽しい妄想タイムが始まります。
セギが作ったイメージボードを脚本家の坪田さんにも共有し、具体的に舞台設定を検討していきました。
まず、やっぱり「帝都」ですよね!
あくまで架空の町にしましょう!
乱歩っぽく、G街とか、R町とか…
いいっすねえ!!
ドラマの中の世界の地図を描く。
この作業はとても楽しいものです。
こんな街に住む、こんな人たちの物語。
現代設定であれば、舞台となる土地に通いつめ、そこで暮らす人々の生活を知ることから始めますが、今回は時代劇、しかもファンタジーといえばファンタジー作品です。
あくまで無責任に夢を膨らませていきました。
作ったメイン舞台設定がこちら。
どこをイメージしているか、乱歩のどの作品から拝借してきたか、などはご想像にお任せします。
坪田さんと考えたこの舞台設定を元に、セギやもう一人のデザイナー・ミナミヤ先輩がさらに一つ一つの場所の持つ世界観を膨らませてくれます。
なんか「エンターテインメント」っぽくなってきたぞ。
さすが乱歩先生の世界観!
エンターテインメントは楽しく作らないと!
(まだ「気分はエンターテインメント」程度の状態です…)
おおまかな舞台設定が見えてきたところで、一気にロケ場所探しに動きます。
場所探しから、地元の方との折衝、ロケの運営自体を取り仕切るのが「制作部」です。
制作部チーフのキヨシは、10数年来の付き合いの仲間です。
もともと車両部出身、一時期宮古島に移住してホテル運営に携わったり料理人の経験を持っていたりなど、異色のキャリアを持つ、一見ヤンチャな、でもとことん優しい兄貴分です。
クランクインまであとわずか3か月。時間がありません。
今まで様々なドラマでお借りしてきたロケ場所資料をキヨシとオオシマとセギと四人で見返すところから始めました。
BK(NHK大阪放送局の略称、コールサインJOBKに由来)でなぜ東京が舞台のドラマを作るのか、という部内からの突っ込みも含めて、時間のなさも含めて……発想を転換して、「関西でないと大正時代は描けない、ということを証明しよう!」などという(法螺話に近い)大旗を振ることにしました。
今回の制作部は、キヨシを筆頭に、カタやん、リョータ、ワタル、カンナの5人(20代から50代まで!バラエティ豊かな面々です!)。
関西生まれ関西育ち、関西愛の強いこの最強メンバー(キヨシだけは青森生まれですが…関西愛は誰にも負けません)は、手分けして、京都、兵庫、大阪、滋賀、和歌山、奈良とロケ場所探しに飛び回ってくれました。
現地のフィルムコミッションや自治体の皆さんには毎度ながらとてもお世話になりました。ありがとうございました!
◆命が宿る瞬間 キャラクター作りに格闘
クランクイン1か月半前。BKが制作していた夜ドラ『あなたのブツが、ここに』の撮影が終わり、演出部の面々もチームに合流してきました。
演出の私とオオシマの他、ガクさん、マッちゃん、ヨースケ、モロ、ハルコ、ハルトの6人です。
ガクさん(長尾楽)、マッちゃん(松岡一史)は数多くの演出経験もある、手練れです。
これほど心強いことはありません。
演出部は、「演出」に関わるすべての役割を分担して担当します。
ガクさん:スケジュール、全体仕切り、アクション担当
マッちゃん:現場の仕切り、扮装担当、タイトルバック演出
ヨースケ:美術小道具担当
モロ:エキストラ担当
ハルコ:ガン・エフェクト担当、美術小道具担当、扮装担当
ハルト:見習い(スタッフ最年少!21歳の新人!)
担務はこれがすべてではありませんが、おおまかにこのような役割分担で進めていきます。
撮影の1か月前になると、「扮装合わせ」や「ロケ下見」など、公式行事が目白押しです。
中でも緊張する大イベントが、「扮装合わせ」です。
今回は、通常一緒にやっている衣装部の他に、衣装デザイナーの方にも参加してもらいました。「衣装監修」をお願いした、宮本まさ江さんです。
私はかつて映画監督の林海象さんの元で書生をさせてもらっていた時期があり、その頃、監督の使いで宮本まさ江さんの作業場へ何度も往復したこともありました。
新人の頃にかわいがってもらった大先輩中の大先輩です。
初めての打ち合わせ。
次から次へとまさ江さんから鋭い質問が飛びます。
ああ、そこまだ固まってません…
なるほど、そこ気づいてませんでした!
などなど、タジタジです。
冷や汗をかきました。
打ち合わせから数日後。
まさ江さんから最初のイメージボードのようなものが届きました。
例えば、こんな感じです。
さすがです…!
また一気に世界が膨らむ示唆に富んだ資料でした。
それぞれのキャラクターのイメージがどんどん膨らんでいきました。
扮装合わせは、実際に初めて俳優の皆さんとお会いして、役柄についてディスカッションし、扮装を一つ一つ決めていく作業です。
昔、名優・長門裕之さんから、「もじり、合わせってのはな、役者が役になる時間なんだよ」
そう教えてもらったことがあります。
台本と、キャラクター表。
脚本家の坪田さんが書かれたものから、出演者の皆さんや各スタッフがイメージを膨らまし、役が実在するものへと変貌していく。
ものすごく緊張する瞬間です。
と同時にものすごくワクワクする瞬間です。
今回もっとも難しかったのは「お百」です。
最初にまさ江さんに用意していただいた衣装を演じる世古口凌さんに着てもらったところ、どの衣装もびっくりするくらいお似合いで、スタッフたちからも歓声があがりました。
ただ、突き詰めていくと何かがやっぱり物足りない。
メイクのユミさんやミチコさん、衣装のヨコやん、持ち道具のクッさん、かつらのミヨシさんたち扮装部のみんなも「もっとこうしたらどや?」といろんなアイデアを出してくれるのですが、何か決め手に欠けるのです。
世古口さんとも、こーですかねえ、あーですかねえ、といろいろ話していくうちに、やはり立ち方、歩き方、身のこなし方…そのあたりがまだ「お百」になりきれていない、ということに気づきました。
立ち返って、そもそも「お百」というのはどういう人物なのか。
時間をかけて議論していくことにしました。
トランスジェンダー指導として西原さつきさんにもお越しいただき、世古口さんと一緒にじっくりお話を聞く時間も作りました。
ダンス指導の牧勢海さんにも「美貌の踊り子」としての立ち姿、姿勢、歩き方など一つ一つ教わりました。
こういったことも「役になる」ための大事な時間でした。
間をおいて、また衣装を着てもらい、ヘアメイクも微調整していく。
世古口さんはとても真摯に「お百」という役に向き合ってくださいました。
最後の扮装テストは撮影前日。
ギリギリまでじっくり時間をかけて世古口さんとともに「お百」を作りあげていきました。
◆いざ撮影 まるで異種格闘技戦?
急ピッチでの4か月にわたる準備を経て、坪田さんの素敵な脚本も仕上がり、いざクランクインです。
まだまだ猛暑が続いていた9月中旬。
現場を仕切るマッちゃんの凛とした声が響きわたり、いよいよ撮影が始まりました。
撮影中は、いろいろと今後に反省を生かす意味も込めて、日記をつけるようにしています。
『カムカムエヴリバディ』の制作チームが再結集!などと銘打ってお伝えはしておりましたが、スタッフ全員がそうだったわけではありません。
初めて一緒に仕事をするスタッフも何人もいました。
今回は、京都・太秦での撮影だったこともあり、普段は映画を主戦場にしているスタッフも一定数いました。
最初はやはり探り探りです。
クランクインから数日後の日記には……
と、くどい程書きなぐっています。
大がかりなアクションシーンの撮影も、全スタッフにとって大いなる挑戦でした。
私と演出部のマッちゃんとヨースケ、制作部のカタやんや撮影部のセキさんら、以前、BS時代劇『猿飛三世』(2012年放送)というドラマを撮った際にも大アクション撮影を経験したメンバーも何人かいましたので、ある程度の身構えはできていたつもりだったのですが……
今回は初めての「ガン・アクション」。
やはり右も左もわからぬことだらけです。
アクション監修としてお招きした横山誠さん、ガン・エフェクトをお願いした納富貴久男さんという、第一線で活躍されているチーム・レジェンドの力をお借りして、一つ一つ教えてもらいながら撮影を進めていきました。
細かいカット、動き(アクション)の積み重ね。
一つ一つの動きをチェックして記録していくスクリプターのキモトさん(演出にとって一番の心の支え!)も、いつになく必死です。
こうして撮るのか!という発見の連続でした。
(アクション撮影の試行錯誤については、撮影部チーフの大和谷のnote記事をご覧下さい)
今回のアクションは、横山さんと相談して、どこかクスっと笑えるものにしようと考えました。
例えば『インディ・ジョーンズ』のような…横山さんからそんなキーワードをいただき、久しぶりに『インディ・ジョーンズ』シリーズの映画をたくさん見返しました。
確かに、ほとんど血も見せぬ、爽快なアクションの連続でした。
何より、ワクワクする、そのエンターテインメント性に強く惹かれました。
乱歩作品には「耽美な世界」のイメージが強くあるかもしれませんが、『黒蜥蜴』を読み直したときに「意外に爽快なアクション描写があるなあ」と思ったことを思い出しました。
このドラマの世界でも、エンターテインメント性にあふれたアクション描写をすることで、何かが大きく動くような予感がしました。
横山さんは、見てもらう人に「楽しんでもらうこと」を常に意識されていました。
あらためて、初心を思い出させられるといいますか、ものすごく刺激を受けました。
オオシマがもともと目指そうと言った「エンターテインメント」。
見ていてワクワクしてもらえるもの。
アクションシーンが、このドラマにとって大きな力になることを確信しました。
(だいぶ「エンターテインメント」の実体に近づいてきた…かも?)
◆世界観を深める存在 その街に生きる人々
撮影上、「場所の物語」としてこだわった部分もありました。
岸部一徳さん演じる伝兵衛という役をはじめとして、「その場所でしか登場しない」キャラクターがこの物語にはたくさんいます。
ほとんど、いや、一切セリフのない役もありました。
ざっと主なキーパーソンの皆さんをあらためてご紹介しましょう。
まずは岸部一徳さん。バー『K』の主「伝兵衛」です。実は秘密道具の開発者?
悠然とA公園を見守り続ける「枯れた老人」を演じてくださった白山豊さん。
A公園場末の「老娼婦」は河上悦子さん。名探偵・白井三郎との目のやりとりが印象的でした。
S谷でいつも新聞を読んでいる「飯屋のおやじ」、田辺泰信さん。大ベテランの個性派俳優です。
新聞社で行きかう人々を見つめ続ける受付「初代」を演じたのは明山緋奈さん。なんとテレビドラマ初出演!普段は関西の劇団で活動されています。
赤い部屋で人々のエゴを見つめ続けた「執事」、行澤孝さん。まさに変幻自在、芸達者な役者さんです。
そして、もう一人の執事。廻戸邸を守り続けた「老執事」は福原正義さん。ピス健に縛られるという苦行まで演じてくださいました!
A公園で新聞を売る「新聞屋」は、MITCHさん。ヤンチャな色気満載です。ジャズトランペット、俳優、河内音頭など、幅広いジャンルで活躍されています。
くすぶる若者たちを厳しくも温かく見守り続けているA公園の「射的屋女将」、牧勢海さん。圧倒的な存在感を出してくださいました。
その他にも、A公園やS谷で新聞を読んでいる皆さんや、ポスト前の少女、などなど、ご紹介しきれないほどのたくさんの皆さんに「そこで生きる人々」を演じていただき、それぞれの場所が持つ空気感を作り上げてもらいました。
皆さん、主に関西で活躍されている手練れの役者さんばかりです。
主にキャスティングを担当するAPのカナ(朝ドラ経験12本!数多くのドラマを一緒に作ってきた、一番の相棒です)と、こんな役柄でも出てもらえるかな?と言いながら、恐る恐る打診したところ、喜んで!と参加してくださいました。
「いつもそこに居続ける」という表現をしたかったので、皆さんにはなるべく動かずにお芝居をしてもらうようお願いしました。
現場では、失礼なほど「何もしないでください!」と臆面もなくお伝えし、「???」という表情をされながらも、皆さん、いろいろと考えてくださいました。
エピソード1から4に至るまで、実は皆さん、物語の流れに合わせて少しずつお芝居のニュアンスを変化させて演じてくださっています。
そのあたりにも注目して、また見返していただけたら嬉しいです。
一つ一つの「場所」を撮影していくうちに、主人公の平井太郎は、こういう場所に生きて、こういう場所に生きる人たちの内面を見ようとし続けてきたんだな、ということを肌で感じていきました。
坪田さんの脚本の中にも、こんなト書きがあります。
街中にたたずみ、じっと行きかう人々を観察する。
ただ「太郎が雑踏を見ている」という表現にとどめるのではなく、そこで生きる人たちを一人一人具体的に描写していくことで、「太郎のまなざし」と「そこで生きる人のまなざし」が交錯する。
太郎が見ているようで、実は太郎も見られている。
そんな重層的な表現にすることで、「他者の世界」に飛び込み「人の心の内面」に迫っていく太郎の姿を立体的に浮かび上がらせることができるのでは。
ストーリーとは一見関係のないこの「キーパーソン」たちを丁寧に描いていくことがきっとこのドラマの世界を豊かにしていく。
そんなことを考え、半ば賭けではありましたが、しつこいほどに撮らせてもらいました。
◆こだわりの“乱歩フォント”
こうして撮影を振り返っていると、「撮影とは、全スタッフ、それぞれのこだわりのぶつかり合いなのだ」と思えてきてしまうほど、たくさんの「こだわり」がありました。
例えば……
主人公・平井太郎の手書きの文字は、実は江戸川乱歩の筆跡を真似ています。
書指導の今口鷺外さんのお弟子さんの高校生、倉知真太郎さんに太郎の手元吹替をお願いしました。
なんと!真太郎さんに1か月ほど、乱歩の筆跡を練習してもらったのです。
東京・池袋の立教大学の隣に「旧江戸川乱歩邸」が残っています
土蔵を書斎代わりにしていた時期もあった乱歩ですが、その土蔵には手書きの文字がたくさん書き残されています。
みずから補修したりカバーをつけたりして背表紙などを書いていた貴重な書物が、今もこの土蔵に保存されているのです。
独特の風合いのある乱歩の筆跡。
初めて見たとき、その筆跡だけで乱歩の世界にワープできるような感覚に陥りました。
我々は“乱歩フォント”と勝手に呼んでいました。
ドラマの中でも世界観を作る一つのアイテムに使える!と思い、倉知真太郎さんに猛練習してもらった次第です。
他にも、美術部、技術部、演出部、制作部……皆、「こだわり」の嵐でした。
そのすべては紹介しきれませんが、映像を通して、そんな皆の思いが伝わっていることを願います。
11月、2か月半にわたる撮影は無事終了しました。
すっかり肌寒い季節になっていました。
いつも半袖スタイル!技術部を取りまとめるサカモトさんも、ついにダウンジャケットを着ていました。
主人公・平井太郎を演じてくださった、われらが座長、濱田岳さんのことに触れぬわけにはいきません。
発散しきれぬ思いを抱える太郎の心のうちを、ものすごい集中力で、ほんとに繊細に、かつ大胆に演じてくださいました。
時には悪態をつく、その悪態一つとってもかわいらしく見えてくる。
なんと唯一無二の役者さんなのだろう。
そう何度も現場で感じました。
白井三郎を演じてくださった草刈正雄さんにも、ほんとに頭があがりません。
こんなに真面目な人はどこにもいない、と思うほど、役柄に対して徹底的に真摯に向き合い続けてくださいました。
アクションシーンも圧巻で、どの動き一つとっても形になる、カッコいい。
居住まい、仕事への取り組み方、そして優しいお人柄。
こんな大人になりたい!心からそう思いました。
その他の出演者の皆さんも、ほんとに楽しんでこの作品に参加してくださいました。
扮装合わせから撮影に至るまで、たくさんのアイデアも出演者の皆さんからいただきました。
みんなで知恵を絞って「エンターテインメント」を作る、その醍醐味をたくさん味わわせていただきました。
どのキャラクターも見ごたえある!と思っていただけたとしたら、こんなに嬉しいことはありません。
京都の映画撮影所を主戦場にしているスタッフとの合同チームもまた、学び多きものでした。
朝きちんと大きな声で挨拶をする、そんな当たり前のことから、現場での笑顔、ふるまい、そしてもちろんその「技」。
すべてにおいてプロフェッショナルな皆さんでした。
大先輩なのに、号令一つで現場を猛ダッシュしてくれた、ヤマグチさん、カガワさん。
笑いの絶えない現場にしてくれた、陽気なイワタニさん、シミズさん。
寡黙な居住まいでピシッと音をとりつづけてくれた職人、フジイさん。
ドローン操縦の腕前を鮮やかに披露!ヤンチャで真面目な、断酒中のマツオさん。
合成のことは俺たちにまかせろ!キタさん、クガさん。
この他にも、制作、美術、技術その他いろんな方面で、ご紹介しきれぬほどたくさんの方にお世話になりました。
皆さん、ほんとにありがとうございました!
私自身は、結局やはり反省だらけです。
ちなみに……
現場では3日に一度は、大なり小なり何か問題が起きて、誰かから叱られます。
作品、そして現場の責任者なので当たり前です。
ある日、濱田岳さんとスタジオ外でなごやかに雑談していた時のこと。
メイクのミチコさん(大好きな大先輩です!)がつかつかと近寄ってきて、「あんたなあ…」と、先の撮影に関して伝えるのを忘れていた件があってお叱りを受けました。
すーーーっと岳さんは姿を消しました。(横目で確認)
あとで「もじりさん、ミチコさんに怒られてましたね」とニタニタ笑いながら岳さんが近寄ってきました。
「岳さん、フェイドアウトしたでしょ!!怒」
みたいな楽しい裏話には事欠きません。
問題が起きていることも、楽しい話に転換してくれる。
それもまた岳さんの本当に素敵なところです。
(ミチコさん、その節は失礼いたしました!)
日々反省。
恥ずかしながら、日記に書いた反省文?の一部を抜粋してご紹介しておきます。
◆“渇き”か“耽美”か 仕上げの苦悩
気持ちよくクランクアップできた!
そう思ったのも束の間……
映像編集・音付けなど、仕上げの作業に入って数日後の日記です。
仕上げに入るときは、完全に撮っていた時と別人格になるようにあえて努力します。
撮れたものがすべて。
これを元にどう仕上げて、どう届けるか。
きわめて冷静な判断が必要になるからです。
「誰や、こんなもん撮ったん!」という厳しい目を持つ立場に早変わりするわけです。
だいたいいつもそうなのですが、「猛烈に反省する」時間が訪れます。
オーケストラの指揮を経験したことはもちろんありませんが、楽譜に書かれたものを、大勢の演奏者が演奏し、それをまとめて導いていく指揮者の仕事。
時々、ディレクターの仕事はそんな感じかも、と思う瞬間もあります。
脚本という全スタッフ・キャストにとっての指針を元に、熱量こめて表現してきたことが、冷静に見ると不協和音にしか聞こえない、やってもーた!と猛烈に反省するわけです。
誰が悪いわけでもありません。
100%、演出の私の責任です。
もう一度、最初に江戸川乱歩の小説を読み漁った時期に何を考えていたか、もっと言うならば最初のオオシマの企画書にまで立ち戻らざるを得ない。
編集を手掛けるヒデキさん(大の仲良し!百戦錬磨の凄腕です!)からも、猛烈な質問攻めにあいます。
これ、どういう意味?
いやあ、こういうことなんですけどね。
それは伝わらないなあ。
そうっすよねえ。涙
暴論ですけど……いっそ、こうしてみますか!
みたいなやりとりを重ねていきます。
今回でいうと、
〇主人公である太郎が江戸川乱歩になるまでの物語
〇事件、そして謎解きのミステリー
〇三郎が抱える過去の物語
〇くすぶる若者たちの群像劇
などが錯綜していて、その要素をそれぞれどの匙加減で表現していくかが、やはり撮っている段階での見極めが甘かったと感じざるを得ませんでした。
乱歩作品の面白みも、要素に分けて考えると
〇推理
〇冒険活劇
〇耽美
大きく言うとこの3要素に集約できる気がします。
あくまで江戸川乱歩に敬意をこめて作ってきた以上、この3要素のバランスはとても繊細に考えなければならないものでした。
ヒデキさんとのディスカッションはとても大事な時間です。
もう一度冷静になり、撮れたものを元に再構築していく。
独りよがりにならずに客観的な視点を持つことがとにかく大事でした。
エピソード1だけ、OP(オープニング)タイトル映像がなく、タイトルがドラマの最終盤に出てきたことにお気づきの方も多いと思います。
もともとは、もちろんエピソード1にもOPタイトルが入る予定でした。
しかし、この『探偵ロマンス』というタイトルの意味が、なかなかつかみづらい。
太郎が三郎と出会って初めて『探偵ロマンス』が始まる。
そんな気がしたので、エピソード1は最後にタイトルだけを出す、という選択をしました。
これもヒデキさんとの議論の中から出てきた発想でした。
映像の質感でも悩みました。
グレーディングという、映像を仕上げる作業があります。
もともと「渇き」を表現したい!と言っていたので、映像担当ナカイくんやカタヤマさんが苦心してプランしてくれたドライな質感の映像で撮っていましたが、編集で1本につなげてみると、いや、これはもっと耽美方向に振った方がいいのでは、という迷いが生じてきました。
撮影のヤマトヤさん、照明のネゴロさんやヨシモトさん、そして映像担当のマスダさんらとも議論を重ねながら、えいや!と大方針転換することにしました。
「渇き」から「濡れ」に舵を振り切ることにしたのです。
もともとは「試しにやってみますか」というノリでした。
あ、でもこっちの方が絶対いい!
1カットずつ、映像の質感を180度真逆の質感に変えていきます。
スタッフの皆さん、ごめんなさい!許して!
と思いながら、大胆に映像の質感を変えていきました。
最後の作業は音付け(MAと呼んでいます)です。
あれだけ大勢いたスタッフも、我々制作演出部・編成・広報展開チームをのぞくと、音響効果のシュンペイ、大ベテラン・ミタニ先輩、ミキサーのホンマさん、ワカさま、オペレーター・愉快なフジノさん、の5人となりました。
大橋トリオさんには、撮影中の頃すでに「こういったイメージの曲を作ってほしい」というお願いをしていました。
『探偵ロマンス』の音楽。
最初におぼろげながら考えていたのは、トム・ウェイツというミュージシャンの「Jockey Full of Bourbon」という曲(ジム・ジャームッシュ監督の『ダウン・バイ・ロー』という映画の曲です)のようなイメージの楽曲、方向性でした。
こんな雰囲気の音楽で「アジアン西部劇」みたいにしたい!と大橋さんにもお伝えしていました。
どちらかというと、まさに「渇き」の世界観です。
「濡らした」映像に「渇き」の音楽が合うのかどうか。
お願いの仕方を間違えたか??
そんな不安は完全に杞憂でした。
大橋さんから届いた楽曲の数々は、「耽美」も「渇き」もすべて含んだ、まさに「エンターテインメント」。
最高でした!
「濡れ」に舵を切った映像にも見事にはまりました。
やっぱり大橋さんは天才だ!
そして……最後の粘り。
技術部のトガワさんたち、普段はMAには関わらないスタッフも大勢見に来てくれました。
ミキサーのワカさまが言いました。
「もう一回、見てみいひん?」
みんな粘る!粘る!
こうして、いろんな「熱のこもった」ピースが一つ一つ組み合わさり、皆さんにお届けした形に仕上げることができた次第です。
エピソード1を仕上げる前日の日記です。
たどり着いた先は、結局精神論でした!
◆さいごに
「渇き」と「濡れ」に揺れ続けた日々。
江戸川乱歩という人の奥深さに触れ、必死に「エンターテインメント」とは何ぞやということを考え続けた9か月間。
このドラマが、果たして「エンターテインメント」になっていたかどうかは、ご覧下さった皆さまのご判断にお任せするしかありません。
もし……何度見てもおいしい、そんなやみつき系(スルメ系?)のドラマになっていたとすれば、こんなに嬉しいことはありません。
自分でも、『探偵ロマンス』がいったいどんなドラマなのか、いまだに一言では表現できません。
『探偵ロマンス』というジャンルのドラマです!
そう言いきれたらカッコいいんですが…
もし続編の制作が叶うなら、もっとこうしたい、ああしたいという思いはいっぱいあります。
「探偵ロマンスファン」の皆様により一層楽しんでもらえるものを作るために、この先も力を蓄え、精進し続けていきたいと思います。
「ほんとに読者が知りたいと思っていることはこんなことなのか?」
まるで主人公・平井太郎のような自問を繰り返しながらここまで書いてきたつもりですが、気づけばものすごく長い文章になってしまいました。
最後までお付き合いくださって、本当にありがとうございました!
『探偵ロマンス』チーフ演出 安達もじり
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