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5分で読める小説 『うんともすんとも』

 
  
『うんともすんとも』

 

「私は彼のことが嫌いだ。

野球に詳しくて私には分からない話をする所も、
ヨーグルトが好きで子どもっぽい所も。
バカみたいにふざけてばっかりで先生によく怒られる所も。

掃除の時間は歌いながら箒で遊んでるし、
物はすぐ忘れて「貸して」って言うし、
寝てばっかりなのに数学は満点取るし。

たまに遠い目でボーッと窓の外眺めてるから、
どうしたの?って話しかけると本当に腹立つ変顔で振り向いて来るし。

誰に対しても変わらない所も、
いつもしょうもない事で笑わせてくる所も、
中山先生のモノマネが無駄に上手い所も、
彼がいないとクラスが静かになる所も。
 
 
自分では何も気付いてないかのように、いつの日も心に春を連れてくるあの声が…

喧嘩した後の蟠りも、悔しいくらいに平然と溶かすあの甘い笑顔が…

何より…
こんなに何年も悩ませる彼が大嫌いだ……」


愛子は放課後の渡り廊下で立ち尽くしていた。
例の彼を目の前にして。

今日は2月14日。
彼と高校で出会ってから毎年恒例となったバレンタインチョコの授与を3年目の今年も行ったのだ。

でも彼はうんともすんとも言わない。
毎年、“無反応”なのだ。
愛子はそんな彼が嫌いだった。

しかし、心の底から嫌いになれない、不思議と惹かれる魅力が彼にはあった。


「栄太…毎年バレンタインあげてるけどさ、うんともすんとも言わないよね。
何か言ってよ」


「…すん」


「え?今なんて…?」


「すん」


「……すんって…。え…バカじゃないの?」


もうダメだ。お手上げだ。
彼は私のことをなんとも思ってないんだ。

これでわかった。もういい。
バレンタインは今年で最後だ。
これですっきりと卒業できるんだ…

愛子は長い長い片想いの闘いに終止符を打ち、悲しみから逃げるように走り去った。



「ピーピーピー…」
栄太の体内から充電残量が10%を切った警告音が鳴る。

ロボット工学が発展した今、国家機密で人知れず人型のAIロボットが世に送り出されている。
いずれAIに支配される未来を危惧し、その知能の限界を突き詰める必要があるのだ。

人間と見分けのつかないAIロボット達は与えられた任務を果たす為、周囲の人間に紛れ込んで普通に学校に行き、仕事場に出勤し、社会の中で至って変わらず“人間関係”を築いている。


「こりゃ修理が必要だな…」
学校に潜入しているAI研究所職員が動けなくなった栄太の身体を台車に乗せて運ぶ。

栄太の体内に熱がこもり、内蔵された電子機器がショートしていたのだ。

栄太の任務は「高校生として人間と仲良くなり、友情を築く」。

職員の車で研究所へ搬送される中、彼女の頬色に似た淡い空を眺めると、栄太は残り少なくなった充電で力を振り絞るように口を動かせた。



「ホントワ……スキダヨ………」

 
 
「はぁ…」
愛子は家に帰るとベッドに力無く倒れ込み、生まれて初めて涙に声を詰まらせた。
「あいつなんか……あいつなんか嫌いなのに…どうしてこんなに…ツライノ?……」

夕暮れの日差しが入るだけの殺風景な部屋の中で、窓際の机に置かれたPC画面が光り、そこには文字だけが無機質に映し出されていた。
 
 

No.0214  愛子
 
【任務】
高校生として人間に恋し、恋愛感情を学ぶ
 
 
耐用年数:3年



街中に人間たちが「バレンタインデー」に見向きもせず機械のように溢れ返る1日の締め括りで、“また明日も会えるよ”と2人に耳打ちするように、太陽が今、静かに沈んでいく。
 
 
 
 
2021年2月14日

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