「なんか今日、映画観たいな」をみんなにー平塚千穂子さん(シネマ・チュプキ・タバタ代表)
3年前、東京・田端の商店街にこだわりの小さな映画館CINEMA Chupki TABATA(シネマチュプキタバタ/以下、チュプキ)が開館した。音声ガイドとバリアフリー字幕*1 の常設はもちろん、車いす利用者や子ども連れの人も安心して利用できる。売店では人や環境に負荷の少ないドリンクなどが提供される「一歩先行く」映画館だ。今回は、チュプキの代表・平塚千穂子さんにお話をうかがった。
*1 バリアフリー字幕:外国語の映画に付けられる翻訳字幕と異なり、音が聞こえない・聞こえにくい人でも、その映像作品を楽しむことができるように付けられた字幕。セリフやナレーションだけでなく、音楽や効果音の説明、話者などが表記される。
DEAR News194号(2019年10月/定価500円)の「ひと」コーナー掲載記事です。DEAR会員には掲載誌を1部無料でお届けしています。
みんなに「当たり前」の領域に
「映画館って、ある日ふわっと『あ、なんか今日映画観たいな』っていう感じで行くところだと思うんです。でも、それが当たり前じゃない人もいる。みんなにとって『当たり前の領域』になったらいいなと思います」。映画が大好きで、名画座で働いていたこともあるという平塚さんはそう話す。
では、「当たり前でない」人とは?例えば 、目や耳が不自由な人たちや、車いすを利用している人たち。幼い子どもが騒ぐのを気にして、映画館から足が遠のいている人たち。でも、状況を音声で補う音声ガイドやバリアフリー字幕が付いていたり、車いす用のスペースがあったり、映画館内に防音の別室があれば、「当たり前」に映画館に行くことができる。
チュプキには、いつもそれらが備わっている。「なんか今日映画観たいな」が当たり前ではなかった人も、特別な準備や手配をしなくても、いつでも誰でも気軽に訪れることのできる映画館だ。
(商店街に面したチュプキの入り口)
「映画を観たい」という声
バリアフリー上映が全く一般的でなかった1999年、平塚さんはとある異業種交流会に参加し、サイレント映画『街の灯』を目の見えない人たちにも届ける上映会をしようという大胆な企画に参加した。チャップリン扮する寄る辺ない男が路上で出会った盲目の花売り娘に恋をする物語だ。
しかし、目の見えない人にどう伝えたらよいのだろう。見えない人たちがそもそも映画に興味を持つだろうか?いろいろと疑問に思った平塚さんは、視覚障害当事者に話を聞きに行ったり、実際に活弁のようなものをつけてみたりするなど、実現に向けて動き出した。結局、様々な事情により上映会は実現しなかったのだが、当事者との出会いから「映画を観たい」というニーズがあることは分かった。また、「昔の映画もいいけど、今やってる映画を観たいんだ」という声には、はっとさせられた。
「やっぱり、話題になってる映画は観たいよね」と共感した平塚さんは、映画大国・アメリカの状況を調べてみた。驚くべきことに、配給会社が音声ガイドとバリアフリー字幕をつけ、封切りと同時に公開されていた。視覚障害者が公開直後に映画のレビューを書いている状況に衝撃を受けた。障害者差別禁止法(ADA法・1990年施行)が機能し、バリアフリー化を担う専門組織もあった。日本の配給会社にすぐに同様の対応を求めることや、専門組織を立ち上げるのは難しいので、まずは「音声ガイド研究会」を発足させた。映画館にちらしを置いて、仲間を募った。
カルチャーショックの連続
『街の灯』の経験から、まずは当事者の話を聞こうと、視覚障害者と晴眼者が一緒に活動するトーク・パフォーマンス演劇団体に連絡をとった。指定された稽古日に訪問すると、会場の廊下まで響く怒号に縮み上がった。恐るおそるドアを開けると、視覚障害者の演出家が、すごい速さで点字台本を読み、指示を飛ばしていた。稽古の後には食事に誘われ、入った店では「メニュー、全部読んで」と言われ、驚いた。
「カルチャーショックの連続でした。全部、その人たちから教えてもらいました。芝居好きの人が集まったフラットな関係で、言葉であらゆることを表現する『言葉遊びの達人たち』でもありました」と平塚さんは言う。2001年、音声ガイド研究会から「シティ・ライツ」*2という団体が生まれ、音声ガイドをやりたい人、映画を観たい人など、仲間が増えていった。
*2 バリアフリー映画鑑賞推進団体:目の不自由な方々との映画鑑賞機会を広げるため、シアター同行鑑賞会や音声ガイドの制作、上映会や映画祭のバリアフリー化を行っている。
http://www.citylights01.org/
(アルバイトの大学生・郡司さんの夢は字幕翻訳者になることだそう)
『千と千尋』の世界をガイドする
シティ・ライツでは、誰もが投稿できるメーリングリスト上でメンバー間のやりとりをしていたが、ある日、公開されたばかりのアニメ映画『千と千尋の神隠し』を観に行きたい、という投稿があった。すると、次々と「わたしも!」「観たい!」と声があがった。
当初は、音声ガイドをする人と映画を観たい人が一緒に映画館に行き、隣に座って耳元で囁くというマンツーマンの方法をとっていた。この時は希望者が多く、6組同時にマンツーマンのガイドをすることになったのだが、ガイド自身も『千と千尋の神隠し』を観るのは初めてのこと。次々と登場するキャラクターの名前を覚えられず、見た目の表現や展開にガイド自身も驚いたり、戸惑ったり。「全然、伝えられなかった‥」と落ち込んでしまうガイドもいた。
依頼者たちは「隣で人が驚いたり感心したりしている様子も伝わってきて、楽しかった。またやってね」と言ってくれたが、上手なガイドもいればそうでない人もいる。複数の鑑賞希望者に対応するためには、複数人のガイドが必要となる。マンツーマンでガイドをやるのは「もう限界だ」と思う体験となった。
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